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バッファルケルン王国事変
(3)
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「ありがとうございました」
商人さん達の馬車を見送っていました。
私達が降りた場所はほぼ森の中で、鬱蒼と生い茂る木々に囲まれてしまえばどこに何があるのかわかりません。
「村は、あっちの方角だな」
ディランさんが、地図とコンパスで方向を確認して指差しました。
「ステラ、ちょっと偵察の鳥を飛ばせるか?」
「はい」
鷹の姿をした使い魔を空に放ちました。
上空から下を見下ろすと、広大な森がどこまでも広がっているのが見えます。
魔物が生息している可能性が高いですが、そちらの方はディランさんが警戒してくれるので、今は村の様子に集中してよいようです。
「高い建物は無いようですね。所々、屋根が見えていますが木がたくさんあって、はっきり見えるのは村の中央にあると思われる広場と畑の様子、一番大きなお屋敷しかわかりません。いずれも外にいる人はいないようです」
見えた様子を伝えました。
「わかった。じゃあ、この目で確かめに行くか。ステラ、離れるなよ」
「はい」
馬車を降りた場所から道を逸れて、さらに森の中へと入って行きます。
どこかにちゃんとした別の道があるのかもしれませんが、ここからではわかりません。
ディランさんが先導してくれるので、後ろをついていきます。
時間にして五分程進んだ時でした。
「妙な足音がするな。そこから動くな」
ディランさんがピタリと足を止めて、短く私に警告しました。
私にはまったく何も聞こえませんが、ディランさんは辺りを警戒しています。
何かが近付いているのか、わからないながらも緊張していました。
斜め前方からガサっと音がした瞬間でした。
ディランさんが素早く抜いた剣を体を捻るように振り上げると、現れたばかりの黒くて大きな物体は、力を無くして地面に倒れていました。
倒れた衝撃が足元に響き、ゴトリと音を立てて転がる分断された二つの首と胴体が見えました。
そして、溢れ出る紫の血。
そこでやっと私は、その姿を確認する事ができたのです。
双頭の猟犬と言えばいいのか、初めて目にした生物は特異な姿をしていました。
「斬ってよかったようだな……これだけ敵意剥き出しで近付いてくれば、ヤルだけだが」
「こんな、魔物が、この辺にはいるのですね」
心臓が今さらながらにバクバクと鳴っています。
双頭の獣というだけでも珍しくて恐怖を覚えるのに、鋭い牙を無数に持っていました。
いつか見た地龍もどきとまではいかないまでも、これも見上げるほど大きなものでしたが、ディランさんには大した相手ではなかったようです。
「前々から思っていましたが、その剣は特別なものなのですか?」
「ああ」
切れ味が明らかにおかしいです。
それを扱う人の腕もおかしいですが。
「初めて見る種族だな」
動かなくなった魔物の骸を、観察しています。
「ディランさんでも見たことが無いものなのです。よその大陸のものとかではなくてですか?」
「ああ。こんなものはどこにもいないはずだ。それも双頭となると、突然変異で生まれたものなのか、人為的に生み出されたものなのか……」
人為的なものと聞いて、ドルティエル王国から送り込まれた病人達を思い出してしまいました。
人を実験台にするくらいだから、魔物など、いくらでも実験に使いそうです。
「行くか」
「はい」
魔物の骸から無理やり視線を戻して、村の方角を向きました。
誰に会えるのか。
誰かいるのか。
村の一部が見えてくると、緊張はさらに増しました。
「あんなおかしな魔物がウロウロしていたくらいだ。最悪の事態は覚悟しとけ」
最悪とは、村の人が無事ではないということでしょうか。
「ああ、言ってるそばから」
重苦しい響きを含んだ言葉とともに、ディランさんが私を背中に隠すように前に出ました。
「目を閉じてろ」
それを言いながら、大きな手が私の目の前にかざされます。
「村人の服装じゃないな。防衛軍の者か、国境警備隊か、村に向かっている途中で食い散らかされたようだ」
視界が閉ざされた中での食い散らかされたという言葉に、ヒッと小さく悲鳴がもれました。
「さっきの奴にやられたんだな」
その、凄惨な現場を想像して、とても直視できそうにありません。
「今は何かしてあげることはできないから、このまま素通りするぞ」
ディランさんは私の目を手で覆ったまま、それで視界は閉ざされた状態で背中をそっと押されて誘導されるように移動して行きました。
正直なところ、無惨な姿となった遺体を見なくて済むなら、その方がいいです。
しばらく夢に見そうで怖くありました。
情けないことですが、怖い夢には耐性が低下したままなので……
商人さん達の馬車を見送っていました。
私達が降りた場所はほぼ森の中で、鬱蒼と生い茂る木々に囲まれてしまえばどこに何があるのかわかりません。
「村は、あっちの方角だな」
ディランさんが、地図とコンパスで方向を確認して指差しました。
「ステラ、ちょっと偵察の鳥を飛ばせるか?」
「はい」
鷹の姿をした使い魔を空に放ちました。
上空から下を見下ろすと、広大な森がどこまでも広がっているのが見えます。
魔物が生息している可能性が高いですが、そちらの方はディランさんが警戒してくれるので、今は村の様子に集中してよいようです。
「高い建物は無いようですね。所々、屋根が見えていますが木がたくさんあって、はっきり見えるのは村の中央にあると思われる広場と畑の様子、一番大きなお屋敷しかわかりません。いずれも外にいる人はいないようです」
見えた様子を伝えました。
「わかった。じゃあ、この目で確かめに行くか。ステラ、離れるなよ」
「はい」
馬車を降りた場所から道を逸れて、さらに森の中へと入って行きます。
どこかにちゃんとした別の道があるのかもしれませんが、ここからではわかりません。
ディランさんが先導してくれるので、後ろをついていきます。
時間にして五分程進んだ時でした。
「妙な足音がするな。そこから動くな」
ディランさんがピタリと足を止めて、短く私に警告しました。
私にはまったく何も聞こえませんが、ディランさんは辺りを警戒しています。
何かが近付いているのか、わからないながらも緊張していました。
斜め前方からガサっと音がした瞬間でした。
ディランさんが素早く抜いた剣を体を捻るように振り上げると、現れたばかりの黒くて大きな物体は、力を無くして地面に倒れていました。
倒れた衝撃が足元に響き、ゴトリと音を立てて転がる分断された二つの首と胴体が見えました。
そして、溢れ出る紫の血。
そこでやっと私は、その姿を確認する事ができたのです。
双頭の猟犬と言えばいいのか、初めて目にした生物は特異な姿をしていました。
「斬ってよかったようだな……これだけ敵意剥き出しで近付いてくれば、ヤルだけだが」
「こんな、魔物が、この辺にはいるのですね」
心臓が今さらながらにバクバクと鳴っています。
双頭の獣というだけでも珍しくて恐怖を覚えるのに、鋭い牙を無数に持っていました。
いつか見た地龍もどきとまではいかないまでも、これも見上げるほど大きなものでしたが、ディランさんには大した相手ではなかったようです。
「前々から思っていましたが、その剣は特別なものなのですか?」
「ああ」
切れ味が明らかにおかしいです。
それを扱う人の腕もおかしいですが。
「初めて見る種族だな」
動かなくなった魔物の骸を、観察しています。
「ディランさんでも見たことが無いものなのです。よその大陸のものとかではなくてですか?」
「ああ。こんなものはどこにもいないはずだ。それも双頭となると、突然変異で生まれたものなのか、人為的に生み出されたものなのか……」
人為的なものと聞いて、ドルティエル王国から送り込まれた病人達を思い出してしまいました。
人を実験台にするくらいだから、魔物など、いくらでも実験に使いそうです。
「行くか」
「はい」
魔物の骸から無理やり視線を戻して、村の方角を向きました。
誰に会えるのか。
誰かいるのか。
村の一部が見えてくると、緊張はさらに増しました。
「あんなおかしな魔物がウロウロしていたくらいだ。最悪の事態は覚悟しとけ」
最悪とは、村の人が無事ではないということでしょうか。
「ああ、言ってるそばから」
重苦しい響きを含んだ言葉とともに、ディランさんが私を背中に隠すように前に出ました。
「目を閉じてろ」
それを言いながら、大きな手が私の目の前にかざされます。
「村人の服装じゃないな。防衛軍の者か、国境警備隊か、村に向かっている途中で食い散らかされたようだ」
視界が閉ざされた中での食い散らかされたという言葉に、ヒッと小さく悲鳴がもれました。
「さっきの奴にやられたんだな」
その、凄惨な現場を想像して、とても直視できそうにありません。
「今は何かしてあげることはできないから、このまま素通りするぞ」
ディランさんは私の目を手で覆ったまま、それで視界は閉ざされた状態で背中をそっと押されて誘導されるように移動して行きました。
正直なところ、無惨な姿となった遺体を見なくて済むなら、その方がいいです。
しばらく夢に見そうで怖くありました。
情けないことですが、怖い夢には耐性が低下したままなので……
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