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3章
14
しおりを挟む「なるほど、大変だったな」
夜、リビングルームで、事の顛末をジェイドに聞かせると、彼はホッとしたように息をつき、次いで若干同情を込めつつ労ってくれた。
「信用できる味方は多い方がいい、ユーリもなんだかんだで少し安心した様子だったし、良い方に転んで良かった。」
そう言ったジェイドは、私が入れたハーブティーをコクリと飲んで、ユーリ様のお部屋の扉に視線を向ける。
夕食までを一緒に過ごして、こちらでくつろいでいたユーリ様は、やはり今日は随分と緊張したり感情が激しく揺れたせいか、疲れてしまったらしい。
ジェイドが視察から戻って顔を見ると、顔色が悪いとジェイドに言われ、素直にお部屋に戻ってお休みになった。
「それにしても、父上と母上とユーリの間に挟まれて、アルマは災難だったな、俺がいられたら良かったのだが」
ジェイドの言葉に小さく首を振る。
「大丈夫よ。お2人とも結局は喜んでいらしたし、最初こそどうなるか分からなくてハラハラしたけど、後は和やかだったから」
「ならいいのだがな、、、。ユーリほどではないが、お前も顔が疲れているぞ?」
そう指摘されて顔を覗き込まれて、どきりと胸が跳ねる。
ユーリ様より少し深いグリーンの瞳にじっと見つめられて私の頬が熱を帯びるのが分かった。
「す、少しだけね!でも大丈夫だからっ!っわぁっ!!」
反射的に距離を取ろうと立ち上がってしまったが、立ち上がった瞬間、頭がグラリと揺らいで、足下を掬われるような不安定さを感じた。
なにが起こったのか分からず、体制を立て直すために捕まる先を求めて咄嗟に手を伸ばすが、視界の中に支えとなるものが見つからない。
虚しく宙を掻いたその手を、力強くて大きな手が掴んで、次の瞬間には強い力で傾いだ身体ごと強引に引き戻される。
あっと思った時には、すでに私はジェイドの胸の中にいた。
「危ねぇなぁ!」
いつもより数段低い、焦ったような声が頭の上と、頬が触れた胸を伝って聞こえてくる。
その生々しい温もりと、硬いようで弾力のある男の人の身体の感触に、ふわりと香るわずかな香料の香り。
頬だけでなく、身体中が一気に発熱してドクドクと脈が速くなるのを感じた。
「ご、ごめんっ」
慌てて離れようと、腕を突っ張る。しかし何故かジェイドはそれを許してくれなくて、代わりにはらりと寝巻きから覗いた首筋に、彼の柔らかな黒髪が触れてくすぐる。
「ん?酒の匂いがするな。少し飲んだのか?」
すんっと鼻を鳴らした彼が私の首元で低く尋ねる?
酒の匂い?
「き、今日は飲んでないはずだけど」
夕食は妊婦であるユーリ様と一緒だったし、ここに来てからはハーブティーしか飲んでいない。
それ以外に口にしたといえば、、、。
「あ、、」
そこで思い至ったのは、テーブルの上に置かれていたチョコレートの箱だ。
「あぁ」
私の視線の先のものにジェイドも気がついたらしい。
私の身体を抱えたまま手を伸ばしてその箱を持ち上げた。
「洋酒入りって書いてあるな、これ。父上と母上の土産か?」
静養先の南部で有名なショコラティエの刻印を見てその出どころを理解したジェイドは箱の中身を確認する。
先王陛下と王太后様からいくつか頂いたお土産の一つで、ユーリ様と私とジェイドに一箱ずつあったそれは、少しずつ包装が違っていたのを思い出す。
妙にユーリ様の方に可愛らしい包装の物を選ばれたなぁと思っていたけれど、もしかしたらあれは本来ならば妊婦と思われていた私用の物だったのかもしれない。
代わりに私に渡されたのはお酒が好きなユーリ様用に選ばれたものなのだろう。
「でも、お酒の味なんて感じなかったけど」
私の言葉にジェイドは呆れたように笑う。
「だからこんなにもパクパク食べたのか。」
「美味しくて、つい止まらなくなっちゃったわ。お酒が入ってるって知ってたら2つくらいでやめたのに~」
子供みたいな理由が恥ずかしい。
つい拗ねたような口調になってジェイドを見上げる。
「ははっ、アルマらしいな!っよっと!」
「っ!わわっ!」
少年のようにくしゃりと破顔させたジェイドは楽しそうに笑って、突如私の膝裏に手を差し込むといとも簡単に軽々と抱き上げた。
突然のことに驚いた私は咄嗟にジェイドの肩に捕まるようにしがみついた。
「さっきみたいに転んだら大変だからな。送るよ」
そう言われて、「大丈夫よ!」と言い切れないほどに私は何度も彼の世話になっているので、抵抗もできない。
「ごめんね」
そう言って、大人しくされるがままに寝室に運ばられるしかない。
腕の中で大人しくしている私をみて、満足そうに微笑んだジェイドは、慣れた動作で私の寝室までの道のりを歩き、すぐにベッドに到達する。
まるで壊物を置くように大切に降ろされて、少し身体が離れたところでようやく私はジェイドの顔をまともに見られるようになった。
不意に互いの視線が絡み合う。
「あ、りがとう」
小さくつぶやいた言葉は掠れてしまった。
なんだか喉が鉛を飲んだように重たかった。
見つめあったのはほんの数秒、しかしなんだかとても長い時間に感じた。
最初に視線を逸らしたのはジェイドで、彼は私の手を取ると、ゆっくりその手を持ち上げて
「おやすみ」
手の甲に簡単に触れるだけのキスを落として、先程とは違う、大人の男の人がするような甘い笑みを残した。
そうしてそのまま立ち上がると、長い足ですぐさま部屋の出口へ向かうと、パタリと静かな音を立てて出て行った。
ベッドに1人残された私は、ジェイドに口付けられた手を胸の前で握りしめて、呆然とそれを見送るしかできなくて、、、
む、胸の音がうるさい
部屋中に響いているのではないかと言うほどのうるさい胸の音と、火照りすぎている身体の熱は、絶対にお酒入りのチョコレートのせいではないことは分かっていて。
「え、、えぇ!?」
久しぶりに感じるこの気持ちには、覚えがあるような気がして。
慌ててベッドに入ると、布団を巻きつけて丸くなった。
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