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ステラⅣ

4 緑の手

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 学園に行く前の早朝、植物園にプレゼントが届けられると聞いたので、急いでそこに行きました。

 夜明けと同時に、王宮からそれを伝えに人が来たのは驚きましたが、プレゼントは嬉しいことにシリルにぃ様からだそうで、ラシャド様がわざわざ手紙と一緒に届けてくださいました。

 どうしてこんな早朝にラシャド様が?とは思いましたが、頼み事をしたので、その時に預かったそうです。

 プレゼントは、サクラの苗でした。

 タリスライト原産のもので、薄いピンクの小さな花びらが特徴的な樹木です。

 お母様とシリルにぃ様と一緒にお花見をした記憶が思い出されて、とても懐かしくて、嬉しいものでした。

 学園に行くまでにはまだ時間があったので、早速、植物園の入り口から見た真正面に植えます。

 ちょっとだけ成長を促してあげると、私の背くらいの高さで、ピンクの花を幾つか咲かせてくれました。

 思わず頬が緩みます。

 これは、是非ディランさんにも見てもらいたいです。

 昨日は会えなかったので、今日は会えたらいいなぁって、

「随分とご機嫌だな」

 ちょうどそう思ったところに、ディランさんが訪ねてきてくれました。

 でも、それを素直に喜ぶ事ができませんでした。

 パッと振り向いて声の方を見ると、目に映ったのは重装備姿のディランさんでした。

 魔物討伐の時よりも、物々しい雰囲気に気圧されてしまいます。

 私がどんな風に見えたのでしょう。

 軽い足取りで近付いて来たディランさんは、安心させるように頭を撫でてくれました。

 きっとディランさんの方が余程穏やかな顔をしています。

「こんな早朝にそんな姿で、どうしたのですか?」

「ああ……」

 王命が正式に下されたのだと、ディランさんから教えてもらいました。

 自分のすぐそばに暗くて怖いものが忍び寄ってくるように思えました。

 懸念していた通りに、北方のドルティエル王国との緊張状態が高まったとの事で、騎士団が辺境伯領の国境警備隊とともに防衛にあたる事になりました。

 お姉様やディランさんの故郷です。

 辺境伯領へ向かう隊は、ディランさんの部隊が先行するそうです。

「新しい花が届いたのか?」

 私の隣に並んだディランさんは、サクラの木を見つめています。

 まだ背の低い樹は、ディランさんからだと見下ろす形になります。

「はい。シリルにぃ様が、お手紙と一緒に」

「綺麗な花だな」

「私の好きな木で、サクラと言います。タリスライトにはたくさんあって、ピンク色の花が満開になる時期に、お母様とシリルにぃ様と一緒に、よくお花見をしていました。お弁当を持って行って、大きなサクラの樹の下でシートを広げて食べました。懐かしいです。お花見の時のお弁当は、お母様が必ず作ってくれました。それが嬉しくて、いつも食べ過ぎていたんですよ」

「そうか。やっと、思い出話が聞けたな」

「もう、苦しくありませんから。幸せな思い出を幸せな気持ちで思い出せます。たくさんの人のおかげで、その中にはもちろん、ディランさんが含まれます」

 ディランさんは、眩しそうに植物園を見つめています。

 そこはちょうど、朝日が差し込んでいました。

「ここは、落ち着く場所だな」

「ディランさんが前に連れて行ってくれた野原も素敵な場所でした」

「また、連れて行ってやるよ」

「約束です」

 ふと、思い出しました。

「緑の手……」

 ディランさんがこちらを向きます。

「ここで草花のお世話をするのが大好きで、幸せな事で、植物を育てるのが好きな人の事を、緑の手と言うそうですよ。シリルにぃ様がくれた本に書いていました。いつか私の手から草が生えても、笑わないでくださいね」

 冗談のつもりでディランさんに伝えると、手を取られて、まじまじと見つめられてしまいました。

 恥ずかしくなって、すぐに後悔しました。

 余計なことは言わなければ良かったです。

 でも、ディランさんの体温を感じられる事は、何だか幸せなことでした。

「手紙……何て書かれていたんだ?」

 手を握られたまま、尋ねられました。

「あ、用事があって、少しグリースを離れるけど、いつか、ちゃんと謝罪させて欲しいと書かれていました。謝罪なんかいらないので、シリルにぃ様の元気なお姿が見られたら、それでいいのに……」

「ケジメだろ。まずアイツに謝らせろ。その後に、好きなだけ甘えたらいい」

 それを言うディランさんの手に、少しだけ力が入りました。

 離したくないと言っているように感じられて、これから遠くに行ってしまうのはディランさんなのに。

「王都でも、もうじき雪が降る。腹を出して寝るなよ。温かくしとけ。お前はすぐに手が冷える」

「お腹を出して寝たことなんかありません!ディランさんこそ……ミナージュ領もたくさん雪が降りますよね?」

「俺は慣れてるからいいんだよ。生まれ育った場所だ」 

 そこが争いの場になるのは、辛い事だと思います。

「私も、ディランさんと一緒に行きたいです」

 一緒に、ミナージュ領に行きたいと思っていました。

 でも、それは、とても困らせてしまったようでした。

「そのわがままは聞けない。お前は来るな。魔物相手とはわけが違う。今度は人間相手なんだ。お前に人殺しをさせるわけにはいかない。オーラム団長もそのつもりだ。お前が戦場の最前線なんかに送られるようなら、俺はグリースに対する忠誠が消え失せるぞ」

「でも……」

「俺達は、俺は、大丈夫だ。俺はしばらくここにはいないが、困った時はエステルを頼れ。魔法使いは、国にいるだけで抑止力になる。お前はここで充分役に立ってる」

 また、頭を撫でられました。

 子供扱いですかと怒りたいですが、今度は、頰に手の平が滑り降りてきました。

 大きくて、温かくて、優しくて、ちょっとだけイジワルな大好きな人の手です。

「草が生えたとしても、緑の手の方がお前はいいよ」

 指先が頬を撫で、最後にもう一度頭をくしゃりと撫でると、ディランさんは隊を率いて行ってしまいました。







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