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第十一話〜シュウ〜
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第十一話~シュウ~
ブンっ…ブンっ…
暇さえあればいつもこうやって剣を振っていた。朝も昼も夜も、こうしていれば頭を空っぽにすることができる。
でも、最近の俺は少しおかしい。いくら剣を振っても彼女の顔が頭から離れない。こんなことは生まれて初めてで自分で自分を持て余していた。
「閣下。離宮より使いの者が来ております。」
側近のユノの言葉に一瞬剣を取り落としそうになった。
「…すぐに通せ。」
国王から与えられた俺の屋敷は首都の郊外に位置し、最低限の使用人しかいない。本当なら彼女を招待したいところだが、今まで手入れをしたこともないので庭も荒れ放題で、彼女を呼べるような環境ではないとユノに止められた。
「ヤンか、久しぶりだな。」
使いとしてやってきたのは、離宮の使用人として俺が推薦したヤンだ。ヤンとリンの双子は優秀だ。彼女のため大切な役目を担ってもらっている。
「離宮での仕事はどうだ?」
「リコリス様は本当にお優しい方です。僕も妹も楽しく働いております。」
使用人に対して高慢な態度を取ることもなく、本当の家族のように接してくれるのだとヤンは嬉しそうに語った。普段あまり感情を表に出さない奴だ。これは珍しい。
国境警備、部下たちの教育、大量の書類仕事。必死に仕事をこなしても彼女に会える時間はほんの僅かだ。仕事とはいえヤンはいつも彼女の側にいられるのかと思うとなぜだが少し苛ついた。
「今日はどうした?」
「リコリス様から差し入れを預かって参りました。ぜひ閣下に召し上がっていただきたいと。」
大事そうに抱えられた包みを開くと中から現れたのは見たこともない白いまんじゅうだった。
「なんだ?これは?」
「リコリス様は肉まんと呼んでおりました。リコリス様の手作りでございます。」
「…!?」
公爵令嬢であったはずの彼女は慣れた手付きで料理をしていたそうだ。共にアスタリオからやってきた侍女の話では、彼女はいつも見たことも聞いたこともないような料理を作り自分たちを驚かせると言っていたらしい。
「…とても美味しかったです。」
彼女の手料理を俺より先に食べたのかと、なぜだかまた苛立ちを感じた。
肉まんとやらをひとつ手に取ると、それはまだほのかに温かかった。
「…!…美味い…。」
柔らかい生地の中には肉汁が滴りそうな挽き肉が入っている。竹の子と椎茸の食感がアクセントになり甘辛い味がとても美味しい。あっという間に食べてしまった。
「…閣下、ぜひ私もいただきたいのですが?」
気配を消し隅に控えていたユノが声をあげた。
「…ひとつ、なら。」
正直すべて自分で食べてしまいたいが、それを口にするのはさすがに心が狭いと思われそうだ。
「…!本当に美味しいですね!お美しいうえにお料理まで出来るとは!」
美しいだけではない。笑った顔は花が咲いたように可愛らしく、その笑い声は鈴が鳴るように可憐なのだ。
触れれば折れてしまいそうな体からは甘い香りが漂い、髪は絹のようになめらかだった。
その上、性格もよく、料理まで出来る。ここまで完璧な女性がいるものなのか。
馬上で楽しげな声をあげる彼女。自然と頬が緩むのを感じた。しかしすぐに彼女のなにか考え込んだような表情が目に浮かんだ。
彼女は一体なにを考えていたのだろう。
あの時のように、また一人で泣いてはいないだろうか。
彼女の泣き顔を思い出すと驚くほど胸が締め付けられた。こんな痛みは今まで感じたことはない。
使用人だった執事のため、彼女は自分を責めているようだった。何も出来ない自分を恥じるように。
あの時もっと何か気の利いたことを言えれば。俺は彼女を慰めるような言葉をなにも知らなかった。ハンカチ替わりの布を渡すとなぜか彼女は微笑んだ。その笑顔の美しさは言葉では言い表せない。
彼女の笑顔を守りたい。二度とその頬が涙で濡れることのないように。
「ユノ、公爵家の報告書を…。」
「はい、こちらに。」
さっきまでの楽しげな表情は消え、ユノの顔はたちまち暗くなった。
「閣下の予想通りでございました。」
彼女が執事に退職金を送るのとともに、俺は彼女の名でバーミリオン公爵家に献上品を送った。もちろん彼女の許可は貰っている。公爵家のためではなく、どうか領民のために役立ててほしいという彼女の優しい言葉と共に。
「…だろうな。」
しかし残念ながら、彼女の言葉は公爵たちには届かなかったようだ。
バーミリオン公爵は、贈られた献上品を全て自らの懐に入れた。それだけならまだ良かったが、公爵は倍になった税をそのまま領民に課すことにしたようだ。
幸い、昨年が豊作だったため領民たちは蓄えていた作物を献上し、なんとか税収をまかなった。しかしそれは今年だけの策だ。来年になればまた公爵は領民にひどい税を課すことになるだろう。
「分かってはいたが、ここまで酷いとはな。」
「領民たちは皆ギリギリの生活を課せられています。公爵家は今だに贅沢をしているようですが。」
献上品はわざと豪奢な物を選んだ。派手な織物、大きな宝石はさぞかし魅力的に見えたことだろう。あの者たちが簡単に贅沢な暮らしを捨てられるとは思えない。
「彼女へのこれまでの扱い、心からの懺悔を聞くまで殺すな。」
彼女は公爵家の者たちを家族ではないと言った。家族でないのならもう容赦などしない。
ブンっ…ブンっ…
暇さえあればいつもこうやって剣を振っていた。朝も昼も夜も、こうしていれば頭を空っぽにすることができる。
でも、最近の俺は少しおかしい。いくら剣を振っても彼女の顔が頭から離れない。こんなことは生まれて初めてで自分で自分を持て余していた。
「閣下。離宮より使いの者が来ております。」
側近のユノの言葉に一瞬剣を取り落としそうになった。
「…すぐに通せ。」
国王から与えられた俺の屋敷は首都の郊外に位置し、最低限の使用人しかいない。本当なら彼女を招待したいところだが、今まで手入れをしたこともないので庭も荒れ放題で、彼女を呼べるような環境ではないとユノに止められた。
「ヤンか、久しぶりだな。」
使いとしてやってきたのは、離宮の使用人として俺が推薦したヤンだ。ヤンとリンの双子は優秀だ。彼女のため大切な役目を担ってもらっている。
「離宮での仕事はどうだ?」
「リコリス様は本当にお優しい方です。僕も妹も楽しく働いております。」
使用人に対して高慢な態度を取ることもなく、本当の家族のように接してくれるのだとヤンは嬉しそうに語った。普段あまり感情を表に出さない奴だ。これは珍しい。
国境警備、部下たちの教育、大量の書類仕事。必死に仕事をこなしても彼女に会える時間はほんの僅かだ。仕事とはいえヤンはいつも彼女の側にいられるのかと思うとなぜだが少し苛ついた。
「今日はどうした?」
「リコリス様から差し入れを預かって参りました。ぜひ閣下に召し上がっていただきたいと。」
大事そうに抱えられた包みを開くと中から現れたのは見たこともない白いまんじゅうだった。
「なんだ?これは?」
「リコリス様は肉まんと呼んでおりました。リコリス様の手作りでございます。」
「…!?」
公爵令嬢であったはずの彼女は慣れた手付きで料理をしていたそうだ。共にアスタリオからやってきた侍女の話では、彼女はいつも見たことも聞いたこともないような料理を作り自分たちを驚かせると言っていたらしい。
「…とても美味しかったです。」
彼女の手料理を俺より先に食べたのかと、なぜだかまた苛立ちを感じた。
肉まんとやらをひとつ手に取ると、それはまだほのかに温かかった。
「…!…美味い…。」
柔らかい生地の中には肉汁が滴りそうな挽き肉が入っている。竹の子と椎茸の食感がアクセントになり甘辛い味がとても美味しい。あっという間に食べてしまった。
「…閣下、ぜひ私もいただきたいのですが?」
気配を消し隅に控えていたユノが声をあげた。
「…ひとつ、なら。」
正直すべて自分で食べてしまいたいが、それを口にするのはさすがに心が狭いと思われそうだ。
「…!本当に美味しいですね!お美しいうえにお料理まで出来るとは!」
美しいだけではない。笑った顔は花が咲いたように可愛らしく、その笑い声は鈴が鳴るように可憐なのだ。
触れれば折れてしまいそうな体からは甘い香りが漂い、髪は絹のようになめらかだった。
その上、性格もよく、料理まで出来る。ここまで完璧な女性がいるものなのか。
馬上で楽しげな声をあげる彼女。自然と頬が緩むのを感じた。しかしすぐに彼女のなにか考え込んだような表情が目に浮かんだ。
彼女は一体なにを考えていたのだろう。
あの時のように、また一人で泣いてはいないだろうか。
彼女の泣き顔を思い出すと驚くほど胸が締め付けられた。こんな痛みは今まで感じたことはない。
使用人だった執事のため、彼女は自分を責めているようだった。何も出来ない自分を恥じるように。
あの時もっと何か気の利いたことを言えれば。俺は彼女を慰めるような言葉をなにも知らなかった。ハンカチ替わりの布を渡すとなぜか彼女は微笑んだ。その笑顔の美しさは言葉では言い表せない。
彼女の笑顔を守りたい。二度とその頬が涙で濡れることのないように。
「ユノ、公爵家の報告書を…。」
「はい、こちらに。」
さっきまでの楽しげな表情は消え、ユノの顔はたちまち暗くなった。
「閣下の予想通りでございました。」
彼女が執事に退職金を送るのとともに、俺は彼女の名でバーミリオン公爵家に献上品を送った。もちろん彼女の許可は貰っている。公爵家のためではなく、どうか領民のために役立ててほしいという彼女の優しい言葉と共に。
「…だろうな。」
しかし残念ながら、彼女の言葉は公爵たちには届かなかったようだ。
バーミリオン公爵は、贈られた献上品を全て自らの懐に入れた。それだけならまだ良かったが、公爵は倍になった税をそのまま領民に課すことにしたようだ。
幸い、昨年が豊作だったため領民たちは蓄えていた作物を献上し、なんとか税収をまかなった。しかしそれは今年だけの策だ。来年になればまた公爵は領民にひどい税を課すことになるだろう。
「分かってはいたが、ここまで酷いとはな。」
「領民たちは皆ギリギリの生活を課せられています。公爵家は今だに贅沢をしているようですが。」
献上品はわざと豪奢な物を選んだ。派手な織物、大きな宝石はさぞかし魅力的に見えたことだろう。あの者たちが簡単に贅沢な暮らしを捨てられるとは思えない。
「彼女へのこれまでの扱い、心からの懺悔を聞くまで殺すな。」
彼女は公爵家の者たちを家族ではないと言った。家族でないのならもう容赦などしない。
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