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アームストロング
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「世界、俺が代わりに救ってみるよ。Bランク止まりで、勇者じゃないし、息だって切れやすくなってるけど」
台所に立ち、そんなことを言った。少し経ってからその意味に気付いたのか、彼女は慌てたように目を丸くする。ぇ、という声が漏れたような気がした。俺は戸棚から燻した干し肉を引き出して、旅に出たらペットをどうしよう、なんてことを考えていた。朝起きてから色々あったせいでペットに餌をやれていないことを思い出して、水を張ったボウルに肉を投げ込み、指先の軽い炎熱魔法で温めた。その間、さっきの話をつづけた。
「ねえ、さっきの話、本当?」
「あながち嘘ってわけじゃない。実際やってみようって気持ちはあるぞ」
彼女は俺があんな大それたことを言ったことに驚いている様子だったが、きっと優しさか冗談と思ったのだろう、すぐに花の咲くような笑顔を浮かべて、いいね、と言ってくれた。エリスは俺に聞いた。
「どうやって救うつもりなの?」
「さっぱり分からん。それも旅しながら考えるさ」
「あはは、変なの」
「でも、エリスよりは大変じゃないぞ。俺が旅に出るなら、一人で留守番か大変な旅に付いてくるかの二択になるんだからな」
「えー、そうなったら付いて行くでしょ」
彼女は夢と思っているのか、どこか嬉しそうに、わくわくしているように見えた。エリスはそう言い切ってから恥ずかしそうに頬を染め、俯いた。それから、上目遣いになって俺を見た。その時、初めて本当の彼女の顔を見た気がした。美しいオレンジ色の虹彩を木漏れ日にきらめかせて、何よりも快活に微笑んでいた。
「それに、旅の途中で未来の奥さんだって見つかるかもしれない」
俺が冗談めかして言うと、彼女の瞳の奥からほの暗いものが覗いてきた。いや、いや、冗談だ。ずっと独身だよ。そう言い直しても機嫌は治らなかったどころか、むしろますます不機嫌になったように見える。心配になり、俺は慌てて話題を変えることにした。
「なあ、旅に出るなら誤解も解いて、あとはエリスのお仲間も探しに行かなきゃダメだな。勇者パーティーがいれば俺でも世界を救えそうだ」
彼女はしばらく拗ねた様子だったが、しばらくして先ほどのことを忘れたか、少なくとも気分を切り替えてくれたようだ。少し思い出に浸り、それから元気よく顔を輝かせて、ギデオンの仲間もね、と言った。俺は思わず笑ってしまった。
「温まった。あいつの様子はどうかな」
「怒らせちゃったかな」
「エリスは大丈夫だろ。怒られるのは俺だけだ、あいつは相手を選ぶから」
肉が水分を吸収し柔らかくなったのを確認してから、二人で外に出る。小さくふわふわな王様は朝食を抜くという怠惰かつ非道、この世の悪徳を凝縮したような臣下にあるまじき無礼な行いに相当ご立腹なようで、俺の声を聞いた瞬間駆け寄ってきて手の甲に勢い良く嚙みついた。
「おすわり! あ"痛っ。この野郎、ちょっと待ってくれ、違うんだよ。いろいろ事情があってだな……」
「わん!(死ねクソボケ!)」
俺は慌てて手を引っ込めた。怒る気にはならなかった。非常に痛かったが、俺はこれが愛情の裏返しであることをよく知っていたからだ。子狼は俺の顔を見て、それからエリスの方を見た。彼女は楽しげに笑いながら、また一回り大きくなった王様を抱き上げた。
「かわいいね~! そんなにお腹すいてたの?」
「わふ(そうでもない)」
エリスが優しい声で話しかけても、王様はぷいっとそっぽを向いてしまった。
「勇者に抱き上げられて無事なモンスターはお前ぐらいだな」
「ほんと、そうかも」
噛まれたのと反対側の手で肉を差し出すと、子狼は前足を二回ほどバタバタさせて彼女の腕の中から脱出し、ものすごい勢いでかぶりつき始めた。彼女は胸のあたりから抜け出たぬくもりに未練があり、とても残念そうにしていた。こいつは食い意地が張っているから、魔物の死骸なら大体食べてくれるだろう。そうしたら死肉漁りも寄って来ない。ほかの旅人に迷惑をかけることもないはずだ。だけど、この愛くるしい子狼を危険な目に遭わせるのも気が引けた。誰かに預かってもらおうか。アルベリア辺りがいいかな……。
「旅に出るなら、街のみんなに事情を話さなきゃいけない。特に薬師ギルドの奴らには、念入りに。最後にある程度まとまった量を卸してもいいな。キノコ狩りだ。で、あとは……そうだな、三日前までに俺たちの家のがらくたを整理する。あいつらにも手紙を出す。出発前に、アルベリアの魔道具店で色々整えてもいい」
「うん!」
エリスは元気の良い返事をして、そして悪戯っぽく笑ってから、ねえねえ、と俺の腕を引いた。なんだ、と思って見ていると、彼女は俺の耳元に口を近づけた。そして小さな声で言う。
「ボクたちの家って呼んでくれた」
「……嫌だったか?」
「ううん、嬉しい」
「それはよかった」
照れくさくてぶっきらぼうな言い方になってしまったが、それでもエリスは喜んでくれた。パーティーと家族は違う。彼女には親代わりとなってくれる人がいなかった。いや、原作では出てくるのだが、時系列から考えてその前に裏切りイベントが挟まってしまったらしい。そして、結果としてこんなことになっているのだ、と俺は思った。これからどうなるのかまるで予想がつかなかい。そして、それで構わない、と思う自分もいた。そのことで初めて、俺が本当に世界の住民になったような感覚があった。一概に悪いこことは言えない。
俺はこれからの予定について考えを巡らせていた。冒険者業はもう辞めたつもりでいたんだが。しかし、結局冒険者だろうがそうじゃなかろうが、俺がやれることなんてたかが知れているのだ。どの世界に居ても、最後には自分にできることを精一杯やるしかないだろう。俺は目の前の肉を幸せそうに一生懸命食べる狼を見ながら、小さな小屋の中に戻った。
「そういえば、あの剣はどこに行ったんだ?」
「勇者の剣のこと? あれは念じれば出てくるんだよ」
「便利だな。なら包丁とかナイフはいらない訳だ」
「そんなことに使わないよ!」
エリスと二人で、旅の予定を冗談半分に立てる。持ち物を整理して、机の上に古い世界地図を広げ、顔を突き合わせてああだこうだと言い合った。あそこの森には三日三晩踊り続ける人々がいるとか、ここそこの島は実は巨大なヤドカリで、毎月毎年少しずつ動いているから実はこの地図の場所にはもう無くなっているとか。もちろん、これは全部冗談だ。旅の途中で見る地図と、家の中で見る地図には別の面白さがある。彼女は現実の冒険という緊張感から解放されて、髪の毛一本分の川の支流を見つけるだけで可愛く大はしゃぎしていた。顔を見合わせ、けらけらと笑った。それから、俺達は箱の中に押し込められているガラクタを片付け始めた。
思い出の品も持って行くことにした。アルベリアの魔道具店で買った魔力駆動のアストロラーベ。リリアナのチーズ、そしてレンドールの刻印が入ったミスリルナイフ。ローランドール一家のレモネードは実に惜しいが、旅に出る前に飲み切ってしまおう。
「どのくらい長い旅になるか……」
「途中で飽きたらどうしよう」
「それなら、勇者様のお望みのままに」
俺はわざとらしく畏まった口調で言って、それから二人でまた笑いあった。服と鎧。あの時は気付かなかったが、勇者のカバンにはたくさんの服が入っていた。それを見ながら、最初拾ったときに気付いていれば気まずい思いはしなかったのにな、なんてくだらないことを考える。旅に必要な道具をカバンに詰め込んでいった。
歩き出す。42.195キロ。辛うじて一回だけ制限時間内に完走したフルマラソンの距離だ。
「あーあ、もっと早くギデオンに出会えてたらなあ」
「なんだよいきなり」
「そうしたらもっと早く魔王を倒せてたのに、って」
「どうだかな」
年甲斐もなくこんなやり取りをしていると、本当に自分が若返ったような気さえしてくるから不思議だ。
世界の広さはギリシアの、ペロポネソス半島の東についた出っ張りの端とは比べ物にならないだろう。程よい酸味のレモネードを飲みながら、とんでもないことをしようとしているな、と今更感じた。整備されていない、グネグネ曲がった木々が道をふさいでいるはずだ。渡し守もいない荒れた川を行くことになるかもしれない。エリス達はこれをやってきた。俺にだって、肉体的にはともかく、精神的にできない道理はないんだ。カバンの中は見た目よりも広い。意外な重さに腰をやる人もいるらしいが、この年ならまあ、まだ大丈夫。
「今日と明日はキノコ狩りだ」
「おー」
彼女の手を引き、カラのカバンを背負って扉を開けた。まだ子供らしさの残る体温が夜の熱気に混じって伝わってくる。外はすっかり暗くなり始めていて、星空が見えた。あの星のどこかに女神がいて、地上を見守ってくれているという言い伝えを思い出した。本当にそうだといい。
「見てろよエリス、俺の世界を救う第一歩はここから始まるんだぞ」
「なんか、そうは見えないよね」
「確かに。だけどな……うん、地味でもなんでも、とにかく大事なことだ」
世界を救う旅。それは、決して、魔王を倒すためだけの旅ではない。あの時の赤龍もいないし、馬車もない。王様は冷静にこの状況を見ているかもしれないが、だまされやすい民衆は未だにカンカンだ。野宿もするだろうし、雹の中を進むこともある。
「いいか、エリスは俺みたいなスキルがないからな。毒には注意して触れよ」
「大丈夫! ボク勇者だから。耐性スキルも最大になったしね」
「……やっぱり忘れてくれ。俺はいらないかもしれないな」
勇者ってすごかったんだな。そりゃ他人の家に入ってツボ割るわ。道中で出会うモンスターたちだって、きっと簡単に倒してしまうだろう。
一方、俺がBランクだったのは昔の話だ。腕が大分鈍っているだろうし、昔なじみの友人が同じことをやろうとしていたら絶対止める。この森から出た後すぐに死ぬ可能性もあるんだ。もしそうなったら、エリスは立ち直ってくれるだろうか? 俺には分からない。
でも、とにかく、だ。世界の果てを見に行こう。後はなるようになる。
台所に立ち、そんなことを言った。少し経ってからその意味に気付いたのか、彼女は慌てたように目を丸くする。ぇ、という声が漏れたような気がした。俺は戸棚から燻した干し肉を引き出して、旅に出たらペットをどうしよう、なんてことを考えていた。朝起きてから色々あったせいでペットに餌をやれていないことを思い出して、水を張ったボウルに肉を投げ込み、指先の軽い炎熱魔法で温めた。その間、さっきの話をつづけた。
「ねえ、さっきの話、本当?」
「あながち嘘ってわけじゃない。実際やってみようって気持ちはあるぞ」
彼女は俺があんな大それたことを言ったことに驚いている様子だったが、きっと優しさか冗談と思ったのだろう、すぐに花の咲くような笑顔を浮かべて、いいね、と言ってくれた。エリスは俺に聞いた。
「どうやって救うつもりなの?」
「さっぱり分からん。それも旅しながら考えるさ」
「あはは、変なの」
「でも、エリスよりは大変じゃないぞ。俺が旅に出るなら、一人で留守番か大変な旅に付いてくるかの二択になるんだからな」
「えー、そうなったら付いて行くでしょ」
彼女は夢と思っているのか、どこか嬉しそうに、わくわくしているように見えた。エリスはそう言い切ってから恥ずかしそうに頬を染め、俯いた。それから、上目遣いになって俺を見た。その時、初めて本当の彼女の顔を見た気がした。美しいオレンジ色の虹彩を木漏れ日にきらめかせて、何よりも快活に微笑んでいた。
「それに、旅の途中で未来の奥さんだって見つかるかもしれない」
俺が冗談めかして言うと、彼女の瞳の奥からほの暗いものが覗いてきた。いや、いや、冗談だ。ずっと独身だよ。そう言い直しても機嫌は治らなかったどころか、むしろますます不機嫌になったように見える。心配になり、俺は慌てて話題を変えることにした。
「なあ、旅に出るなら誤解も解いて、あとはエリスのお仲間も探しに行かなきゃダメだな。勇者パーティーがいれば俺でも世界を救えそうだ」
彼女はしばらく拗ねた様子だったが、しばらくして先ほどのことを忘れたか、少なくとも気分を切り替えてくれたようだ。少し思い出に浸り、それから元気よく顔を輝かせて、ギデオンの仲間もね、と言った。俺は思わず笑ってしまった。
「温まった。あいつの様子はどうかな」
「怒らせちゃったかな」
「エリスは大丈夫だろ。怒られるのは俺だけだ、あいつは相手を選ぶから」
肉が水分を吸収し柔らかくなったのを確認してから、二人で外に出る。小さくふわふわな王様は朝食を抜くという怠惰かつ非道、この世の悪徳を凝縮したような臣下にあるまじき無礼な行いに相当ご立腹なようで、俺の声を聞いた瞬間駆け寄ってきて手の甲に勢い良く嚙みついた。
「おすわり! あ"痛っ。この野郎、ちょっと待ってくれ、違うんだよ。いろいろ事情があってだな……」
「わん!(死ねクソボケ!)」
俺は慌てて手を引っ込めた。怒る気にはならなかった。非常に痛かったが、俺はこれが愛情の裏返しであることをよく知っていたからだ。子狼は俺の顔を見て、それからエリスの方を見た。彼女は楽しげに笑いながら、また一回り大きくなった王様を抱き上げた。
「かわいいね~! そんなにお腹すいてたの?」
「わふ(そうでもない)」
エリスが優しい声で話しかけても、王様はぷいっとそっぽを向いてしまった。
「勇者に抱き上げられて無事なモンスターはお前ぐらいだな」
「ほんと、そうかも」
噛まれたのと反対側の手で肉を差し出すと、子狼は前足を二回ほどバタバタさせて彼女の腕の中から脱出し、ものすごい勢いでかぶりつき始めた。彼女は胸のあたりから抜け出たぬくもりに未練があり、とても残念そうにしていた。こいつは食い意地が張っているから、魔物の死骸なら大体食べてくれるだろう。そうしたら死肉漁りも寄って来ない。ほかの旅人に迷惑をかけることもないはずだ。だけど、この愛くるしい子狼を危険な目に遭わせるのも気が引けた。誰かに預かってもらおうか。アルベリア辺りがいいかな……。
「旅に出るなら、街のみんなに事情を話さなきゃいけない。特に薬師ギルドの奴らには、念入りに。最後にある程度まとまった量を卸してもいいな。キノコ狩りだ。で、あとは……そうだな、三日前までに俺たちの家のがらくたを整理する。あいつらにも手紙を出す。出発前に、アルベリアの魔道具店で色々整えてもいい」
「うん!」
エリスは元気の良い返事をして、そして悪戯っぽく笑ってから、ねえねえ、と俺の腕を引いた。なんだ、と思って見ていると、彼女は俺の耳元に口を近づけた。そして小さな声で言う。
「ボクたちの家って呼んでくれた」
「……嫌だったか?」
「ううん、嬉しい」
「それはよかった」
照れくさくてぶっきらぼうな言い方になってしまったが、それでもエリスは喜んでくれた。パーティーと家族は違う。彼女には親代わりとなってくれる人がいなかった。いや、原作では出てくるのだが、時系列から考えてその前に裏切りイベントが挟まってしまったらしい。そして、結果としてこんなことになっているのだ、と俺は思った。これからどうなるのかまるで予想がつかなかい。そして、それで構わない、と思う自分もいた。そのことで初めて、俺が本当に世界の住民になったような感覚があった。一概に悪いこことは言えない。
俺はこれからの予定について考えを巡らせていた。冒険者業はもう辞めたつもりでいたんだが。しかし、結局冒険者だろうがそうじゃなかろうが、俺がやれることなんてたかが知れているのだ。どの世界に居ても、最後には自分にできることを精一杯やるしかないだろう。俺は目の前の肉を幸せそうに一生懸命食べる狼を見ながら、小さな小屋の中に戻った。
「そういえば、あの剣はどこに行ったんだ?」
「勇者の剣のこと? あれは念じれば出てくるんだよ」
「便利だな。なら包丁とかナイフはいらない訳だ」
「そんなことに使わないよ!」
エリスと二人で、旅の予定を冗談半分に立てる。持ち物を整理して、机の上に古い世界地図を広げ、顔を突き合わせてああだこうだと言い合った。あそこの森には三日三晩踊り続ける人々がいるとか、ここそこの島は実は巨大なヤドカリで、毎月毎年少しずつ動いているから実はこの地図の場所にはもう無くなっているとか。もちろん、これは全部冗談だ。旅の途中で見る地図と、家の中で見る地図には別の面白さがある。彼女は現実の冒険という緊張感から解放されて、髪の毛一本分の川の支流を見つけるだけで可愛く大はしゃぎしていた。顔を見合わせ、けらけらと笑った。それから、俺達は箱の中に押し込められているガラクタを片付け始めた。
思い出の品も持って行くことにした。アルベリアの魔道具店で買った魔力駆動のアストロラーベ。リリアナのチーズ、そしてレンドールの刻印が入ったミスリルナイフ。ローランドール一家のレモネードは実に惜しいが、旅に出る前に飲み切ってしまおう。
「どのくらい長い旅になるか……」
「途中で飽きたらどうしよう」
「それなら、勇者様のお望みのままに」
俺はわざとらしく畏まった口調で言って、それから二人でまた笑いあった。服と鎧。あの時は気付かなかったが、勇者のカバンにはたくさんの服が入っていた。それを見ながら、最初拾ったときに気付いていれば気まずい思いはしなかったのにな、なんてくだらないことを考える。旅に必要な道具をカバンに詰め込んでいった。
歩き出す。42.195キロ。辛うじて一回だけ制限時間内に完走したフルマラソンの距離だ。
「あーあ、もっと早くギデオンに出会えてたらなあ」
「なんだよいきなり」
「そうしたらもっと早く魔王を倒せてたのに、って」
「どうだかな」
年甲斐もなくこんなやり取りをしていると、本当に自分が若返ったような気さえしてくるから不思議だ。
世界の広さはギリシアの、ペロポネソス半島の東についた出っ張りの端とは比べ物にならないだろう。程よい酸味のレモネードを飲みながら、とんでもないことをしようとしているな、と今更感じた。整備されていない、グネグネ曲がった木々が道をふさいでいるはずだ。渡し守もいない荒れた川を行くことになるかもしれない。エリス達はこれをやってきた。俺にだって、肉体的にはともかく、精神的にできない道理はないんだ。カバンの中は見た目よりも広い。意外な重さに腰をやる人もいるらしいが、この年ならまあ、まだ大丈夫。
「今日と明日はキノコ狩りだ」
「おー」
彼女の手を引き、カラのカバンを背負って扉を開けた。まだ子供らしさの残る体温が夜の熱気に混じって伝わってくる。外はすっかり暗くなり始めていて、星空が見えた。あの星のどこかに女神がいて、地上を見守ってくれているという言い伝えを思い出した。本当にそうだといい。
「見てろよエリス、俺の世界を救う第一歩はここから始まるんだぞ」
「なんか、そうは見えないよね」
「確かに。だけどな……うん、地味でもなんでも、とにかく大事なことだ」
世界を救う旅。それは、決して、魔王を倒すためだけの旅ではない。あの時の赤龍もいないし、馬車もない。王様は冷静にこの状況を見ているかもしれないが、だまされやすい民衆は未だにカンカンだ。野宿もするだろうし、雹の中を進むこともある。
「いいか、エリスは俺みたいなスキルがないからな。毒には注意して触れよ」
「大丈夫! ボク勇者だから。耐性スキルも最大になったしね」
「……やっぱり忘れてくれ。俺はいらないかもしれないな」
勇者ってすごかったんだな。そりゃ他人の家に入ってツボ割るわ。道中で出会うモンスターたちだって、きっと簡単に倒してしまうだろう。
一方、俺がBランクだったのは昔の話だ。腕が大分鈍っているだろうし、昔なじみの友人が同じことをやろうとしていたら絶対止める。この森から出た後すぐに死ぬ可能性もあるんだ。もしそうなったら、エリスは立ち直ってくれるだろうか? 俺には分からない。
でも、とにかく、だ。世界の果てを見に行こう。後はなるようになる。
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