偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌

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47 姉妹の再会は、私を二度殺す

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 道も建物も何もかもが随分と荒れていたけど、港がまだ機能していたのには驚いたものだ。

 ダイアナを拐うために、そこだけは何とかしたのだ。

 アースノルト大陸を離れて何日も経つ。
 
 レオン達は無事なのか。

「王都に送られたダイアナを、これから大聖堂の抜け道に案内するよ」

 エンリケは、ダイアナの様子を知らせてくれる。

 彼のもとに来る鳥が、情報を運んでいるようだ。

 私とエンリケは、目立たないように馬と徒歩で移動していたから、ダイアナと離れてしまっていた。

 早く、ダイアナが安全な場所に行ってほしい。

 私がここに戻る直前まで雪が降っていたのか、道の端にはうっすらと白いものが積もっている。

 外気も冷たい。

 でも、上空は晴れ間が見えた。

 何日ぶりとなるのか、ドールドランの大地に日光が降り注ぐ。

 誰もが空を見上げているから、私達に意識を向ける者などいない。

 そんな中で、懐かしくもない王都に戻されていた。

 あの記憶が蘇ると、身が竦む。

 王都の周りに侵略と災害から逃れて来た避難民が集まっており、どこを通るのかと思えば、地下通路を使い、封鎖された王都内へ入る。

 いざと言う時に王族は、何本もあるこんな道を使って民を置いて逃げるのか。

 避難民が溢れ返る、荒んだキャンプ地を直接見ても、大きく感情が揺さぶられることはなかった。

 どこか他人事のようで、何も感じない自分が虚しいとすら思える。

 エンリケの後ろを歩いて行くと、城内の食材倉庫の中に出ていた。

 薄暗い地下通路から城の通路に出て、窓から入り込む陽射しに目を細める。

 目が慣れるのを待っていると、急に体が軽くなった。

 私の周りに精霊達が集まってくる。

 ダイアナが、月の精霊達を大陸に戻したのだ。

「ダイアナは、騎士達と無事に合流したよ。さすが、帝国の船だね。もうここに上陸して王都近くまで迫るとは、厄介だ。君にも能力が使えたら楽だったのに、支配系の能力は同族には使えないから……」

 肯定するかのようにエンリケがそれを告げてきたけど、気になる言葉があった。

 支配系?

 その言葉を考えようとしたところで、

「イリーナ、イリーナ」

 あの人が駆け寄って来た。

「イリーナ、良かった。無事で」

 イリーナの姿を見て、心底安堵したといった様子だけど、何が良かったと言うのか。

 ここが安全な場でないことは明らかなのに。

 下手をすれば私はここで二度殺されることになる。

 二度目はこの人達と心中だ。

「脅されていたと聞いたわ。酷いことをされなかった?」

 貴女達以上に酷いことをする者などいない。

「イリーナ。何か話して?」

 不快なこの顔を睨む事をやめられない。

 感情を押し殺して、平静な顔で見る事ができなかった。

「アリーヤ。イリーナは、君に怒っているんだよ。だから、家出したんだ」

 助け舟にもならない事を、エンリケが説明している。

「怒っている?」

 何のことか、覚えがないと言いたげな顔だ。

「君は、エルナト様を見殺しにした。君だけが、エルナト様を救えたのに。それに君は、他にも気付いていることがあるだろう?」

「それは……」

「それから、今のイリーナの姿を見て何も疑問に感じないのも、君の性格を表しているんだ。嫌なこと、都合の悪いことから目を逸らす君の本質を。この子のことは、僕が預からせてもらうよ。行こう、イリーナ」

「待って、私に仲直りのチャンスを」

 追い縋ってくるあの人を残して、エンリケは歩いて行く。

 雪が止み、空が晴れた様子を、城内の人も窓から見上げている。

「姉妹の再会を、天が祝福しているようだわ。アリーヤ様の悲しみが、空を覆っていたのね」

 侍女の一人がそれを口にしたから、声をあげて笑い出したかった。

 たしかに私に置いて行かれた精霊達は、嘆き悲しんでいた。

 でも、侍女達のそんな能天気な考えも、すぐに打ち砕かれる。

 ここは間も無く攻め込まれるのに。

 隣国の兵団が、報復としてここの王都を攻め落とす気なら、その時にきっとこの人達と一緒に殺される。

 何の施しも与えないつもりだ。

 だから今度こそ、その時はこの大陸が終わる。

 王都の端では、巨大な火柱がすでに上がっていた。

 王都を丸々焼け尽くす炎だ。

 グルリと炎に取り囲まれ、逃げ場を無くしたそこに住む人達はどうするのだろうか。

 今こそ雨が必要なのに、それは皮肉なことだった。

 あれが見えているはずの城にいる人達は、どうしてこんなに楽観しているのか。

 おそらく、現実逃避だ。

 聖女アリーヤがいるここが巻き込まれるはずがないと思っているのか。

 そう言えば、バージルの姿が無かった。

 騎士や兵士達にでも指示を出しているのか、さすがにまだ逃げてはいないと思いたい。

「大丈夫。貴女のことは俺が守るから。大切なイリーナの体だ。安全な道を案内するよ」

 エンリケは、幾つもの脱出路を知っているようだ。

 それよりも、モフーを探さないと。

 どこかに閉じ込められているモフー。

「エルナト様、こっちに来るんだ。城の中に別の抜け道がある」

 急かされながらもエンリケの後ろを歩いていると、足元にモフーが擦り寄って来た。

 逃げ出してきたようだ。

 周りには、私達以外の人はいない。

 エンリケも、大人しい私に油断している。

 イリーナと、エンリケと、二人が今までどのように過ごしてきたのか、一瞬よぎった思いとほんの少しの躊躇い。

 でも、近くに置いてあった大きな花瓶を掴むと、彼の後頭部に振り下ろす。

 それが割れるとともに、エンリケは床に倒れる。

 間に合うかはわからないけど、ダイアナの後を追うつもりだった。

 精霊の通った道を辿れば、追える。

 こんな所で、あの人達と心中なんかしたくない。

 一生閉じ込められて、生きたくはない。

 せめて最後まで、自分でどう行動するのか、私の意思で決めたい。

 震える手でモフーを拾い上げて駆け出す。

 目指す場所は、私がずっと過ごした大聖堂。

 でも、城の外に出た所で、行手を阻むように場内になだれ込んで来る兵士達。

 悲鳴と叫び声が響き合う。

 そこら中に死体が積み重なっていく状況で、いつ私も殺されるのか。

 兵と兵の剣がぶつかり合う中、死を覚悟して会いたいと願ったのは、レオンだった。

 一度目の死の時には無かった感情だ。

 伝えられない想いがあるのだとしても、ちゃんとお別れをしたかった。

 剣を握った兵士が、こっちに向かってくる。

 間も無くあの剣にこの体が貫かれるだろう。

 せめて、ダイアナ達の船がこの大陸を離れるまでは、穏やかな天候のままであってほしい。


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