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番外編ー清劉戦ー
2日目昼 お忍び
「ねぇ冬隼!お忍びでちょっと出かけない?」
それは唐突に、そう本当に唐突だった。
何せ、時間は早朝。前日の疲れもあって、眠っている所にゴロゴロと甘えて擦り寄ってきた妻を組み敷いて、口付けを交わし合って、さて朝もまだ早いし!と少しやる気になった所で
肝心の妻が、首に両手を回して強請るように言ったのだ。
妙に甘えてきたのも、このためだったのかと、内心舌打ちをしながら、それに応えて嵌められた自分が情けなくも感じた。
「お忍び?お前な、立場分かってるのか?」
組み敷いたままの翠玉を上から睨めば、彼女はそんな事全くお構いなく「大丈夫よぉ~」とケタケタ笑った。
「私がじっとしてない事くらい、あの人達だって分かってるわよ!むしろ大人しくしてた方が何か企んでいるんじゃないか?って疑われそうだわ」
それに、今夜は公式の宴で明日は、式典。もう遊べるの今日しか無いじゃない?
そう言って不意に顔を引き寄せてきた翠玉が耳元で囁く。
「二人で街歩きなんて、した事ないじゃない?手ェ繋いでさぁ」
そんな魅力的な誘い方で、可愛い事を強請られてしまえば、断れる訳が無いのだ。
「ねぇねぇあそこ!何かやってるわ!」
そう言って繋いだ手を引かれて、半ば引きずられるように人混みを掻き分けて行く。
チラリと後方を確認すれば、なんとか護衛の華南と隆蒼もついて来ている。
少し手を引いて翠玉を留めるようにすると、チラリとこちらを見上げた彼女は、「あ、ごめーん」と言うように、肩を竦める。
少し歩調を緩めた彼女についていけば、そこでは雑技のパフォーマンスが行われていて、人が棒の上に逆立ちしたり、クルクル回って見せたりして、観客の拍手喝采を受けていた。
恐らくは、今夜こんなようなものを宴の席でも見ることは出来るのだが、きっと翠玉にとってはこうした群衆の中で只人として見るのが楽しいのだろう。
そう言えば戦の前、碧相に向かう最中に華南と隆蒼の報告で、翠玉が街歩きを随分と楽しんでいたと聞いていた事を思い出した。
あの時は戦が終わったら、その内市中に連れ出してやろうと思ったのに、戦の終わりと同時に懐妊が分かり、身体を厭う事にばかり気を取られて、そんな事をすっかり忘れていた。
知らずのうちに、繋いだ手に力が入っていたのだろう。翠玉が不思議そうにこちらを見上げたので、少し顔を寄せる。
「そんなに街歩きが楽しいなら、あちらに戻ったら、定期的にどこか出かける事にしよう」
そう伝えれば、翠玉の顔が嬉しそうに綻んだ。
まるで安心しきったような彼女の表情を見てこちらまで口元が緩む。しかし恐らくどこか近くで護衛をしている華南と隆蒼の存在を思い出して、慌てて緩んだ顔を元に戻した。
+++
「なぁ、そう言えば今回湖紅からの特使で来ているのは皇帝陛下の妹君だって知っていたかい?」
たまたま入った大衆食堂で、酒を飲みながら話す他の客の話題に、危うく飲み込みかけた汁物を喉に詰まらせそうになった。
なんとかきちんと飲み下して、対面の席を見れば、ニヤニヤと笑っている翠玉と目があった。
あぁこいつ。楽しむつもりだ。
一瞬にしてその意を理解してため息を吐くと、彼女と共に客の話に耳を傾ける事にした。
「へぇ、そうなんだ!でも陛下の妹君て言っても随分といっぱいいるからなぁ。湖紅に嫁いだのは姉君じゃなかったか?」
「姉君が先に嫁いで、妹君はその後、、、しかも最近嫁いだらしいぞ、どうやらその姉君が病で亡くなられたとかで、代わりにって」
「なるほどねぇ、先帝陛下は随分と女のお子様が多かったんだなぁ」
「バーカお前知らねぇのか?男も随分いたのに、殆どが夭折してんだよ。今生陛下なんて第4か第5皇子で本来なら世継ぎの順番なんて回って来ない所にいたんだぜ?」
「あ~そう言えばそうだっけか?一時期喪章が立て続けに立ってた時期があったもんなぁ。病でも流行ったのかねぇ。何もあんな冴えない皇子を残さんでも良かったのになぁ」
そう言って客は少しだけ声のトーンを落とした。
「最近、米と麦の値段が少し上がっただろう?なんでも南西部は2年連続の干ばつで干上がっちまって、この冬越せるかって状況らしいぞ」
「らしいなぁ。中央にも救済を求めているらしいが、同じ州内で計算すると、足りる事になる筈だから、問題ないって回答らしいぜ」
「州で無理して補填してるらしいが、その内共倒れになりかねん。早めにどうにかして欲しいところだが、あの陛下に届くかどうか」
「全く、先帝陛下は民をよく見てくださった賢帝だったから、息子にも期待していたけど、この10年で何にも生活はよくなりゃしねぇ。夭折した皇子でもっとまともなのが生き残っていりゃあ良かったんだがなぁ」
「全くだ。祭りで人が入ってくるのはありがたいが、即位10周年なんて全くめでたいと思えねぇよなぁ。あぁそう言えば今夜、中央市場で典の奴が露天を出すんだとよ!冷やかしに行こうぜ!」
話が他事に移ったのを確認して、翠玉と視線を合わせる。
彼女はまだ残っている麺を一気に口の中に入れると咀嚼しながら立ち上がる。
冬隼も食べ終えていたため、慌ててその後を追う。
視線の端で華南と隆蒼が立ち上がるのを確認して店を出て、翠玉の手を掴めば彼女の指が小さく震えているのを感じる。
「そろそろ戻る時間だな。甘い物でも買って帰るか」
そう声をかけると、翠玉は「そうね」と頷いた。
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