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第一部
第十九話 留守番
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「俺、行きたくない」
今日もまたヨル様の膝に乗せられてしまった私。どれだけ言っても聞いてもらえないので、もう降ろしてもらうことは諦めました。
「そんなこと言わないでくださいませ」
「なんで俺がアイツのために行かないといけないの?」
アイツとは、もちろんアルベール様のことです。明後日出発の視察のことを伝えると、先程までの笑顔が急になくなってしまいました。
「ソフィアも行く?」
「申し訳ございません、私は留守番なのです」
そう何度も外出はできません。もし外で知り合いにでも見つかってしまえば、アルベール様にご迷惑がかかります。
「じゃあ、絶対行かない」
「ヨル様!」
完全にそっぽを向いて拗ねてしまいました。こういう所は本当に子どもっぽいのですから。
「ヨル様」
「嫌だ、聞きたくない」
どうしてこんなにアルベール様のことになると頑ななのでしょう。初めて手紙をもらってから少しは関係が良くなると思ったのに。
「ヨル様、これは辺境伯様として大切なお仕事です。アルベール様の為ではありません。この地で暮らす領民のためです」
部屋の隅を見つめていたヨル様の耳がピクリと動きました。
「今も苦しんでいる人たちがいるのです。辺境伯にはその方々を助ける義務があるのです。ヨル様ならお分かりになりますよね?」
ヨル様は絶対に理解しているはずです。ひと月の中でも最も理性的な時期でもありますが、それ以上にヨル様は優しい方です。
「たった一晩ですわ。ヨル様の好きなお菓子をたくさん作って待っていますから」
ふいにヨル様の顔がこちらを向きました。
「じゃあご褒美がほしい」
「ご褒美、ですか?」
そのまま彼の顔がグッと近づき唇が重なります。
「ン、ん……」
何度も何度も唇を合わせ、彼の舌が私の舌を絡め取っていく。
「帰ってきたら…ソフィアと……したい、もう絶対痛くしないから」
こんなに真正面からそんなお願いをされるなんて。恥ずかしさで彼の顔が見れない。
「そしたら俺頑張れる。ソフィアがいなくても我慢できる」
不意にアンの言葉が頭をよぎる。このドキドキは私がヨル様を好ましく思っているから?
「……はい、わかりました……」
「約束」
もう一度キスを交わし、ヨル様はご機嫌な顔に戻りました。
反対に私は彼の顔が上手く見られなくなってしまいました。
* * *
「滞りなく視察が終わることをお祈り申し上げます。いってらっしゃいませ」
「行ってくる、アン、ソフィア、屋敷のことは任せた」
アルベール様たちを乗せた馬車が見えなくなるまで私たちは手を振っていました。
「さぁ!さっさと仕事を片付けて、私たちは羽を伸ばそうー!」
「もう、アンったら」
言葉通りアンはすごい早さで仕事を終わらせ、私はその間たくさんのお菓子を作りました。私たちが食べる分とは別にヨル様の分もたくさん用意しましたよ。
夕方からは二人で早めの食事を取り、その後はお菓子を食べながらたくさん話をしました。
アンとトロワは孤児で、アルベール様のお母様に拾っていただき使用人になったこと。アンと二人きりのときトロワはよく喋ること。いくら時間があっても足りないくらいです。
「ソフィアに夜ふかしさせたら私が怒られちゃうからね、そろそろ寝よっか」
「はい、今日は本当に楽しかったです」
おやすみの挨拶を交わしそれぞれの部屋に戻ったのですが、私はなんだが目が冴えてしまって眠れませんでした。
「いつもならヨル様と過ごす時間ですもの」
またうなされていないでしょうか。どうかゆっくりと眠れていますように。
「少しだけ……」
私は自分の部屋を抜け出し、いつもヨル様と過ごす寝室へ向かいました。
普段なら夜も人の気配のする屋敷も今日はとても静かです。
窓の外から満月の光が差し込んで綺麗。しんとした屋敷のなかに私の足音だけが響く。
寝室の扉を開け静かに扉を閉めた。空気は冷たく、いつも横になるベッドもまるで知らない人のモノのようです。
「どうしたらヨル様とアルベール様は仲良くなれるのでしょう」
二人の間にどんなことがあったのか、私が聞いてもいいことなのでしょうか。でもいつか二人が分かりあえたら…、そう願ってしまうのです。
そのとき部屋の外から小さな物音がした気がしました。
「アン?」
私のせいでアンを起こしてしまったでしょうか。音をたてないように気をつけていたのに。
ベッドを離れ扉に手をかけた瞬間、廊下から見知らぬ男の声が聞こえた。
「おい、いたか?」
ビクリと肩が震え、もう少しで声を上げてしまうところでした。そのまま扉を離れ、クローゼットの中に身を隠す。
「使用人の部屋はどこだ、見当たらないぞ」
「本当にここにいるんだろうな」
動悸が止まらない。あの男たちは誰?一体なにを探しているの?
扉の開く音がしたかと思うと男たちが部屋に入ってきた。
「バレたらただじゃ済まないぞ」
「ならお前は帰ればいい。ご褒美は俺がもらう」
両手で口を押さえ、必死に息を殺す。
「ミシェーラ様の期待に応えるのは俺だ」
ミシェーラ!?どうして義母の名前が?
「おい、一階にも使用人の部屋はないぞ」
「そんなはずないだろ、ちゃんと探せ」
男の足音は三つ。揃って部屋を出ていった。
地下の使用人の部屋に続く扉は普通の人からは見つけづらい仕様になっています。それでもこのままだと見つけられてしまう。
「アン……!」
クローゼットから出ると扉から廊下を覗く。人の気配はしません。
そっと寝室を出て、階段を目指す。そのとき、突然後ろから声がした。
「みーつけた」
後頭部に衝撃を感じたかと思うと、私の意識はそこで途切れた。
今日もまたヨル様の膝に乗せられてしまった私。どれだけ言っても聞いてもらえないので、もう降ろしてもらうことは諦めました。
「そんなこと言わないでくださいませ」
「なんで俺がアイツのために行かないといけないの?」
アイツとは、もちろんアルベール様のことです。明後日出発の視察のことを伝えると、先程までの笑顔が急になくなってしまいました。
「ソフィアも行く?」
「申し訳ございません、私は留守番なのです」
そう何度も外出はできません。もし外で知り合いにでも見つかってしまえば、アルベール様にご迷惑がかかります。
「じゃあ、絶対行かない」
「ヨル様!」
完全にそっぽを向いて拗ねてしまいました。こういう所は本当に子どもっぽいのですから。
「ヨル様」
「嫌だ、聞きたくない」
どうしてこんなにアルベール様のことになると頑ななのでしょう。初めて手紙をもらってから少しは関係が良くなると思ったのに。
「ヨル様、これは辺境伯様として大切なお仕事です。アルベール様の為ではありません。この地で暮らす領民のためです」
部屋の隅を見つめていたヨル様の耳がピクリと動きました。
「今も苦しんでいる人たちがいるのです。辺境伯にはその方々を助ける義務があるのです。ヨル様ならお分かりになりますよね?」
ヨル様は絶対に理解しているはずです。ひと月の中でも最も理性的な時期でもありますが、それ以上にヨル様は優しい方です。
「たった一晩ですわ。ヨル様の好きなお菓子をたくさん作って待っていますから」
ふいにヨル様の顔がこちらを向きました。
「じゃあご褒美がほしい」
「ご褒美、ですか?」
そのまま彼の顔がグッと近づき唇が重なります。
「ン、ん……」
何度も何度も唇を合わせ、彼の舌が私の舌を絡め取っていく。
「帰ってきたら…ソフィアと……したい、もう絶対痛くしないから」
こんなに真正面からそんなお願いをされるなんて。恥ずかしさで彼の顔が見れない。
「そしたら俺頑張れる。ソフィアがいなくても我慢できる」
不意にアンの言葉が頭をよぎる。このドキドキは私がヨル様を好ましく思っているから?
「……はい、わかりました……」
「約束」
もう一度キスを交わし、ヨル様はご機嫌な顔に戻りました。
反対に私は彼の顔が上手く見られなくなってしまいました。
* * *
「滞りなく視察が終わることをお祈り申し上げます。いってらっしゃいませ」
「行ってくる、アン、ソフィア、屋敷のことは任せた」
アルベール様たちを乗せた馬車が見えなくなるまで私たちは手を振っていました。
「さぁ!さっさと仕事を片付けて、私たちは羽を伸ばそうー!」
「もう、アンったら」
言葉通りアンはすごい早さで仕事を終わらせ、私はその間たくさんのお菓子を作りました。私たちが食べる分とは別にヨル様の分もたくさん用意しましたよ。
夕方からは二人で早めの食事を取り、その後はお菓子を食べながらたくさん話をしました。
アンとトロワは孤児で、アルベール様のお母様に拾っていただき使用人になったこと。アンと二人きりのときトロワはよく喋ること。いくら時間があっても足りないくらいです。
「ソフィアに夜ふかしさせたら私が怒られちゃうからね、そろそろ寝よっか」
「はい、今日は本当に楽しかったです」
おやすみの挨拶を交わしそれぞれの部屋に戻ったのですが、私はなんだが目が冴えてしまって眠れませんでした。
「いつもならヨル様と過ごす時間ですもの」
またうなされていないでしょうか。どうかゆっくりと眠れていますように。
「少しだけ……」
私は自分の部屋を抜け出し、いつもヨル様と過ごす寝室へ向かいました。
普段なら夜も人の気配のする屋敷も今日はとても静かです。
窓の外から満月の光が差し込んで綺麗。しんとした屋敷のなかに私の足音だけが響く。
寝室の扉を開け静かに扉を閉めた。空気は冷たく、いつも横になるベッドもまるで知らない人のモノのようです。
「どうしたらヨル様とアルベール様は仲良くなれるのでしょう」
二人の間にどんなことがあったのか、私が聞いてもいいことなのでしょうか。でもいつか二人が分かりあえたら…、そう願ってしまうのです。
そのとき部屋の外から小さな物音がした気がしました。
「アン?」
私のせいでアンを起こしてしまったでしょうか。音をたてないように気をつけていたのに。
ベッドを離れ扉に手をかけた瞬間、廊下から見知らぬ男の声が聞こえた。
「おい、いたか?」
ビクリと肩が震え、もう少しで声を上げてしまうところでした。そのまま扉を離れ、クローゼットの中に身を隠す。
「使用人の部屋はどこだ、見当たらないぞ」
「本当にここにいるんだろうな」
動悸が止まらない。あの男たちは誰?一体なにを探しているの?
扉の開く音がしたかと思うと男たちが部屋に入ってきた。
「バレたらただじゃ済まないぞ」
「ならお前は帰ればいい。ご褒美は俺がもらう」
両手で口を押さえ、必死に息を殺す。
「ミシェーラ様の期待に応えるのは俺だ」
ミシェーラ!?どうして義母の名前が?
「おい、一階にも使用人の部屋はないぞ」
「そんなはずないだろ、ちゃんと探せ」
男の足音は三つ。揃って部屋を出ていった。
地下の使用人の部屋に続く扉は普通の人からは見つけづらい仕様になっています。それでもこのままだと見つけられてしまう。
「アン……!」
クローゼットから出ると扉から廊下を覗く。人の気配はしません。
そっと寝室を出て、階段を目指す。そのとき、突然後ろから声がした。
「みーつけた」
後頭部に衝撃を感じたかと思うと、私の意識はそこで途切れた。
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