58 / 137
7章:クシュナート王国行軍記
5話:囚われた王子
しおりを挟む
アルヌール襲撃の翌日のお茶の時間。一同は談話室に集まっていた。
「やっぱり、フェオドール殿下はシロだね」
結論を口にしたレイバンにランバートが頷く。彼らからの話を聞いても、やはりフェオドールがここまでの事をするとは思えなかった。
「まっ、当然かな。あの王子様にこんな悪意はないでしょ。ってか実際あの王子様、アルヌール様大好きでしょ」
気の無い物言いだが、皆が少し意外に思った。ボリスとフェオドールの間に何があったのか、全員がチェスターから聞いている。
ボリスという人物は相手に敵意を持つと徹底的だ。当然フェオドールは敵とみなされたのだと思ったのだ。だが、今は多少庇う物言いをしている。
「ボリス、フェオドール王子の事嫌いじゃないのか?」
「え? うーん、どうだろう? あまりに隠せてなくてバカバカしくて可愛いかも。まぁ、クソ生意気なのは時々カチンとくるかな」
好意……なのだろうか? 難しくてちょっと理解が追いつかない一同だった。
「犯人のほうは、結局分からないままなんだな」
ランバートの問いに、コンラッドとゼロスが頷く。コンラッドは事件直後に血痕を追っていたし、ゼロスは今日の午後からクシュナート兵の格好でジョルジュについて動いていた。
「昨日俺達が駆けつけた時点でかなり時間が経っていたから、なんともな。血痕は庭を抜けて城壁の一角で消えた。城壁の上に擦れた跡があったから、ロープでも用意していたんだろうけれど」
「計画的だったんだろう」
コンラッドの報告にランバートはこの思いを深くする。このタイミングを狙って動いたとなれば、かなり前から準備していたんだ。その計画性を考えるとますます、フェオドールという人物像には当てはまらない。
「ゼロス、ジョルジュ将軍のところには何か入っていたか?」
「いや、これといっては。城壁の外の血痕は消えていたし、それらしい目撃者もない。どうも夜警の隙を突かれたようだ」
「ってことは、警備のタイミングやルートを知っている奴が確実に糸を引いているんだろうね」
レイバンの言葉に全員が頷いた。
「クリフは、どう思う?」
ランバートに話しを振られたクリフは難しい顔で俯いた。それでもしっかりとした目で、確かな事を口にした。
「多分犯人は、素人だと思う」
「根拠は?」
「まず、傷の位置。あれだけ深く刺せたなら、アルヌールさんは油断してたと思う。それでも外してる。プロなら、多分……」
確かにアルヌールの傷は左肩。背後からの一撃が柄に近い部分まで刺さっていた。本人も油断していたと言っている。これがもしチェルルやラウル、ランバートなら外していなかっただろう。
「それに、アルヌールさんは『一太刀入れた』って言ってたけど、落ちていた血痕の量からすると深傷じゃないと思う。もしもプロならその位の傷は気にしないで、仕留めてると思う」
「更に言えば、プロなら武器から手を離したりはしないよ」
クリフの言葉を引き継ぐように、チェルルがニヤリと笑う。その姿に全員が注目した。
「ただいま」
「どこ行ってたの、チェルル? 姿見えなかったけど」
「ちょっと城の外にさ」
「城の外!!」
これにはランバート以外が驚いた。何せ今、全員が城の外に出ることができないのだから。
「どうやったのさ!」
「変装して大人数に紛れて出て、城の外を探ってた。ニコラっていう奴の足取りね。見た瞬間ド素人だって分かってたし、外部に逃げてるならそもそも城の外の人間かな~、って」
ランバートとラウルは苦笑だが、他は青い顔をする。改めてチェルルの変装、潜伏能力の高さを思い知った感じがしたのだろう。
「何か分かったか?」
「ニコラの部下に似た男が、流れの奴等に声をかけてたらしい。そもそも流れなんて避けられるから名前や顔をちゃんと知ってる奴は少ないけどさ。でも、そこそこ身なりのいい奴が話しかけてるのを見たって」
「高額報酬をちらつかせた。というところじゃない?」
「多分ね」
ハリーの言葉にレイバンも頷く。だが、流れ者にとって明日の宿や食べる事は死活問題だ。大金とみれば飛びつくだろう。
「足取り追えそうか?」
「多分始末されてるよ。失敗してるしね。でも、死体があれば多少証拠は残ってるんじゃない? 例えば、王様のつけた傷とか」
ニヤリと笑うチェルルは意地悪に見える。が、その可能性が高い事は全員が無言のまま覚っていた。
「ラウルは何か分かったか?」
「うん。あちこち忍び込んだりして探ったよ」
サラリと言ったラウルに、これもまた騎兵府は苦笑だ。小さく年下でも、流石暗府なのである。
「ニコラって人の事を探ってきた。生まれは良家だけど、そこの五男。当時実権を持ってた父親がごり押しでフェオドール殿下の側近にねじ込んだみたい。でも当人は人の下につくような性格じゃないよ。気位が高くて狡猾、目的の為なら労を惜しまない感じ」
「なんか、ルースを思い出すな……」
ランバートは嫌な事を思いだして苦い顔になる。ルースもまた、そのような人物だった。
ラウルもつられて苦笑するが、幾分気は緩めだ。
「大丈夫、あの人ほどじゃないよ。ただ、アルヌール陛下とは合わなかったみたい。愚痴を言う事もないけれど、雰囲気がね。今僕達が犯人だって言ってる連中の大半は、ニコラに近い人物で旧家臣組に近い人達だよ。旧体制派もアルヌール陛下とは不仲で、かつ帝国との距離を置きたいみたい」
「わかった。どうやら、的が絞れたな」
ニコラがおそらく黒幕だ。フェオドールはそれに知らない間に巻き込まれている。帝国を追いだし、同盟を見直したいのは旧家臣達。ニコラと手を組んでいる可能性もある。
だがそうなると、やはり証拠だ。襲った本人を捕まえて証言を取れれば一番だが、そもそも生きているのかも疑問だ。
もしくは現行犯だ。何かしらのアクションを更に起こしてくれればそれも可能なのだが……誘い込むしかないか。
そんな事を考えていると、不意にドアがノックされてジョルジュが困った顔で入ってくる。一日で若干老けている気がした。
「すまんが、ランバートとボリス、一緒に来てくれないか?」
気苦労の見える声に指名された二人は顔を見合わせる。ランバートは分かる、この隊の責任者だ。だがボリスというのがやや納得がいかない。
「実は今、陛下の元に厄介なのが押しかけていてな。陛下が爆発寸前なんだ」
「それで、なんで俺?」
「お前さんにも話が聞きたいらしいんだ」
そう言われてしまうと拒む事もできない。ボリスも立ち上がり、三人連れだってアルヌールの寝室へと向かっていった。
向かってみると、アルヌールの側にはフェオドールと側に身なりのいい男が一人。そして三人の老人の姿があった。
「だから帝国など信用ならないと言っているのですぞ!」
「奴等がきた途端にこの騒ぎ。これは由々しきことです!」
「……」
体が自由なら今すぐに剣を抜いているだろうな。その位には苛立っている様子に、ランバートは苦笑してしまった。
「陛下、騎士団の者を連れてまいりました」
ジョルジュの言葉に視線が一斉に集まってくる。アルヌールからは安堵が、フェオドールは戸惑い、その他は敵意だろうか。こうも透けて見えるとは。
「アルヌール陛下、お呼びとの事ですが」
「ランバート、お前からもこの煩いポンコツ共に説明してくれ。やれ帝国の陰謀だと煩くて敵わん」
「はぁ……」
途端睨み付ける老人三人に、ランバートとしては呆れるより他にない。どうしたらそうなるのか、まったくもって理解ができないのだ。
「昨夜のお話はなさったのですか?」
「した。お前等とずっと飲んでたってな」
「なるほど。それで、何が疑問だと?」
「帝国はこの国をも侵略しようと、陛下の命を狙ったのだ!」
頭が痛い状況だ。よほど帝国が気にくわないらしい老人達の論理は色々と破綻している。これの相手となれば健康な状態でも多少の頭痛を感じるだろう。怪我人のアルヌールも血圧が上がるだろう。
幸いランバートはこの手の人間に容赦するつもりはない。ほぼ無表情で、三人を見回した。
「根拠は?」
「は?」
「帝国が同盟国であるクシュナートを侵攻したいという根拠はどこにあるのですか?」
「帝国はこれまでも散々に侵略を」
「前王陛下の時代ではあるまいし。何よりもアルヌール陛下は我等が陛下とは親友。そのような人を裏切る人物ではありません。何よりも現在、我が国は難しい状況に置かれております。その状態で同盟国との関係を悪化させるメリットはどこにあるのですか?」
「そちらが動く前にこの国を……」
「そんな事に金も人も割けません。二面戦争がいかに愚かかは、政治に一時的でも携わった方なら分かるはず。現状、良好な同盟を自ら崩してまで侵略しなければならない理由は、我等が国にはないのです」
単純に帝国との関係を切りたい。そういう思惑しかないだろう老人達は口をつぐみ始める。ランバートは更に畳みかけるように声を発した。
「第一、我等は直前までアルヌール陛下と一緒にお酒を飲んでおりました。先に二名が就寝の準備に向かい、アルヌール陛下が退室して以降は誰も離れておりません。それはここにいるジョルジュ将軍、その場にいた騎士団全員、そして部屋に給仕に来ていたメイド達が証言してくれるでしょう。何の証拠をもって、我等が陛下を襲ったなどと妄言を展開するのか。場合によっては他国の使者でもある我等の名誉にも関わります」
軽く前に出たランバートに気圧されるように老人達がたじろぐ。
これを楽しそうに見ているのがアルヌールだ。溜飲が降りたと言わんばかりにニヤリと笑っている。本来はこの人がやるべきことだろうに。
「先に二名が退室していたとの事ですが」
不意に違う方向から声がした。
視線を向けるその先で、まだ若い身なりのいい男がこちらを見ている。短い銀髪に、鋭い緑眼の長身の男は涼しい様子でこちらを見ている。
「その二名が。と、言う事はないのですか?」
「はぁ?」
思わずボリスが低い声を発した。どうにも散々なやりとりに苛立っているのは背中に感じていたが、事ここに至って爆発寸前とみえた。
「いえ、本当に就寝の準備をしていたのかと思いまして。騎士団は手練れも多いと聞きますし、事前に潜んでいたのではと」
とても静かに、だが過分に失礼を詰め込んだ男の言葉にボリスが前に出る。目が完全に据わっていた。
「お言葉だけど、俺達が部屋から出てくるのをそこの殿下が見ているけれど」
視線を向けられたフェオドールがビクリと肩を震わせる。これには長身の男も目を僅かに見開き、冷たい視線でフェオドールを見据えた。
「それは本当でございましょうか、殿下」
「あぁ、うん……」
「そればかりか、物音がして窓を覗き込んだときも一緒だったし、そこから何者かが逃げて行くのも一緒に目撃している。倒れたアルヌール陛下の元に駆けつけたのも一緒だけれど?」
「ほぉ……」
爬虫類のような視線だった。その目に見られたフェオドールは明らかに怯えた目をしている。どちらが主人なのか、まったく分からない顔だ。
「うーん」
アルヌールが何かを考えている。そして一つポンと膝を打った。
「此度の事、どう見ても一番に利があるのはフェオドール、お前のようだ」
突然の言葉にフェオドールの瞳が強く揺れた。驚きと困惑、恐怖が混ざり合っている。体も頼りなく震えている。
「俺が死んで誰が一番に得をするのかを考えれば、お前が一番だろう。俺が死ねば、お前が国王だからな」
「なにを……兄上!!」
「その者を拘束し、部屋に幽閉しておけ。事が解決し、完全に疑いが晴れるまでは外に出してはならん。勿論、側仕えも許さぬ!」
「兄上!!」
手を上げると控えていた兵が二人出てきて、あっという間にフェオドールの手をつかまえてしまう。これには側にいた男も大いに驚いたが、当然のようについて行こうとする。
だがこれを、ジョルジュが剣を抜いて止めた。
「何事です、老将。私はフェオドール殿下の側近です、側に」
「陛下の言葉が理解できませんかな、ニコラ殿。側仕えも許さぬと仰せだ」
「あの方の世話をするのが……」
「ニコラ、逆らえば謀反とする」
アルヌールの言葉に、今度こそニコラは瞳を吊り上げる。憎悪の混じる視線は、到底王家に仕える者ではない。
「この件は徹底的に捜査をする。王に弓引く行いだ、許すわけにはゆかぬ」
それだけを冷たく言い放つと、アルヌールは煩い面々を部屋の外に出してしまった。
静かになった室内にはジョルジュとランバート、そしてボリスだけが残された。
「面倒をかけて悪いな、お前達。さぞ不快だっただろう。王として、無礼を詫びよう。すまなかった」
苦笑と心労の見える様子のアルヌールに、ランバートは苦笑で返す。王らしい姿ではあったが、なんだか不憫だった。
「なぜ、フェオドール殿下を拘束なさったのでしょう? 正直、あの方にこんな陰湿かつ準備万端な事ができるとは思えませんが」
ボリスの言葉にアルヌールが苦笑する。そして鷹揚と頷いた。
「分かっている。一つはあの側近、ニコラと切り離したかった。そしてもう一つは、刺激すれば動くだろうと思ってな」
「危ない事です」
「分かっているさ。だがこのままでは埒が明かん。ニコラは駒としてのフェオドールを失えないが、このままでは失脚もありえる。何かしら手を打ち、そして今度こそは騎士団にその罪をなすりつける事だろう」
「つまり、面倒ごとをこっちに丸投げしたんだ」
ボリスがうんざりとして言うが、それでも好戦的に瞳を輝かせる。やはりボリスは実働向きだ。
「それで、フェオドール殿下はあのまま放置を?」
「ん? うーん、それなんだがな。正直今、もの凄く臍を曲げているだろうから言う事きかないだろう。その扱いが困ってな」
「……宜しければ俺が、少しお相手いたしましょうか」
「ん?」
「ボリス?」
突然の申し出に、ランバートまでもが少し驚く。鋭い瞳をしたままだが雰囲気は軽くなった。というよりも、少し楽しげに見える。
「とりあえず、食事運ぶくらいしかできませんけれど」
「あぁ、いや。申し出てくれるのは嬉しいが……面倒だぞ?」
「構いませんよ。こちらの給仕の服を貸していただければ、それとなく」
「それは構わんが…………いいだろう」
アルヌールも多少困惑するが、それでも了承した。この時のボリスはどこか、とても楽しげだった。
「やっぱり、フェオドール殿下はシロだね」
結論を口にしたレイバンにランバートが頷く。彼らからの話を聞いても、やはりフェオドールがここまでの事をするとは思えなかった。
「まっ、当然かな。あの王子様にこんな悪意はないでしょ。ってか実際あの王子様、アルヌール様大好きでしょ」
気の無い物言いだが、皆が少し意外に思った。ボリスとフェオドールの間に何があったのか、全員がチェスターから聞いている。
ボリスという人物は相手に敵意を持つと徹底的だ。当然フェオドールは敵とみなされたのだと思ったのだ。だが、今は多少庇う物言いをしている。
「ボリス、フェオドール王子の事嫌いじゃないのか?」
「え? うーん、どうだろう? あまりに隠せてなくてバカバカしくて可愛いかも。まぁ、クソ生意気なのは時々カチンとくるかな」
好意……なのだろうか? 難しくてちょっと理解が追いつかない一同だった。
「犯人のほうは、結局分からないままなんだな」
ランバートの問いに、コンラッドとゼロスが頷く。コンラッドは事件直後に血痕を追っていたし、ゼロスは今日の午後からクシュナート兵の格好でジョルジュについて動いていた。
「昨日俺達が駆けつけた時点でかなり時間が経っていたから、なんともな。血痕は庭を抜けて城壁の一角で消えた。城壁の上に擦れた跡があったから、ロープでも用意していたんだろうけれど」
「計画的だったんだろう」
コンラッドの報告にランバートはこの思いを深くする。このタイミングを狙って動いたとなれば、かなり前から準備していたんだ。その計画性を考えるとますます、フェオドールという人物像には当てはまらない。
「ゼロス、ジョルジュ将軍のところには何か入っていたか?」
「いや、これといっては。城壁の外の血痕は消えていたし、それらしい目撃者もない。どうも夜警の隙を突かれたようだ」
「ってことは、警備のタイミングやルートを知っている奴が確実に糸を引いているんだろうね」
レイバンの言葉に全員が頷いた。
「クリフは、どう思う?」
ランバートに話しを振られたクリフは難しい顔で俯いた。それでもしっかりとした目で、確かな事を口にした。
「多分犯人は、素人だと思う」
「根拠は?」
「まず、傷の位置。あれだけ深く刺せたなら、アルヌールさんは油断してたと思う。それでも外してる。プロなら、多分……」
確かにアルヌールの傷は左肩。背後からの一撃が柄に近い部分まで刺さっていた。本人も油断していたと言っている。これがもしチェルルやラウル、ランバートなら外していなかっただろう。
「それに、アルヌールさんは『一太刀入れた』って言ってたけど、落ちていた血痕の量からすると深傷じゃないと思う。もしもプロならその位の傷は気にしないで、仕留めてると思う」
「更に言えば、プロなら武器から手を離したりはしないよ」
クリフの言葉を引き継ぐように、チェルルがニヤリと笑う。その姿に全員が注目した。
「ただいま」
「どこ行ってたの、チェルル? 姿見えなかったけど」
「ちょっと城の外にさ」
「城の外!!」
これにはランバート以外が驚いた。何せ今、全員が城の外に出ることができないのだから。
「どうやったのさ!」
「変装して大人数に紛れて出て、城の外を探ってた。ニコラっていう奴の足取りね。見た瞬間ド素人だって分かってたし、外部に逃げてるならそもそも城の外の人間かな~、って」
ランバートとラウルは苦笑だが、他は青い顔をする。改めてチェルルの変装、潜伏能力の高さを思い知った感じがしたのだろう。
「何か分かったか?」
「ニコラの部下に似た男が、流れの奴等に声をかけてたらしい。そもそも流れなんて避けられるから名前や顔をちゃんと知ってる奴は少ないけどさ。でも、そこそこ身なりのいい奴が話しかけてるのを見たって」
「高額報酬をちらつかせた。というところじゃない?」
「多分ね」
ハリーの言葉にレイバンも頷く。だが、流れ者にとって明日の宿や食べる事は死活問題だ。大金とみれば飛びつくだろう。
「足取り追えそうか?」
「多分始末されてるよ。失敗してるしね。でも、死体があれば多少証拠は残ってるんじゃない? 例えば、王様のつけた傷とか」
ニヤリと笑うチェルルは意地悪に見える。が、その可能性が高い事は全員が無言のまま覚っていた。
「ラウルは何か分かったか?」
「うん。あちこち忍び込んだりして探ったよ」
サラリと言ったラウルに、これもまた騎兵府は苦笑だ。小さく年下でも、流石暗府なのである。
「ニコラって人の事を探ってきた。生まれは良家だけど、そこの五男。当時実権を持ってた父親がごり押しでフェオドール殿下の側近にねじ込んだみたい。でも当人は人の下につくような性格じゃないよ。気位が高くて狡猾、目的の為なら労を惜しまない感じ」
「なんか、ルースを思い出すな……」
ランバートは嫌な事を思いだして苦い顔になる。ルースもまた、そのような人物だった。
ラウルもつられて苦笑するが、幾分気は緩めだ。
「大丈夫、あの人ほどじゃないよ。ただ、アルヌール陛下とは合わなかったみたい。愚痴を言う事もないけれど、雰囲気がね。今僕達が犯人だって言ってる連中の大半は、ニコラに近い人物で旧家臣組に近い人達だよ。旧体制派もアルヌール陛下とは不仲で、かつ帝国との距離を置きたいみたい」
「わかった。どうやら、的が絞れたな」
ニコラがおそらく黒幕だ。フェオドールはそれに知らない間に巻き込まれている。帝国を追いだし、同盟を見直したいのは旧家臣達。ニコラと手を組んでいる可能性もある。
だがそうなると、やはり証拠だ。襲った本人を捕まえて証言を取れれば一番だが、そもそも生きているのかも疑問だ。
もしくは現行犯だ。何かしらのアクションを更に起こしてくれればそれも可能なのだが……誘い込むしかないか。
そんな事を考えていると、不意にドアがノックされてジョルジュが困った顔で入ってくる。一日で若干老けている気がした。
「すまんが、ランバートとボリス、一緒に来てくれないか?」
気苦労の見える声に指名された二人は顔を見合わせる。ランバートは分かる、この隊の責任者だ。だがボリスというのがやや納得がいかない。
「実は今、陛下の元に厄介なのが押しかけていてな。陛下が爆発寸前なんだ」
「それで、なんで俺?」
「お前さんにも話が聞きたいらしいんだ」
そう言われてしまうと拒む事もできない。ボリスも立ち上がり、三人連れだってアルヌールの寝室へと向かっていった。
向かってみると、アルヌールの側にはフェオドールと側に身なりのいい男が一人。そして三人の老人の姿があった。
「だから帝国など信用ならないと言っているのですぞ!」
「奴等がきた途端にこの騒ぎ。これは由々しきことです!」
「……」
体が自由なら今すぐに剣を抜いているだろうな。その位には苛立っている様子に、ランバートは苦笑してしまった。
「陛下、騎士団の者を連れてまいりました」
ジョルジュの言葉に視線が一斉に集まってくる。アルヌールからは安堵が、フェオドールは戸惑い、その他は敵意だろうか。こうも透けて見えるとは。
「アルヌール陛下、お呼びとの事ですが」
「ランバート、お前からもこの煩いポンコツ共に説明してくれ。やれ帝国の陰謀だと煩くて敵わん」
「はぁ……」
途端睨み付ける老人三人に、ランバートとしては呆れるより他にない。どうしたらそうなるのか、まったくもって理解ができないのだ。
「昨夜のお話はなさったのですか?」
「した。お前等とずっと飲んでたってな」
「なるほど。それで、何が疑問だと?」
「帝国はこの国をも侵略しようと、陛下の命を狙ったのだ!」
頭が痛い状況だ。よほど帝国が気にくわないらしい老人達の論理は色々と破綻している。これの相手となれば健康な状態でも多少の頭痛を感じるだろう。怪我人のアルヌールも血圧が上がるだろう。
幸いランバートはこの手の人間に容赦するつもりはない。ほぼ無表情で、三人を見回した。
「根拠は?」
「は?」
「帝国が同盟国であるクシュナートを侵攻したいという根拠はどこにあるのですか?」
「帝国はこれまでも散々に侵略を」
「前王陛下の時代ではあるまいし。何よりもアルヌール陛下は我等が陛下とは親友。そのような人を裏切る人物ではありません。何よりも現在、我が国は難しい状況に置かれております。その状態で同盟国との関係を悪化させるメリットはどこにあるのですか?」
「そちらが動く前にこの国を……」
「そんな事に金も人も割けません。二面戦争がいかに愚かかは、政治に一時的でも携わった方なら分かるはず。現状、良好な同盟を自ら崩してまで侵略しなければならない理由は、我等が国にはないのです」
単純に帝国との関係を切りたい。そういう思惑しかないだろう老人達は口をつぐみ始める。ランバートは更に畳みかけるように声を発した。
「第一、我等は直前までアルヌール陛下と一緒にお酒を飲んでおりました。先に二名が就寝の準備に向かい、アルヌール陛下が退室して以降は誰も離れておりません。それはここにいるジョルジュ将軍、その場にいた騎士団全員、そして部屋に給仕に来ていたメイド達が証言してくれるでしょう。何の証拠をもって、我等が陛下を襲ったなどと妄言を展開するのか。場合によっては他国の使者でもある我等の名誉にも関わります」
軽く前に出たランバートに気圧されるように老人達がたじろぐ。
これを楽しそうに見ているのがアルヌールだ。溜飲が降りたと言わんばかりにニヤリと笑っている。本来はこの人がやるべきことだろうに。
「先に二名が退室していたとの事ですが」
不意に違う方向から声がした。
視線を向けるその先で、まだ若い身なりのいい男がこちらを見ている。短い銀髪に、鋭い緑眼の長身の男は涼しい様子でこちらを見ている。
「その二名が。と、言う事はないのですか?」
「はぁ?」
思わずボリスが低い声を発した。どうにも散々なやりとりに苛立っているのは背中に感じていたが、事ここに至って爆発寸前とみえた。
「いえ、本当に就寝の準備をしていたのかと思いまして。騎士団は手練れも多いと聞きますし、事前に潜んでいたのではと」
とても静かに、だが過分に失礼を詰め込んだ男の言葉にボリスが前に出る。目が完全に据わっていた。
「お言葉だけど、俺達が部屋から出てくるのをそこの殿下が見ているけれど」
視線を向けられたフェオドールがビクリと肩を震わせる。これには長身の男も目を僅かに見開き、冷たい視線でフェオドールを見据えた。
「それは本当でございましょうか、殿下」
「あぁ、うん……」
「そればかりか、物音がして窓を覗き込んだときも一緒だったし、そこから何者かが逃げて行くのも一緒に目撃している。倒れたアルヌール陛下の元に駆けつけたのも一緒だけれど?」
「ほぉ……」
爬虫類のような視線だった。その目に見られたフェオドールは明らかに怯えた目をしている。どちらが主人なのか、まったく分からない顔だ。
「うーん」
アルヌールが何かを考えている。そして一つポンと膝を打った。
「此度の事、どう見ても一番に利があるのはフェオドール、お前のようだ」
突然の言葉にフェオドールの瞳が強く揺れた。驚きと困惑、恐怖が混ざり合っている。体も頼りなく震えている。
「俺が死んで誰が一番に得をするのかを考えれば、お前が一番だろう。俺が死ねば、お前が国王だからな」
「なにを……兄上!!」
「その者を拘束し、部屋に幽閉しておけ。事が解決し、完全に疑いが晴れるまでは外に出してはならん。勿論、側仕えも許さぬ!」
「兄上!!」
手を上げると控えていた兵が二人出てきて、あっという間にフェオドールの手をつかまえてしまう。これには側にいた男も大いに驚いたが、当然のようについて行こうとする。
だがこれを、ジョルジュが剣を抜いて止めた。
「何事です、老将。私はフェオドール殿下の側近です、側に」
「陛下の言葉が理解できませんかな、ニコラ殿。側仕えも許さぬと仰せだ」
「あの方の世話をするのが……」
「ニコラ、逆らえば謀反とする」
アルヌールの言葉に、今度こそニコラは瞳を吊り上げる。憎悪の混じる視線は、到底王家に仕える者ではない。
「この件は徹底的に捜査をする。王に弓引く行いだ、許すわけにはゆかぬ」
それだけを冷たく言い放つと、アルヌールは煩い面々を部屋の外に出してしまった。
静かになった室内にはジョルジュとランバート、そしてボリスだけが残された。
「面倒をかけて悪いな、お前達。さぞ不快だっただろう。王として、無礼を詫びよう。すまなかった」
苦笑と心労の見える様子のアルヌールに、ランバートは苦笑で返す。王らしい姿ではあったが、なんだか不憫だった。
「なぜ、フェオドール殿下を拘束なさったのでしょう? 正直、あの方にこんな陰湿かつ準備万端な事ができるとは思えませんが」
ボリスの言葉にアルヌールが苦笑する。そして鷹揚と頷いた。
「分かっている。一つはあの側近、ニコラと切り離したかった。そしてもう一つは、刺激すれば動くだろうと思ってな」
「危ない事です」
「分かっているさ。だがこのままでは埒が明かん。ニコラは駒としてのフェオドールを失えないが、このままでは失脚もありえる。何かしら手を打ち、そして今度こそは騎士団にその罪をなすりつける事だろう」
「つまり、面倒ごとをこっちに丸投げしたんだ」
ボリスがうんざりとして言うが、それでも好戦的に瞳を輝かせる。やはりボリスは実働向きだ。
「それで、フェオドール殿下はあのまま放置を?」
「ん? うーん、それなんだがな。正直今、もの凄く臍を曲げているだろうから言う事きかないだろう。その扱いが困ってな」
「……宜しければ俺が、少しお相手いたしましょうか」
「ん?」
「ボリス?」
突然の申し出に、ランバートまでもが少し驚く。鋭い瞳をしたままだが雰囲気は軽くなった。というよりも、少し楽しげに見える。
「とりあえず、食事運ぶくらいしかできませんけれど」
「あぁ、いや。申し出てくれるのは嬉しいが……面倒だぞ?」
「構いませんよ。こちらの給仕の服を貸していただければ、それとなく」
「それは構わんが…………いいだろう」
アルヌールも多少困惑するが、それでも了承した。この時のボリスはどこか、とても楽しげだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
126
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる