月は夜に抱かれて

凪瀬夜霧

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3章:雲外蒼天

10話:リゴット夜戦・後編

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 森の中、黒馬に乗ったユリエルは機を見計らっていた。もう少し中に、できるだけ明りの届かない所まで。土埃の視界不良を利用して一気に戦場を駆け抜けなければならない。
 その時、砲弾が大地を削り大きな土埃が起こった。

「はっ!」

 馬の腹を蹴り戦場へと駆けだす。煙が上手く身を隠してくれる。明かりもそう強くはない。単騎突入を押し切った時点で身の安全など考えてはいない。身を低くし、全速力で駆け抜ける。砦まで残す所、八十メートル。

◆◇◆

 轟音が響く戦場を見ながら、ルーカスは思案していた。戦いが始まった事は音で知れる。だが、この状況でユリエルが何をしてもそう簡単に地理的優位は覆らない。何より、どうやってこの砦に入るつもりだ。扉は鋼鉄製だ。

「やはり俺は、恋人を選び間違ったのかな?」

 苦笑交じりにルーカスは鳥かごの中の鷹に話しかける。鷹はそれに首を傾げ、その後は知らんぷりをした。
 ルーカスだって、今更心をどうこうできるとは思っていない。それができれば彼の正体を知った時に終わっている。この心は一つ、無理に割けば身が裂けてしまうだろう。思う気持ちは離れれば離れるほどに狂おしい。近づけば苦しい。それを上回る程に愛しい。
 その時、扉がノックされて一人の兵士が入ってくる。彼は近況を報告した。

「敵は砲弾が届くか届かないかのところで進めずにいます」
「強行突破の気配は?」
「ありません」
「……」

 強行突破も考えたのだが。それは初戦のラインバールを見れば明らかだ。そのくらいの覚悟が彼にあり、彼の無謀を叶えられるだけの有能な者が揃っている。それが進軍の気配を見せないというのは違和感を覚える。砲撃を恐れるとも思えないが。

「双眼鏡を」

 引っかかって、ルーカスは戦場を見た。辺りは夕刻のような赤に染まっている。松明と砲撃の火がそう見せている。遠目でも騎馬が右往左往しているのが分かった。おそらくグリフィス率いる第一部隊だろう。双眼鏡を覗き、それらの動きを観察する。確かにギリギリのラインを進みかねているように見える。
 だが、それが更に変に感じる。グリフィスという男は一騎当千の騎士。このくらいの砲撃に臆病になり、手をこまねいているような男ではない。単騎でもこの戦場を渡るだけの技量はあるはずだ。

 妙だ。

 それを感じ、タニス本陣に目を向ける。そこには白馬に乗るユリエルの姿がある。白い装いに、銀の髪。だが、その体は知っているものより小さくないか?
 双眼鏡を覗き、ユリエルへと視線を向ける。顔までは見えないその像は、確かにユリエルに見える。だが、やはり体が小さい。抱き寄せた体はもっと大人の体をしていた。もっと、長身だったはず。
 確信を持って、ルーカスの胸を矢が射たような衝撃と痛みが走った。妙な胸騒ぎがして双眼鏡を置き近くの戦場に目を向ける。探したのだ、愛しい男の姿を。この胸騒ぎが間違いでなければ、どこかにいるはずだ。

「!」

 見つけた瞬間、心臓が強く締めつけられて息ができなかった。単身走り抜ける戦場。戦火の中、彼はまったく臆することなく砲撃の射程圏内を抜けて懐に入り込んでいる。これでは砲撃は届かない。

「弓兵配備! 懐に入り込まれている!」

 急な指令に連絡係の兵が慌てて出て行く。ルーカスは願った。こうするのが一国を預かる身として正しい選択だ。だが一人の人間として、彼の無事を祈らずにはいられない。どうか、この砦を手放してもいいから彼が無事であるように。
 矛盾した願いを胸に、彼はこの後の事を思案し始めていた。

◆◇◆

 ユリエルは砦の門まで到達した。馬を降り、鉤手を投げ込む。砲弾を撃つには必ず方向を調整する用の小さな覗き窓がある。そこに向けてロープのついた鉤手を投げ込み、引いて確認してから登りだした。ロープは切れないように細い鎖でコーティングされている。
 ユリエルが登りだしたのを悟ったルルエ兵が顔を出し、矢を射かける。だが、それにたじろぎ歩みを止めるユリエルではない。まったく臆せず短剣を片手に払いのけ、時には身に受けても登り続ける。だが、さすがに登っているその窓から至近距離で矢を構えられたのにはユリエルも覚悟した。

「死ね!」
「っ!」

 瞳を強く瞑り、心の中で愛しい人の名を呼んだ。だが響いたのは、ユリエルの悲鳴ではなく他の悲鳴だった。
 落ちてきたのは矢ではなく、ルルエ兵の死体だった。それを上手く避け、辺りを見回す。するとどの窓からも頭を出した兵士の頭を掠めるように矢が的確に飛んでくる。射手を探して一瞬視線を巡らせるユリエルの目にも、その射手は見つけられない。だが、予想はできた。
 ユリエルは有難くそのまま登り目的の小窓へと手をかける。そして、混乱の中にある室内へと足をかけた。
 室内にはラインバールで相手をしたガレスという青年がいた。見開かれた瞳に一瞬の恐怖が浮かんだように見える。だがさすがは隊を預かる人物、すぐに槍を構えてユリエルへと向かう。それに、ユリエルも応戦した。

「どうしました、ガレス将軍。私を恐れてはその槍は折れますよ」

 迫力に圧されている感じがある。おそらく合わないと感じているのだろう。グリフィスと同じ匂いがする。あいつもユリエルとはやりづらいと言っていた。
 それでもガレスは槍を振るい、一合二合と鋭い音を響かせる。その間に周囲にも気を巡らせ、鋭く声を発した。

「他は逃げろ! いいか、手筈どりだ!」
「は!」

 突然の侵入者に惚けていた他の兵もガレスの声に我に戻ったらしい。バタバタと動き出す。これはむしろ願ってもない展開だ。後は目の前の彼をどうするかだ。
 鋭いガレスの攻めの一手が、ユリエルの脇をすり抜ける。一歩後退したユリエルを更に追い詰めるように槍が横薙ぎに切り付けてくる。その流れや戦闘センスは決して悪くない。ただ、室内という環境とユリエルとの剣の相性というものがある。
 飛び込むように懐に入ったユリエルの目は、飢えているようにギラギラと光る。完全にスイッチが入っている目だ。その瞳に臆したのか、ガレスの槍が僅かに鈍った。ユリエルは切り込む。それは槍の柄に受け止められたかが大きく軋ませた。耐えきれずに一歩後退したガレスを追い詰めるように、ユリエルは剣を振るった。
 思わず体を強張らせたガレスは諦めただろう。ユリエルも捕えたと思った。だがその寸前に、黒い影が差す。早い動きでガレスを背に庇い、ユリエルの鋭い剣を受け止めたその人は見た事のない鋭い瞳をしていた。

「陛下!」

 漆黒の衣服に大剣を構えたルーカスの視線がすぐ間近にある。興奮したものが一気に醒めるような気がしてくる。だが同時に、楽しくもあった。彼と剣を交えるのはこれが初めてだ。

「ガレス、お前も下がって退却の準備だ。ここは俺が引き受ける」
「ですが陛下!」
「早くしろ! 二人で立ち往生している場合ではないぞ」

 鋭い命令の言葉にガレスはその場を離れる。それを見届け、ユリエルはルーカスの剣を押して飛びずさった。

「は!」

 ユリエルの剣は鋭さを失っていない。容赦なくルーカスを狙って突き込む。だが、ルーカスもそれを華麗に受け流していく。そして一瞬の隙に距離が縮まり、剣を受けた。
 痺れるように重い剣だ。その力だって強い。瞳は鋭く、だがどこか甘く。こんな場面なのになんて魅力的な表情をしているのだろう。今にも甘い声で誘い込まれそうな、そんな予感さえあった。

「もう少し真剣にやれ!」

 剣を押し込み距離を取り、ユリエルの剣がその首を狙って突き込む。だが、ルーカスは余裕の表情でそれをかわし、逆に一歩踏み込んで手首を掴み上げる。腕を引かれバランスを崩したユリエルは抵抗できないままに彼の胸に納まり、深く口づけていた。

「んぅ!」

 いきなり深く侵入した舌が熱く絡み悪戯をする。弱い部分を掠めるたびに体から力が抜けていく。頭の中が甘く溶かされて、体の芯が熱くなって、騎士の顔から恋人へと変えられていく。

「ふぅ、ふぁ……」

 息が苦しくなるくらい長く感じる口付けにクラクラする。腰に回った力強い腕がなければ情けなくへたり込んだだろう。それくらい巧みで、甘くて、情熱的だ。
 唇が離れる。至近距離で見つめる瞳に、もう厳しさはない。あるのは大きく包むような優しさと、誘惑する甘い熱だ。

「無茶をしてくれる。こんなに傷がついて」

 額、頬、肩、腕。小石が掠ったり、矢が掠ったりした傷に気遣わしく触れたルーカスの瞳が悲しげに歪む。彼には悪いが、ユリエルはその顔を見るのが嬉しかった。

「大したことはありませんよ」
「痛まないか?」
「今は興奮状態ですからね。それよりも、貴方も早く逃げてください。ここは落としました。あまり長くタニス軍を足止めもできませんし」

 少し事務的に言ったユリエルに、ルーカスは困った顔をする。そして、重く溜息をついた。

「正直に言えば、ここを落とされるのは予想外だ。無茶な事をして。どうして攻めた?」
「物理的に戦いを停止させたかったので。貴方ならこちらが攻めれば背後の町を守る為に橋を落とすだろうと思いましてね」

 悪びれる様子もなく言うユリエルに、ルーカスはますます困った顔をして笑う。そして一つ、肯定のように頷いた。

「攻めあぐねているという状況は長く戦闘を停止させるには弱くて。とにかく、国内の事を整理するにも時間が必要だったのです。橋を落とせば物理的に行軍は不可能。短くても、数か月の猶予が出来ますから」
「爆薬はしかけた、俺が橋を渡れば爆破の予定だから気を付けろ」

 その言葉に、やはり彼とは考えが似ているのだと改めてユリエルは思い、安心した。
 互いに剣を納め、ユリエルはルーカスに誘われて執務室兼寝室へと招かれた。綺麗に片付けられたその部屋では、季節外れの暖炉に火が入っていた。

「君が単身攻めてくるのを見て、落ちるだろうと思ったからな。重要情報は諦めろ」
「用意のいいことで」

 呆れたように溜息をついたユリエルに、ルーカスはおかしそうに笑う。なんだかおかしな関係なのだが、とても自然に思える。
 ルーカスはそのまま窓際にある鳥かごへと近づいていく。そして、その中にいる一羽の鷹を腕に乗せて、ユリエルの前に連れてきた。

「名はフォレ。優秀な奴で、どこにいても俺の居場所を見つける。これを、君に預けたい」
「え?」

 ユリエルは戸惑った表情でルーカスを見た。彼の腕に掴まったまま、鷹のフォレも戸惑ったようにしている。

「あまり他人に懐かないんだが、お前なら大丈夫だと信じている。連絡用に」
「私は鷹の世話をしたことはありませんが」

 言いながら、ユリエルは真っ直ぐにフォレを見る。そして、ルーカスの腕に平行になるように腕を差し出した。その腕に、フォレは戸惑いながらも乗ってくれた。
 加わった重みがいっそ心地よい。小さな頭を摺り寄せるように下げるフォレを優しく撫でながら、ユリエルは微笑んでいた。

「よろしく、フォレ」
「問題ないみたいだな。それにしても薄情なものだな。育てた恩はどこにいったんだ?」

 恨みがましい声を作って言うルーカスに、ユリエルはクスクスと笑う。そうしてひとしきり笑った後でユリエルはフォレを鳥かごに戻し、名残惜しそうに抱き合って、別れを告げた。
 階下が僅かに騒がしい。

「切ないものだな。戦場で顔が見られるのは嬉しいが、同時に戦う事になるのだから」
「私も同じです。貴方と会える僅かな時間にときめき、剣を交えて苦しくなる。もしも貴方を傷つけたらと思うとゾッとする」
「そうなる事はないと誓おう。俺は決して、君の剣にはかからない」

 軽く笑い、大きな手が背を軽く叩く。その手が肩を叩いて、ユリエルの脇をすり抜けた。遠ざかる足音を聞いているのは切なくなる。その音さえも愛しくて離れがたい。瞳を閉じ、その音が聞こえなくなるまで動かないユリエルは、やがて瞳を開けて階下へと向かった。

◆◇◆

 扉の脇にあるレバーを下げると、滑車が回り扉が開く。そこには今にも扉を破ろうと衝車がセッティングされていた。

「すみません、遅くなりました」
「無事ですか!」
「えぇ。ですがルルエ王と対峙することになり、足止めされてしまって」

 急き込んできたグリフィスに頷いて状況を伝えたユリエルの背後で、大きな音がする。それは明らかな爆音だった。
 クレメンス、グリフィス、レヴィン、ユリエルは急いで音のした方へと走る。そして城から直接つうじている扉を開け、橋が中程で破壊され、完全に落ちているのを見た。

「しばし勝負は預ける」

 夜風にマントをはためかせるルーカスの響く声。対岸から姿を見せた彼はそう一言残して踵を返す。その背を、ユリエルは切なく見つめた。これで数か月は彼と会えないだろう。

「それにしても、見事に破壊されましたね。これは修復に時間がかかりますよ」

 谷底を覗き込むように見るクレメンスが渋面を作って唸る。谷底は見えるがかなり深い。そう簡単に直りそうにないのは有難かった。

「石工を呼んで修復をさせます。それまでは動けませんね」
「至急呼びます。陛下はまず治療を受けてください」

 体中と言っても過言ではない傷の量にクレメンスが更に眉根を寄せて気遣い、部下の一人を走らせた。ロアールはまだ本陣にいるのだろう。ユリエルも素直に応じ、立ち上がって砦の中を見て回った。

「武器と食糧はほぼ持ち出されていますね。大砲は部品が抜き取られて使用できなくなっています。こちらも直しますか?」

 部下に倉庫や備品の状態を確かめさせていたクレメンスは、道中の報告を受けてユリエルに伝える。まぁ、予想していた事だった。

「ルルエ王の足止めが長かったので、その間にやられたのでしょう。私としたことが失態ですね」
「無茶も大概にしてもらいたいものです。陛下、金輪際このような無謀な事は許しませんのでご理解ください。まったく、これではどうして俺が貴方についているのかが分かりません」

 溜息と叱責はグリフィスだ。それに、ユリエルも苦笑が隠せない。だが、もうこれほどの無理をするつもりはない。この砦を落とす理由は大きく、これだけの無理をする価値があるのだから。

 一つに、いくら難攻不落の砦とは言え睨みあうばかりではせっつかれる可能性があった。ユリエルを陥れたい者達が騒ぎ出すのは精神的にも面倒だったのだ。更に、前方の戦をしながら後方の国内整理をするのは心身ともに疲れる。
 ルーカスの性格を考えると、彼は砦後方の町を守る為に橋を落とすだろうと予想できた。この橋が落ちてしまえば行軍は物理的に不可能。公然と休戦できる。今見た感じでは、復旧には数か月かかるだろう。国から距離がある事を考えれば、半年くらい稼げるかもしれない。
 その間に、国内の問題を片付ける。

 扉付近で駆けつけたシリルと合流し、最上階の執務室兼寝室へと向かう。二つの部屋が内ドアで繋がっている。片付けられた室内の暖炉はまだ炎が燻っている。それを見て、クレメンスは嫌な顔をした。

「抜け目のない方です、ルルエ王は」

 暖炉の中で燃え尽きた紙片を見つけ、クレメンスも重要な情報が灰となった事を悟ったのだろう。その傍についたグリフィスもまた苦笑した。

「わぁ、鷹だ!」

 遅れて室内に入ったシリルが真っ先に、窓際に置かれた鳥かごの中にいるフォレに気付いて近づいて行く。だが鷹のフォレは鋭く鳴いて威嚇し、その声に驚いたシリルはユリエルの傍へと下がった。

「ルルエ王の忘れ物だろうか?」
「そうかもしれませんね。私と戦った後は真っ直ぐ階下へと逃げましたから。この子を取りに戻る時間はなかったのかもしれません」

 平然と嘘をついて、ユリエルは鷹へと近づく。当然グリフィスは止めた。だが、ユリエルは恐れはしない。フォレは彼がユリエルに託したものだから愛しさすら感じられる。
 扉を開け、腕を前に出す。首を傾げながら、鷹のフォレはその腕に乗った。

「兄上凄い」
「よく訓練された鷹だね。多分、連絡用なんじゃない?」

 ヒョッコリと顔を出したレヴィンが言う。それに、ユリエルは苦笑を浮かべた。その手に弓は持っていないが、多分壁面を登っている時に助けたのは彼だ。彼がいなければ、今頃眉間に矢を突き立てられて地面に転がっていただろう。

「俺にも懐くかな?」
「胡散臭い人間には懐かないだろうな。それよりも陛下、その鷹は手紙などを持ったままではありませんか?」

 足についている連絡用の筒を外してクレメンスに渡すが、中は勿論空っぽだ。彼がそんな愚は犯さないだろうと思っていたから安心して渡したのだ。

「まったく、抜け目のない人だ。これではあちらの事はほぼ分からないままです。弱点なりを突ければと思っていたのですが」

 クレメンスは溜息をついて頭をクシャリとかく。グリフィスは同情的な表情をしたが、あえて何かを言いはしなかった。

「さて、悩んでも仕方のない事ですからとりあえずお開きにしましょうか。今後の事は明日にでもしましょう」
「そしてお前は治療だ。この馬鹿者が」

 戸口に、いたくご立腹な様子のロアールが立っていた。それにユリエルはバツの悪い顔をする。このボロボロの状態を見たロアールのご立腹加減はきっと、湯気が出るほどだろう。

「さ、全員出て行きな。さもないと」

 目をギラギラ光らせたロアールの姿に誰が逆らえるものか。特に軍人は医者嫌いが多い。かく言うユリエルもだが。
 全員が出て行った後、ロアールは手持ち鞄から薬と包帯を取り出し、丁寧に傷を洗って塗り込んでいく。これがまた痛いのだ。

「縫うような傷はないな。だが、これだけ作れば立派だ」
「すいません」
「謝るくらいならやめろよ、ユリエル坊ちゃん。お前に何かあれば国の大事だ。シリルに背負わせられるほど軽い国じゃないだろ。あいつじゃまだ国の毒には勝てない」

 忠告はよく分かる。今のシリルでは心もとないだろう。だが、自信の問題だろうと思う。後は自衛の問題か。あの子は十分に能力を持っている。それは今、開花し始めているだろう。
 それでもユリエルがいなければ倒れてしまう。それは十分に理解している。

「分かってるなら、今日は大人しくしていろよ」
「えぇ、分かりました」
「あ、それともう一つ。アルクースからのお使いがきて、明日こっちに来るそうだ」
「わかりました」

 軽く受け流し、ユリエルは体をベッドに沈める。すぐにロアールも出て行くから、ユリエルは一人になれた。
 ベッドにはまだ香りが残っている。温かな彼の香りだ。そこに包み込む腕はないけれど、そんな錯覚を描くことはできる。

「ルーカス」

 うつ伏せで枕に顔を埋めると、ふと紙のような物を枕の下から見つけた。それを引き出すと、綺麗な便箋に書かれたメッセージが置いてあった。

『ゆっくり休んでくれ。夢の世界で、また会おう』
「あ……ははははっ」

 もう本当に、彼はどこまで溺れさせるのか。こんなメッセージをこんな所に置いて行くなんて。
 ひとしきり笑って、その後は気持ちが落ち着く。ゆるゆると眠気がきて、ゆっくりと瞳を閉じた。彼ではないけれど、夢で構わないから会いたい。肌に触れ、唇を重ね、気持ちを確かめたいと願って。
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