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7−2 告げ口
エリサは私に非難の目を向けた。
その目を無視して、私はアルテュール様を見つめた。意外だ。アルテュール様が私の仕事を調べていたとは。辺境に行っていた一年は何度か手紙を送っていたので、そのときに調べたのかもしれない。二年目にはぱったりと手紙が届かなくなったので、それ以降は読んでいなそうだが。
「王子様、私、許せません。動物を犠牲にして、何になるんですか!?」
アルテュール様の話を聞いてもそれしか感想が出てこないのならば、説明するだけ無駄なような気がする。
犠牲になっているから、そのための毒を作るという話をしているのに。
アルテュール様は何とも思わないのか、呆れ顔もせずに淡々と説明を続けた。
「リュシエンヌは歴代の毒の聖女の中でも一、二を争うの力を持つ者だ。その力で多くの魔物を倒せるだろう。けれど、彼女が居ないときに使える毒が必要だ。だからリュシエンヌは、自身の毒と似たような毒を作らせて、その製法を残しているんだよ」
「そんな真似をする意味なんてあるんですか? 毒は、人を殺すものじゃないですか」
今は魔物を倒す毒について説明しているわけだが。エリサは話の筋を変えて、別のゴールに向ける気だ。
無意識に行っているのかわからないが、エリサはどうしても私を悪者にしたいらしい。
「魔物を倒すための毒だよ。リュシエンヌが作る毒と、別の人間が作る毒は同じにはならないが、似通った効果がなければならない。彼女はその研究をしているんだ。根気のいる仕事だよ」
言いながら、アルテュール様は私を見つめた。
その顔に、ドキリとする。エリサを擁護せずに、私の仕事を冷静に説明するとは思わなかった。否定せず、努力を認めてくれるのか。エリサの手前、何か言われるかと覚悟していたのに。
「だからって、動物を使うなんて!」
アルテュール様が私を擁護したことに腹を立てたのか、エリサは再び同じことを言い出した。これでは堂々巡りで、不毛な会話にしかならない。
エリサにとって、毒の研究より動物の命なのだろう。エリサだけではない。一般的な考えも似たようなものだ。
根本的な解決に至るまで、実験は続ける必要がある。実験中に癒しをかけられたら、結果が出ない。それを言っても理解できないのだ。そこには慈悲があり、エリサにとって癒すべき対象だから。一般人から見ても対岸の火事。かわいそうだからと言って、被害に遭う者を完全に無視し、根本的な解決を見ようとしない。
笑えるわ。
「辺境では人にも魔物が寄生するのだけれど、そのときはどうすべきだと思うのかしら?」
「私が癒せばいいことです」
「辺境にあなたが行くの? 何日かけて?」
「それは、そこにいる聖女が行えばいいじゃないですか!」
「森の中で襲われて、聖女がすぐに来てくれるの? 魔物退治をしているんじゃないわ。普通に生活して、普通に鹿を狩っているときに寄生型の魔物に襲われたら? 辺境の魔物は力が強いの。傷口から気付かないうちに魔物が入り込み、いつの間にか体を蝕む。放置したら危険だわ」
「でも、辺境には聖女がいるじゃないですか。すぐに迎えないのは、聖女の怠慢です!」
「いいわ。百歩譲って聖女が到着しましょう。聖女が癒せば、寄生型の魔物は死ぬの?」
「剣で倒せばいいじゃないですか!」
「寄生型の魔物を見たことがない? あれらは体内に入り込むのよ。剣で倒して少しでも細胞が残っていれば、内臓や脳に移動するの。体が腐りかけている部分に、聖女は癒しをかけるでしょう。けれど、癒しの聖女は魔物を殺せない。傷を癒しても、体内に魔物は残っている。その魔物を殺せるのは、毒の聖女だけよ。その魔物を倒す毒を、わたくしは作っているの」
「そんな、それは……」
エリサはやっと理解できたと、口籠もる。
今まで、寄生型の魔物に取り憑かれた動物は殺傷処分されてきた。私が辺境で作ったのは、媒体の命を気にせず魔物を殺す毒だ。その効果をもう一段階上げて、動物の命を残したまま、魔物だけを殺す毒を作らなければならない。
寄生型の魔物はどこにでもいるが、辺境以外に人間に取り憑いた例がないため、そこまで問題視されていない。だが、例がないわけではないのだ。騎士団からの要請は、その研究の延長戦だ。今後人間に取り憑いた魔物にも使えるように、研究していかなければならない。
「よくわかった」
エリサが黙ると、アルテュール様はこれ以上の議論は十分だと、話を切り上げた。
「リュシエンヌ、忙しい中、呼び出して申し訳なかったね。仕事に戻ってくれ」
「失礼致します」
エリサはまだソファーに座ったまま。膝上の手をギュッと握ってから、涙目になってアルテュール様を見つめる。
私はそれを後ろ目で見やって、知らぬふりをして部屋を出た。
何がよくわかったのか。私がエリサを言い負かしたのを止めたかっただけかもしれない。エリサは私に負けて涙を流す寸前で、今にもアルテュール様に飛び付きたそうな顔をしていた。
きっと、アルテュール様はエリサを慰めるのだろう。
「大丈夫ですか?」
待っていたエルンスト卿が、心配そうにして私の後ろをついてくる。
婚約者に呼ばれたのに、心配されるなど、私は今、どんな顔をしているのだろう。
「大した話じゃなかったわ。さ、昨日の続きをしないとね」
私の強がりがわかると言わんばかりに、エルンスト卿は眉尻を下げた。
エルンスト卿もきっと、私とアルテュール様の噂はよく聞いているのだろう。エリサとアルテュール様が仲睦まじい。その噂は私の耳にすら入るほどなのだから。
哀れみの目で見ないでほしいと言っても無理か。
辺境で得られた私の立場は、王城ではしぼんで、ただの振られる間際のアルテュール様の婚約者。エルンスト卿もこんな私の立場は想像していなかっただろう。
情けないわ。
「あ、デラージュ聖女様!」
研究室に戻ると、扉の前でウロウロしていたラチェットが、私を見るなり走ってきた。
「どうかしたのか?」
「騎士団から、寄生型の魔物が、町の中を暴れ回っていると連絡が!」
その目を無視して、私はアルテュール様を見つめた。意外だ。アルテュール様が私の仕事を調べていたとは。辺境に行っていた一年は何度か手紙を送っていたので、そのときに調べたのかもしれない。二年目にはぱったりと手紙が届かなくなったので、それ以降は読んでいなそうだが。
「王子様、私、許せません。動物を犠牲にして、何になるんですか!?」
アルテュール様の話を聞いてもそれしか感想が出てこないのならば、説明するだけ無駄なような気がする。
犠牲になっているから、そのための毒を作るという話をしているのに。
アルテュール様は何とも思わないのか、呆れ顔もせずに淡々と説明を続けた。
「リュシエンヌは歴代の毒の聖女の中でも一、二を争うの力を持つ者だ。その力で多くの魔物を倒せるだろう。けれど、彼女が居ないときに使える毒が必要だ。だからリュシエンヌは、自身の毒と似たような毒を作らせて、その製法を残しているんだよ」
「そんな真似をする意味なんてあるんですか? 毒は、人を殺すものじゃないですか」
今は魔物を倒す毒について説明しているわけだが。エリサは話の筋を変えて、別のゴールに向ける気だ。
無意識に行っているのかわからないが、エリサはどうしても私を悪者にしたいらしい。
「魔物を倒すための毒だよ。リュシエンヌが作る毒と、別の人間が作る毒は同じにはならないが、似通った効果がなければならない。彼女はその研究をしているんだ。根気のいる仕事だよ」
言いながら、アルテュール様は私を見つめた。
その顔に、ドキリとする。エリサを擁護せずに、私の仕事を冷静に説明するとは思わなかった。否定せず、努力を認めてくれるのか。エリサの手前、何か言われるかと覚悟していたのに。
「だからって、動物を使うなんて!」
アルテュール様が私を擁護したことに腹を立てたのか、エリサは再び同じことを言い出した。これでは堂々巡りで、不毛な会話にしかならない。
エリサにとって、毒の研究より動物の命なのだろう。エリサだけではない。一般的な考えも似たようなものだ。
根本的な解決に至るまで、実験は続ける必要がある。実験中に癒しをかけられたら、結果が出ない。それを言っても理解できないのだ。そこには慈悲があり、エリサにとって癒すべき対象だから。一般人から見ても対岸の火事。かわいそうだからと言って、被害に遭う者を完全に無視し、根本的な解決を見ようとしない。
笑えるわ。
「辺境では人にも魔物が寄生するのだけれど、そのときはどうすべきだと思うのかしら?」
「私が癒せばいいことです」
「辺境にあなたが行くの? 何日かけて?」
「それは、そこにいる聖女が行えばいいじゃないですか!」
「森の中で襲われて、聖女がすぐに来てくれるの? 魔物退治をしているんじゃないわ。普通に生活して、普通に鹿を狩っているときに寄生型の魔物に襲われたら? 辺境の魔物は力が強いの。傷口から気付かないうちに魔物が入り込み、いつの間にか体を蝕む。放置したら危険だわ」
「でも、辺境には聖女がいるじゃないですか。すぐに迎えないのは、聖女の怠慢です!」
「いいわ。百歩譲って聖女が到着しましょう。聖女が癒せば、寄生型の魔物は死ぬの?」
「剣で倒せばいいじゃないですか!」
「寄生型の魔物を見たことがない? あれらは体内に入り込むのよ。剣で倒して少しでも細胞が残っていれば、内臓や脳に移動するの。体が腐りかけている部分に、聖女は癒しをかけるでしょう。けれど、癒しの聖女は魔物を殺せない。傷を癒しても、体内に魔物は残っている。その魔物を殺せるのは、毒の聖女だけよ。その魔物を倒す毒を、わたくしは作っているの」
「そんな、それは……」
エリサはやっと理解できたと、口籠もる。
今まで、寄生型の魔物に取り憑かれた動物は殺傷処分されてきた。私が辺境で作ったのは、媒体の命を気にせず魔物を殺す毒だ。その効果をもう一段階上げて、動物の命を残したまま、魔物だけを殺す毒を作らなければならない。
寄生型の魔物はどこにでもいるが、辺境以外に人間に取り憑いた例がないため、そこまで問題視されていない。だが、例がないわけではないのだ。騎士団からの要請は、その研究の延長戦だ。今後人間に取り憑いた魔物にも使えるように、研究していかなければならない。
「よくわかった」
エリサが黙ると、アルテュール様はこれ以上の議論は十分だと、話を切り上げた。
「リュシエンヌ、忙しい中、呼び出して申し訳なかったね。仕事に戻ってくれ」
「失礼致します」
エリサはまだソファーに座ったまま。膝上の手をギュッと握ってから、涙目になってアルテュール様を見つめる。
私はそれを後ろ目で見やって、知らぬふりをして部屋を出た。
何がよくわかったのか。私がエリサを言い負かしたのを止めたかっただけかもしれない。エリサは私に負けて涙を流す寸前で、今にもアルテュール様に飛び付きたそうな顔をしていた。
きっと、アルテュール様はエリサを慰めるのだろう。
「大丈夫ですか?」
待っていたエルンスト卿が、心配そうにして私の後ろをついてくる。
婚約者に呼ばれたのに、心配されるなど、私は今、どんな顔をしているのだろう。
「大した話じゃなかったわ。さ、昨日の続きをしないとね」
私の強がりがわかると言わんばかりに、エルンスト卿は眉尻を下げた。
エルンスト卿もきっと、私とアルテュール様の噂はよく聞いているのだろう。エリサとアルテュール様が仲睦まじい。その噂は私の耳にすら入るほどなのだから。
哀れみの目で見ないでほしいと言っても無理か。
辺境で得られた私の立場は、王城ではしぼんで、ただの振られる間際のアルテュール様の婚約者。エルンスト卿もこんな私の立場は想像していなかっただろう。
情けないわ。
「あ、デラージュ聖女様!」
研究室に戻ると、扉の前でウロウロしていたラチェットが、私を見るなり走ってきた。
「どうかしたのか?」
「騎士団から、寄生型の魔物が、町の中を暴れ回っていると連絡が!」
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