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本編
32 聖女と敬愛される聖女
しおりを挟む「シャーロット」
どれだけ寝ていたのか、誰かに名前を呼ばれて薄らと目を開けると、レオンの顔が視界いっぱいに見えた。
もうすっかり見慣れたもので、私を心配するように覗きこんでいる。
辺りは明るくなっていたので、早朝か、それよりは少し過ぎた時間なのかもしれない。
「まだ熱があるな。ダイアナ様がすぐに治してくれるから」
ダイアナがいる。
その名前を聞いて意識がハッキリすると、レオンの後ろに立つ人に視線が縫いとめられた。
月の聖女、ダイアナだ。
その姿は何から何まで私とは違っていた。
夜を思わせる艶めく漆黒の髪。
煌めく金色の瞳。
髪先から爪先まで手入れされ、王族が身につけるような上等な生地でできたローブを着ていた。
その刺繍一つ見ても繊細で丁寧に施されている。
その姿は聖女そのものであり、人々から大切にされ、敬われていることがわかる。
それに、取り巻く精霊を見れば一目瞭然だった。
無意識のうちに逃げたくなって、視線を巡らせていた。
どこかに逃げ道はないのかと、不安に駆られて探していた。
「エルナト様、怖がらないで。俺は、俺達は、貴女を守りたい」
最初は、誰が何を言ったのか理解できなかった。
エルナトと、レオンから呼ばれてその顔を見上げていた。
「シャーロットがエルナト様だと、ダイアナ様が教えてくれて。貴女を害する者はここにはいない。もう、俺がそれをさせない」
どこか必死さも感じさせるように言葉が続けられる。
「レオン。一先ず、私に任せてもらえますか?」
そう声がかけられると、レオンと入れ替わるようにダイアナが私の目の前にしゃがみ、そっと手を握られた。
間近で微笑まれると、その笑顔だけでも人を癒す力がありそうで、見惚れるほどだ。
ダイアナに握られた手を見る。
荒れた私の手とは比べようもないほど綺麗な手で、服の袖で隠したくなった。
そして、手を握られてすぐに変化があった。
月光のように優しい光に包まれると、熱っぽく気怠い体が楽になり、息苦しさもなくなる。
聖女の神聖魔法とはこうであったのかと、こうでなければならなかったんだ。
私には授からなかったもの。
目の当たりにしたもう一人の聖女の力に、やっぱり私は偽者だったのではないかと思ったほどだ。
厳かな空気の中で、呆然とダイアナの顔を見つめていると、その雰囲気を見事に壊したのはレインさんだった。
「ダイアナ、俺も俺も。骨が逝ってる」
随分とくだけた口調で話しかけると、
「あなたは、もう2、3本折れているくらいが丁度いいはずです」
ダイアナも慣れているのか、ピシャリと音がしそうなほどに言い返している。
二人の親しい関係が垣間見えたものだったけど、レインさんは私のせいで怪我をしているので、そこだけは気掛かりではあった。
私が二人を見比べていることに気付いたダイアナは、また微笑んで手を離すと、
「少しだけこのまま待っていてくださいね」
今度はレインさんの脇腹辺りに手を添えていた。
同じような優しい光が溢れる。
「あー、生き返った。あり難き光栄なことでございます。ダイアナ様」
明らかにふざけたレインさんの言葉は、当然のように無視され、再び私の前にしゃがんだダイアナに頰を触れられ、目をジッと見つめられていた。
「貴女の身に何があったのか、話してくれませんか?」
そう尋ねられ、観念した。
あの日、突然に投獄されたことから、処刑され、気付いたら見知らぬこの体になっていたことまでを、掻い摘んで話した。
「その直後にレオン達に私は助けられたので、そのままここに連れて来てもらったのです」
私が一連のことを話し終えると、レオンは怒りを表すように、ギリっと音がしそうなほどに奥歯を噛み締めていた。
「しかし、おかしな話ですね。聖女である貴女が神聖魔法が使えないのは」
ダイアナは、考え込むように地面を見つめている。
「それは、私が……」
無能だからでと言おうとして、ダイアナに遮られていた。
「いえ、決してシャーロットさんのせいではないと考えられます。これほどまでに精霊が慕っているのに。幼い頃に魔法を使用できていた記憶はありませんか?何か心当たりは」
「いえ……」
ダイアナは何か思うことがあるのか、なおも私に尋ねようとしたけど、
「ダイアナ様。シャーロットは疲れていると思うので、野営地の方へ戻りませんか?」
レオンの一言で、まずこの場から移動することになった。
レオンに手を貸してもらって立ち上がると、少しだけ離れた場所にダイアナを守る騎士が控えているのが見えた。
ダイアナの指示で、話が聞こえない場所にいたようだ。
彼らは警戒するように私を見たけど、ダイアナの指示があると、途端に私を護衛対象としていた。
ダイアナに対する忠誠は絶対のようで、本当に何から何まで私とは違う。
これから私はどうなるのか……
レオンは心配しなくてもいいとは言ったけど、その言葉をどこまで信じればいいのか。
不安な思いで野営地に戻ると、レオンは前にも増してアレコレと世話を焼きたがった。
ただ、私とは目を合わせようとはしない。
やはり人を見殺しにしている私に、憤りを抱いているのかな。
それとも、軽蔑されているのかもしれない。
どちらにせよ仕方がないことだと、諦めの感情を抱いていた。
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