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2章
45 企み⑤
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珠樹の寝室にするりと体をねじ込んで、霜苓は、目の前に立っている陵瑜と、汪景、そして蘭玉の姿を見とめて息を飲む。
「どこへ行っていたのだ……と聞くのも無粋なくらい分かりやすいな……」
不機嫌そうに、睨めつける陵瑜に霜苓は悪戯が見つかっ子供のように肩をすくめる。
「戻りが遅いと思ったのだ。探しに出てみれば、このようなところに服を脱ぎ捨ててある。おまけに蘭玉がなにか企んでたような素振りがあるとこぼしたから、待ってみれば……」
いったい何をしてきたのだ……とため息混じりに聞かれて、霜苓は観念する。もとより止められるであろうから言わなかっただけで、既に遂行してしまった今、隠し立てするつもりはない。
「バレたなら仕方がない。説明するが、先に着替えと体を拭わせて欲しい。数秒ではあるが毒煙を直接浴びているから、皮膚についたものを早めに拭いたい」
「は!?」
目をむく陵瑜に、蘭玉がすぐにお湯の用意を!と声を上げるので、大丈夫だと制して、部屋の片隅の戸棚から桶を出す。
「解毒入の水は用意してある。自分でできる」
皆が唖然として……そして陵瑜がそれはそれは深く息を吐く。
「蘭玉手伝ってやってくれ、俺たちは準備ができるまで外で待つ」
「本当に大丈夫なのですね?」
不安そうにもう何度目かになる問を繰り返す蘭玉に、霜苓は微笑む。
「事前に直接毒煙が触れる皮膚には油を塗ってあるから、そう多くは吸収されていない。解毒薬もすぐに飲んでいるから大丈夫」
そう言って、体を拭い、薬湯を染み込ませた布巾で体を撫でる。
特有のひりつきやかゆみが出ないところを見ると、きちんと保護はできていたのだろう。
体を清めて着替えを済ませると陵瑜と汪景が戻ってきて……そして霜苓は皆に囲まれて事情聴取を受ける事となった。
「ただ、彩杏の寝所の床下に皮膚に炎症を起こさせる成分を含んだ香を炊いてきただけだ」
さらりと説明した言葉に、一同が言葉を失い、そして頭を抱える。
「まさか、本邸に忍び込んで、寝所にまで入り込んだのか? 信じられん、厳重な警備で守られていただろうに」
「まぁそれなりには……だが、こちらも、もともとそうしたところを突破して仕事をこなすのが生業だったから……あれくらい問題ない」
「特に潜入は得意なのだ、建物の形を見ればだいたいどこから入り込めるかわかる」そう肩をすくめると、陵瑜がさらに深く息を吐いた。
「それで……成功したのか」
「もちろん。今頃床下に広がった煙が、柱や床板の隙間や通気孔から部屋に入り、少しずつ毒を浴びている頃だろう。大丈夫、命に関わるものではない。数日痒くて痛い程度だ」
クスクスと笑うと、半眼になった陵瑜が呆れたように首を振り低く唸る。
「仕返しか?」
「警告だ。大丈夫、半刻ほどで香は燃え尽きる。ネズミ団子をねずみが食い荒らしたようなあとがわずかに残る程度だ」
「ネズミ団子?」
問うように眉を寄せて首を傾けた陵瑜は、どうやらネズミ団子を知らないらしい。
「確か、増えずぎたネズミを退治するために、床に餌と思うような団子を撒いておくんです。実は中身は毒で、食べたネズミは死にます。だいたいの家の建物の軒下に置かれているものだとか……」
すかさず説明したのは、汪景だが、どうやら彼も実物を知らないらしい。良い家の子息が家の軒下の事まで知る必要はないのだろう。
「それに……似せてあるのか?」
「まぁそんなところだ。多分彼女は明日起きて自分にも私が飲んだ毒と同じ症状が出ていることで疑心暗鬼になるはずだ。まさか、自分にも同じものが盛られていたのではないかと……」
薬を手配したもの、混入したもの、それを知る全ての人間を疑い、次の一手が出せなくなる。
出立まであと2日、大人しくしてもらうには丁度いい程度の牽制だ。
「そういうわけで、明日の朝どのような騒ぎになっているかわからないけれど、我々には関係のないこと……と言う事だ」
寝るぞと立ち上がった霜苓は、寝室にさっさと消えて行く。残された蘭玉は、霜苓の使用した衛士の服を片付けにかかる。
「我々は、少しばかり見くびっていたのかもしれませんね」
呟く汪景に陵瑜は視線を向ける。
「戦闘力は高いですが、世間知らずで、子どもを抱え、行く先無く、彷徨う庇護すべき対象と、どこかそう侮っていたように思います」
まさかこれほどに脅威を感じる存在だとは……そういいたげな汪景に陵瑜は「はは」っと笑う。
「だからこそ、守ってやらねばならないのだ」
「どこへ行っていたのだ……と聞くのも無粋なくらい分かりやすいな……」
不機嫌そうに、睨めつける陵瑜に霜苓は悪戯が見つかっ子供のように肩をすくめる。
「戻りが遅いと思ったのだ。探しに出てみれば、このようなところに服を脱ぎ捨ててある。おまけに蘭玉がなにか企んでたような素振りがあるとこぼしたから、待ってみれば……」
いったい何をしてきたのだ……とため息混じりに聞かれて、霜苓は観念する。もとより止められるであろうから言わなかっただけで、既に遂行してしまった今、隠し立てするつもりはない。
「バレたなら仕方がない。説明するが、先に着替えと体を拭わせて欲しい。数秒ではあるが毒煙を直接浴びているから、皮膚についたものを早めに拭いたい」
「は!?」
目をむく陵瑜に、蘭玉がすぐにお湯の用意を!と声を上げるので、大丈夫だと制して、部屋の片隅の戸棚から桶を出す。
「解毒入の水は用意してある。自分でできる」
皆が唖然として……そして陵瑜がそれはそれは深く息を吐く。
「蘭玉手伝ってやってくれ、俺たちは準備ができるまで外で待つ」
「本当に大丈夫なのですね?」
不安そうにもう何度目かになる問を繰り返す蘭玉に、霜苓は微笑む。
「事前に直接毒煙が触れる皮膚には油を塗ってあるから、そう多くは吸収されていない。解毒薬もすぐに飲んでいるから大丈夫」
そう言って、体を拭い、薬湯を染み込ませた布巾で体を撫でる。
特有のひりつきやかゆみが出ないところを見ると、きちんと保護はできていたのだろう。
体を清めて着替えを済ませると陵瑜と汪景が戻ってきて……そして霜苓は皆に囲まれて事情聴取を受ける事となった。
「ただ、彩杏の寝所の床下に皮膚に炎症を起こさせる成分を含んだ香を炊いてきただけだ」
さらりと説明した言葉に、一同が言葉を失い、そして頭を抱える。
「まさか、本邸に忍び込んで、寝所にまで入り込んだのか? 信じられん、厳重な警備で守られていただろうに」
「まぁそれなりには……だが、こちらも、もともとそうしたところを突破して仕事をこなすのが生業だったから……あれくらい問題ない」
「特に潜入は得意なのだ、建物の形を見ればだいたいどこから入り込めるかわかる」そう肩をすくめると、陵瑜がさらに深く息を吐いた。
「それで……成功したのか」
「もちろん。今頃床下に広がった煙が、柱や床板の隙間や通気孔から部屋に入り、少しずつ毒を浴びている頃だろう。大丈夫、命に関わるものではない。数日痒くて痛い程度だ」
クスクスと笑うと、半眼になった陵瑜が呆れたように首を振り低く唸る。
「仕返しか?」
「警告だ。大丈夫、半刻ほどで香は燃え尽きる。ネズミ団子をねずみが食い荒らしたようなあとがわずかに残る程度だ」
「ネズミ団子?」
問うように眉を寄せて首を傾けた陵瑜は、どうやらネズミ団子を知らないらしい。
「確か、増えずぎたネズミを退治するために、床に餌と思うような団子を撒いておくんです。実は中身は毒で、食べたネズミは死にます。だいたいの家の建物の軒下に置かれているものだとか……」
すかさず説明したのは、汪景だが、どうやら彼も実物を知らないらしい。良い家の子息が家の軒下の事まで知る必要はないのだろう。
「それに……似せてあるのか?」
「まぁそんなところだ。多分彼女は明日起きて自分にも私が飲んだ毒と同じ症状が出ていることで疑心暗鬼になるはずだ。まさか、自分にも同じものが盛られていたのではないかと……」
薬を手配したもの、混入したもの、それを知る全ての人間を疑い、次の一手が出せなくなる。
出立まであと2日、大人しくしてもらうには丁度いい程度の牽制だ。
「そういうわけで、明日の朝どのような騒ぎになっているかわからないけれど、我々には関係のないこと……と言う事だ」
寝るぞと立ち上がった霜苓は、寝室にさっさと消えて行く。残された蘭玉は、霜苓の使用した衛士の服を片付けにかかる。
「我々は、少しばかり見くびっていたのかもしれませんね」
呟く汪景に陵瑜は視線を向ける。
「戦闘力は高いですが、世間知らずで、子どもを抱え、行く先無く、彷徨う庇護すべき対象と、どこかそう侮っていたように思います」
まさかこれほどに脅威を感じる存在だとは……そういいたげな汪景に陵瑜は「はは」っと笑う。
「だからこそ、守ってやらねばならないのだ」
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