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第9章 使、命
第314話 所在
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「それで、劉翠玉の所在はつかめないと……」
天幕の中はざぁーざあーと打ち付ける雨の音が響いている。
董伯央は目の前に座る男の顔を見て、ふうんと目を細める。
手にした杯はすでに飲み干して、今は長い指で弄んでいる。
「軍本隊の出発を目前に姿を消しました。所在を探っておりましたがその最中に……」
男の口元が歪んだのを認めて、彼はゆったりと微笑んだ。
「なるほど、それでこちらに逃げてきたと」
確認するように聞けば、目の前の男は一度瞬きをして頷く。
「主人のいえ、私の目的は冬皇子を亡き者にすること、ゆえに貴殿とは利害が一致するかと」
男の言葉になるほどねぇと頷いて、彼はもう1人、先ほどから黙って聞いていた男に視線を向ける。
「ちなみに劉翠玉とは、貴方は会っておられる。まぁどうやら私もなんだけど」
水を向けられた男、堯牙浪は眉を寄せて唸った。
「えぇ、一見どこにでもいる我儘な貴族の娘でした、しかし見張り兵を倒し、戦場に飛び込んでいく度胸と技量、そして我等を出し抜く話術は間違いなく、ただの貴族の娘ではありません」
彼は過去の自分の浅はかさを悔いているのだろう。
「劉か、おそらく私もどこかで会っているのだろうな、かの国にはよく足を運んでいるし。
そんな姫がいた事事態あまり記憶はないが、だが私の姿を緋堯の野営地で見ただけで、私の目論見に気づく事ができる……どうやら本当にただのお姫様ではないらしいね」
息を吐くと、また最初の男……東左へ視線を戻す。
「国内では、御夫君と共に毎日のように禁軍に出入りなさり、第1皇子殿下の武術の指南も行っておられました。そして私が差し向けた刺客を盡く蹴散らした」
淡々と答える東左の言葉に、彼はなるほどねぇと笑った。
「腕には覚えがあったと……そして今行方がわからないか……君はどう見る東左」
聞かれた彼は眉一つ動かさない。
不気味な男だ。
「ひとつは、何かしらの使命をもち、別行動をしているのか、もしくは懐妊という可能性も」
その言葉を聞いて、わずかに目を細めた。
「その可能性はあるのか?」
「冬皇子は、随分と溺愛していると言うのが国内での評価です。寝所も毎日欠かさず通い、つねに共にいると」
へぇあの硬いと言われた独身主義者がねぇと、少々意外に感じる。しかし面識はないため。それすらも噂に過ぎないのではないかと、思い直した。
「ふぅん、懐妊したとあれば、君たちの襲撃を警戒して身を隠した、と」
「恐らくは、以前にも体調を崩してそのような事がありましたので」
東左の言葉を聞いて、伯央は少し考え込む。
「だが、そうでない場合は、厄介だな。どこで何をしているのか」
「その通りでございます。また何か細工をしているのやも」
すぐに口を挟んだのは堯雅浪だ。彼の顔は苦渋に満ちていた。
しかしそれに対して東左は一切表情を動かさない。
「前回の戦については貴殿らに捕らえられたのは全くの偶然、仕掛けを見つからないための、あの女の咄嗟の機転だったと、報告には上がっておりましたし、本人もそのように言っておりました」
「聞いたのか?」
ギロリと堯雅浪が彼を睨みつけるが、東左は何も感じていないかのように瞬きを一度しただけだった。
「いえ、私は皇后宮つきの宦官の身分。彼女は皇后の信が厚く、よく出入りしていましたゆえ」
「なるほどねぇ、つくづく見逃せないな……もしかしてあの突飛な作戦も彼女だったりするのかもね」
それについては何か知らないのか?と視線を向ければ、彼は少しだけ首を捻った。
「その辺りはなんとも……ご婦人方の話ではそこまでのやりとりは……しかし、もしかすると、という事はあるかもしれません」
本当に知らないのか、誤魔化しているのかは、彼の表情からは一切読みとれなかった。
「とにかく所在は掴みたいね。君は国内には戻れない……手駒は?」
この質問には彼が少しだけ眉を寄せた。
「現在手配中にて」
「いいのかい?主人は亡くなったのだろう?茶楊の民族は、然るべき新しい主人に着くのではないのかい?」
「よくご存知で」
東左の少しだけ意外そうな顔に、肩を竦める。
「どうにか手に入れられないかと、考えた事があるのでね。果てしなく難儀な道と知って諦めたけどね」
茶楊国に数多く存在する部族。その中に代々宿主を決めて仕える部族が複数有るのを、伯央は知っていた。
様々な特性や特異体質を持つものまで様々らしいがその正体は謎に包まれている。
「新たな主人の詮議には半年ほどを要しますゆえ、しかも私は主人を2人失いましたから、当主不適格の烙印を押されるのは必至。詮議に関わることは許されないでしょう」
どうやら彼の部族はそうした決まりがあるらしい。色々聞きたい事も多いが、あまり立ち入ると命を狙われる事があると聞いたこともある。
「なるほど、その間に仇討ちくらいは……そういうことか」
理解したように頷くと、東左は少しだけ眉間に皺を作る。
「彼らには随分と辛酸を舐めさせられましたので」
どうやら己の失敗を逆恨みするタイプらしい。
陰湿なやつよと心の中でため息を吐く。
「まぁいいや、可能なら敵陣営を探ってもらおうか、もしいたら、一度お目にかかって見たいものだな」
「さほどの美人ではありませんが」
しれっと言われた言葉に、興が覚める。
つまらない男だ。
「そんなのはどうでもいいよ。ただ、確かにあの硬い冬将軍を骨抜きにしたというのは興味深いかもな」
天幕の中はざぁーざあーと打ち付ける雨の音が響いている。
董伯央は目の前に座る男の顔を見て、ふうんと目を細める。
手にした杯はすでに飲み干して、今は長い指で弄んでいる。
「軍本隊の出発を目前に姿を消しました。所在を探っておりましたがその最中に……」
男の口元が歪んだのを認めて、彼はゆったりと微笑んだ。
「なるほど、それでこちらに逃げてきたと」
確認するように聞けば、目の前の男は一度瞬きをして頷く。
「主人のいえ、私の目的は冬皇子を亡き者にすること、ゆえに貴殿とは利害が一致するかと」
男の言葉になるほどねぇと頷いて、彼はもう1人、先ほどから黙って聞いていた男に視線を向ける。
「ちなみに劉翠玉とは、貴方は会っておられる。まぁどうやら私もなんだけど」
水を向けられた男、堯牙浪は眉を寄せて唸った。
「えぇ、一見どこにでもいる我儘な貴族の娘でした、しかし見張り兵を倒し、戦場に飛び込んでいく度胸と技量、そして我等を出し抜く話術は間違いなく、ただの貴族の娘ではありません」
彼は過去の自分の浅はかさを悔いているのだろう。
「劉か、おそらく私もどこかで会っているのだろうな、かの国にはよく足を運んでいるし。
そんな姫がいた事事態あまり記憶はないが、だが私の姿を緋堯の野営地で見ただけで、私の目論見に気づく事ができる……どうやら本当にただのお姫様ではないらしいね」
息を吐くと、また最初の男……東左へ視線を戻す。
「国内では、御夫君と共に毎日のように禁軍に出入りなさり、第1皇子殿下の武術の指南も行っておられました。そして私が差し向けた刺客を盡く蹴散らした」
淡々と答える東左の言葉に、彼はなるほどねぇと笑った。
「腕には覚えがあったと……そして今行方がわからないか……君はどう見る東左」
聞かれた彼は眉一つ動かさない。
不気味な男だ。
「ひとつは、何かしらの使命をもち、別行動をしているのか、もしくは懐妊という可能性も」
その言葉を聞いて、わずかに目を細めた。
「その可能性はあるのか?」
「冬皇子は、随分と溺愛していると言うのが国内での評価です。寝所も毎日欠かさず通い、つねに共にいると」
へぇあの硬いと言われた独身主義者がねぇと、少々意外に感じる。しかし面識はないため。それすらも噂に過ぎないのではないかと、思い直した。
「ふぅん、懐妊したとあれば、君たちの襲撃を警戒して身を隠した、と」
「恐らくは、以前にも体調を崩してそのような事がありましたので」
東左の言葉を聞いて、伯央は少し考え込む。
「だが、そうでない場合は、厄介だな。どこで何をしているのか」
「その通りでございます。また何か細工をしているのやも」
すぐに口を挟んだのは堯雅浪だ。彼の顔は苦渋に満ちていた。
しかしそれに対して東左は一切表情を動かさない。
「前回の戦については貴殿らに捕らえられたのは全くの偶然、仕掛けを見つからないための、あの女の咄嗟の機転だったと、報告には上がっておりましたし、本人もそのように言っておりました」
「聞いたのか?」
ギロリと堯雅浪が彼を睨みつけるが、東左は何も感じていないかのように瞬きを一度しただけだった。
「いえ、私は皇后宮つきの宦官の身分。彼女は皇后の信が厚く、よく出入りしていましたゆえ」
「なるほどねぇ、つくづく見逃せないな……もしかしてあの突飛な作戦も彼女だったりするのかもね」
それについては何か知らないのか?と視線を向ければ、彼は少しだけ首を捻った。
「その辺りはなんとも……ご婦人方の話ではそこまでのやりとりは……しかし、もしかすると、という事はあるかもしれません」
本当に知らないのか、誤魔化しているのかは、彼の表情からは一切読みとれなかった。
「とにかく所在は掴みたいね。君は国内には戻れない……手駒は?」
この質問には彼が少しだけ眉を寄せた。
「現在手配中にて」
「いいのかい?主人は亡くなったのだろう?茶楊の民族は、然るべき新しい主人に着くのではないのかい?」
「よくご存知で」
東左の少しだけ意外そうな顔に、肩を竦める。
「どうにか手に入れられないかと、考えた事があるのでね。果てしなく難儀な道と知って諦めたけどね」
茶楊国に数多く存在する部族。その中に代々宿主を決めて仕える部族が複数有るのを、伯央は知っていた。
様々な特性や特異体質を持つものまで様々らしいがその正体は謎に包まれている。
「新たな主人の詮議には半年ほどを要しますゆえ、しかも私は主人を2人失いましたから、当主不適格の烙印を押されるのは必至。詮議に関わることは許されないでしょう」
どうやら彼の部族はそうした決まりがあるらしい。色々聞きたい事も多いが、あまり立ち入ると命を狙われる事があると聞いたこともある。
「なるほど、その間に仇討ちくらいは……そういうことか」
理解したように頷くと、東左は少しだけ眉間に皺を作る。
「彼らには随分と辛酸を舐めさせられましたので」
どうやら己の失敗を逆恨みするタイプらしい。
陰湿なやつよと心の中でため息を吐く。
「まぁいいや、可能なら敵陣営を探ってもらおうか、もしいたら、一度お目にかかって見たいものだな」
「さほどの美人ではありませんが」
しれっと言われた言葉に、興が覚める。
つまらない男だ。
「そんなのはどうでもいいよ。ただ、確かにあの硬い冬将軍を骨抜きにしたというのは興味深いかもな」
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