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1章:祝福の家族絵を(エリオット)

4話:母の思惑

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 その後、夕食を共にした時には母の様子は変わりないものに見えた。
 エレナが明るく騎士団の話を振り、それに答える。けれど今日はエリオット一人が答えるんじゃない。オスカルも一緒になって話をして、いつも以上に盛り上がった。

 オスカルは本当に楽しそうに話をする。エレナは身を乗り出すように話の続きを強請ったし、母もニコニコと楽しそうに聞いていた。

 けれど話が少しでも二人の今後に向くと、何かしらの理由をつけて席を立ってしまう。

 関係に、反対なのだろうか。いや、それならそもそも報告の段階で嫌がったはずだ。では、結婚に反対なのだろうか……


「はぁ……」

 部屋に戻って、思わず出た大きな溜息。隣のオスカルが気遣わしげに肩を叩く。そして一緒についてきたエレナは憤慨していた。

「お母さん、絶対おかしい! 何か企んでるに違いないわよ」

 企むって、何をだろう? これといって要求なんてしない母なのに。

 不安がこみ上げる。反対されることを想定していなかったから余計にだ。気が重たくなる。

「兄さんもおかしいと思うでしょ?」
「……分からない。反対、なのでしょうか?」

 俯いたまま、溢すように口にする。ほんの僅か視界がぼやけてしまう事にエリオットは驚いて目元を拭った。妹の前で泣くなんて、そんな姿を晒したくない。
 グッと、抱き寄せられてオスカルの腕の中。まるで泣いても良いと言われているようで、甘えて、縋った。

「ごめんね、エレナちゃん。ちょっと疲れてるみたいだから」
「あぁ、うん。兄さん、大丈夫だよ。私も協力するから」

 「有り難う」と、伝えたいのに声が出ない。震えているだろう声を聞かれたくない。

 背後でドアが閉まって、次に階段を降りていく音がする。その後でそっと、オスカルは体を離してくれた。

「ごめんなさい、オスカル。ごめん……」

 少しゆったりと出来ると思っていたのに。期待や予測を裏切られた事が苦しいのか、結婚したいという思いを受け入れてもらえない事が苦しいのか。多分、両方だ。
 今ならオスカルの事が分かる。家族に受け入れてもらいたいと言っていたオスカルの気持ちが。

「気にしてないよって、言ったじゃない。僕は諦めないんだから」
「でも!」
「何か理由がある。あからさまに結婚とか、お付き合いの挨拶みたいなのは避けるのに日常の話は僕の分も聞いて頷いてくれる。僕を拒絶するなら、僕の話なんて聞かないんだから」

 ……言われてみれば、そうかもしれない。

 母はオスカルの仕事の話や日常の話もちゃんと聞いて、頷いていた。母は礼儀正しい人だから、話す人の方をちゃんと見ている。夕食時の母はちゃんとオスカルを見て、相づちを打っていたのだ。

「考えがあるのか、気持ちを整理しているのかは分からない。エレナちゃんがいるとは言え、息子は君だけだしね。だから、複雑だと思う」
「でも、あんまりですよ」
「僕の目には拒絶的には映らないんだ。何かを意図してると思う」
「意図……」

 そんな事を言われても、どうしたものだろう。現状が苦しくてどうにも頭が働いていないようなんだ。

「あまり考えない事だよ、エリオット。悩みすぎると苦しくなるから」
「悩みますよ、だって貴方との事ですよ? 拒まれるのは苦しい」
「分かるよ、僕も同じ気持ちだった。妹や弟が君にしでかした事を考えると、怒りと一緒に苦しかった。分かってもらいたい人に分かってもらえないのは、とても辛いね」

 よしよしとされると余計に泣きたくなってくる。髪を梳かれ、ただ寄り添っていてくれる存在がとても大きくて温かかった。

 どのくらいそうしていたのか。徐々に落ち着いてきてようやく顔を上げられる。迎えてくれる青い瞳には、どこまでも優しい光がある。

「落ち着いた?」
「はい、すみません」
「いいよ、むしろ役得だしね。エリオットの弱さを見られるのは、僕だけだもん」

 本当に嬉しそうに言うものだから恥ずかしくなる。顔を俯けてしまいそうなのに、攫うように指が顎を捉えてキスをしてきた。

「ねぇ、エリオット」
「なんですか?」
「今まで聞いてこなかったんだけどね、この際聞かせて欲しいんだ」
「なんです?」
「……君の、お父さんの事」

 思わず目を丸くする。確かに言わなかったけれど、隠したわけじゃない。むしろ問われて、話していなかったことに驚いてしまう。

「やっぱり、嫌?」
「あっ、いいえ。そういえば話した事がなかったなと、逆に驚いてしまって」
「えー、聞いてない。まぁ、問わなかったんだけど。亡くなっている事は知っていたから」

 でも、そこまで。
 エリオットは座りなおして、古い記憶を思い起こした。


「私の父は、元々地方の小貴族の四男でした。時代は徐々に王国から帝国へと移り変わろうという頃合いで、成人してすぐに当時の王国騎士団へと入ったと聞いています」

 これは父から直接聞いた話だ。十七で田舎を出た若造が日々飢えずに食べていくのなら、飲食店で働くか軍隊に入るか。父は軍を選んだんだ。

「そこで活躍をして、しばらくは王都近郊の町で暮らしていたのです」
「モントーレじゃないのかい?」
「ここは母の実家です。元はもっと王都に近い町に住んでいたのですよ」

 エリオットにも記憶がある。小さな家で家族4人、慎ましく生活をしていた。父は王都に詰める事もあったけれど、帰って来たときは沢山の事を教えてもらい、一緒に遊んだ。

「当時の騎士団長はクラウルの父親で、腐ってはいなかった。順調に騎士としての実績を重ねて、最後は中隊長くらいにはなっていたはずです」
「優秀な人だったんだね」

 そう言われるとちょっと嬉しい。微笑んだエリオットは、更に話を続けた。

「私に剣を教えてくれたのは、父でした。母方の祖父は私に医学を」
「医者だったのかい?」
「えぇ。とはいっても町医者でしたが、医学書は沢山ありました。当時の私は医者になるか、騎士になるかを迷う程でした。そんな私に、衛生兵になれと言ってくれたのは父です」

 両方が魅力的だったのだ。医者として人を救う道も捨てがたく、だが父の背中を見て育った身としては騎士というものにも憧れていた。どちらも人を救う仕事だ。
 遠征に出て、帰って来た時の人々の熱気。その中を堂々とゆく父の姿は子供ながらに誇りだった。

「エレナなんて、父に憧れて騎士になりたいと言ってきかないのですよ。女性は騎士にはなれないと母が言っても無駄で。父も自衛になればと剣や体術を教えるものだから腕っ節が強くなってしまって」
「彼女に護衛は必要ないよね」
「大人になって現実は見えているのですが、今も憧れています。母は、いい顔をしないのですがね」

 ほんの少し寂しい気持ちになるのは、思いだしたから。父の最後の姿を。

「父が亡くなったのが、成人少し手前でした。戦に出て、そのまま。母は気丈でしたが、心労が祟って倒れてしまって、実家のあるモントーレへと越してきたのです。この時です、私が騎士になることを決めたのは」

 棺に横たわる父を見て、こみ上げた涙はあまりに多くの感情を含んでいた。悲しい、寂しいに混じって、父の跡を継いで騎士ラーシャ家を潰してなるものかという覚悟が備わった。父の誇りを、引き継ぎたかったのだ。

「エリオット」

 胸に支えるような苦しさに言葉を詰まらせたエリオットを、そっとオスカルが抱き寄せる。すると不思議と、息が出来るようになった。気持ちも落ち着いてくる。全ては過去だ。

「母は反対しました。父を失って一年もせず、今度は国に息子を取られるのかと。初めて大喧嘩をして、飛び出すように家を出て……数年、帰りませんでした」

 最後は泣き叫ぶようにして「行かないで」と言った母を振り払ってきてしまった。だから、どんな顔で帰ればいいか分からなかった。そんな時にエレナから手紙が来て、ようやく帰ったのだ。

「あの時代は既にルースの父が騎士団長となっていて、騎士団の中でも貴族社会さながらの階級が出来上がっていて。私は入る事すら危うかったのですが、幸いクラウルの父親がまだ健在で、私の父の事を覚えていてくれて入団を許すように迫ったので入れました。後は、一緒にいたので分かりますよね?」

 オスカルは静かに頷いて、後は優しく背中を撫でる。昇ってきた色んな感情が落ちていく。記憶に引っ張られて溢れてきたものが元通り、セピア色に戻っていく。

「ごめんね、辛い事を聞いて」
「いえ。私も貴方の事を知っていますから。それに、少し嬉しくもあります」
「嬉しい?」
「はい。貴方に私を知ってもらえることは、とても嬉しいですよ」

 素直に微笑んで、そう言える。触れて、伸び上がって、キスをして。舌を絡めるようなキスはそれでも、官能とは違う部分を刺激している。

 この人が愛しいのだと。

「明日から、また頑張りましょう。私も母を説得しますから」
「そうだね」

 柔らかく微笑むオスカルと共に寝床につく。少し狭いベッドだけれど、寄り添って眠るのは幸せだ。寒さに弱い彼を温めてあげられるから。

◆◇◆
▼オスカル

 早朝に目が覚めるのは、もう日課みたいなものだ。旅行中、素敵な夢を見ていたはずなのに。
 起き上がれば隣からはまだ静かな寝息が聞こえる。無防備な表情で眠るエリオットの頬にそっとキスをして、オスカルは起き上がった。

 早朝ともなればとても寒い。セーターにカーディガンを重ねるというモコモコな状態で下へと行けば、もう包丁を使う音が聞こえてくる。
 矍鑠とした背中が、忙しそうに動いていた。

「おはようございます」

 声をかけるとセリーヌが振り向き、とても穏やかな顔で微笑んだ。

「おはよう、オスカルさん。ぐっすり眠れましたか?」
「はい、とても」

 近づいて行けば良い匂いがする。テーブルの上にはパンが既にあり、他に数品作っている。

「オスカルさんは、料理はなさるの?」
「え? あぁ、いいえ」
「よければ、お手伝いしていただけません?」

 昨日とは声音も雰囲気も違うセリーヌに多少戸惑いながらも、オスカルは素直に手伝いをする。手を洗い、渡された芋の皮むきを器用にこなしていく。

「あら、上手だわ」
「本当ですか?」
「えぇ、本当よ」

 コロコロと笑うセリーヌにむき終わった芋を渡すと、それを切る所までするようにとお手本を見せられる。その通りにやってみれば、「上手よ」とまた返ってきた。

 本当に昨日とはまったく感じが違う。そして今のセリーヌこそ、エリオットが話してくれる彼女のイメージにピッタリだった。

「セリーヌさん」
「あら、お母さんと呼んでもいいのよ」
「え? ですが……」

 認めてくれているのか、そうではないのか。でも「母」と呼んでもいいのなら、昨日のは一体? 一夜で考えが変わったということだろうか。
 困惑するオスカルの隣で、セリーヌは複雑な表情を見せる。困ったような感じだ。

「貴方を拒んだわけではありませんよ。エリオットの手紙にも、貴方によくしてもらっている事は書かれてありますし」
「では、許していただけるのですか?」
「そこはまだ保留にしておいて欲しいのだけれど」

 いまいち見えてこないが、一つはっきりしたことがある。セリーヌはやはり何か企みがあって昨日のような態度を取ったのだ。

「エリオットは貴方に反対されて、とても悲しんでいます。もしも拒むつもりがないのであれば、その旨を伝えて頂きたいのですが」
「……オスカルさんのご両親は、エリオットの事を受け入れていますか?」
「? はい。家族みな、エリオットの事を既に家族のように受け入れています」
「そうですか。良かったわ」

 とても安堵している。そんな表情のセリーヌの心がいまいち見えない。当人がいない時にはこんなに穏やかなのに。

「あの子は昔から頑固で。騎士団に入る時にも大喧嘩をしてしまいました」
「伺いました。反対だったと」
「当然よ。主人を亡くして間もないというのに、今度は息子まで国に取られるのかと思うと悲しくて悔しくて。……でも、あの子はやっぱりあの人の子ね」
「え?」
「主人もまた、柔和に見せて頑固で真面目で。そろそろ引退したらと何度も言ったのに、定年まではこのままでいたいなんて言って。挙げ句の果てに……命まで取られてしまって」

 僅かに言い淀むセリーヌの瞳が、悲しげな影を落とす。けれどそれはすぐに消えて、包丁のトントンという音が規則的に再び響く。

「オスカルさん、あの子をお願いしますね。頑固だけれど、貴方の言うことは素直に聞くようですし」
「あの……」
「それと、この事は言わないでくださるかしら? あの子にはまだ、伝えたくないのです」

 セリーヌが頭を下げてお願いするものだから、それ以上は言えなくなる。オスカルは大人しく頷くしかなかった。
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