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9章:変わり始めの夜
3話:男としての拘り(ゼロス)
完全なる誤算だった……。
早朝、クラウルの胸に額を押し当てたまま、ゼロスは目も開けずに唸っていた。
恋人がいないという事で夜の営みも経験はないと考えたのが間違いだった。まさか仕事とは。
しかも仕事について真摯で命がけなこの人のテクは、抵抗どころか反論する余裕すら与えてくれなかった。
当然この年でフェラの経験がないなんて言わない。商売の女性にも、兄狙いで近づき夢破れた肉食令嬢とも経験がある。だがこんなのを知ったら、もう満足なんてできない。
その後の行為を期待させるものではない。クラウルの行為はそれ一つで快楽に飲まれてしまう。舌の使い方、唇の引っかかり、吸い上げる強弱のつけかた、手淫。何よりも快楽のツボを見つける事があまりに上手い。
どうする、間違いなく他で勃たなくなる……。
同時に屈辱でもあった。リードしたかったわけではなく、どちらが女役でもいいと思っていた。ただ、ベッドの上では対等でありたかった。
実際は完全にクラウルが優勢だった。どうする事もできなかった。意地を張っている? 当然だ。簡単にそこは捨てたくない。ゼロスも男なんだ。
どうしたら今夜を挽回できる? どうしたらこの人に勝てる?
考えれば眉根に皺が寄る。そうしていると、不意に頭上で忍び笑いがした。
「……起きてらっしゃるならそう言って下さい」
「いや、すまない。何やら考えている様子だったもので」
顔を上げれば男臭い色気を纏う穏やかな瞳とぶつかった。
またどこかが疼き、どこかが軋む。
優しい手が頭を撫でて甘やかす。硬い髪を指先で遊ぶのは楽しいのだろうか。可愛くも、柔らかくもない体に本当に欲情してくれたのだろうか。昨日は余裕がなくて、この人には何も返していない。奉仕されるばかりで、何も。
思えば、とんだ体たらくに情けなくなる。同時に、そんな自分が許せなかった。
「ゼロス?」
むっくりと起き上がったゼロスは無言で服を拾い着込んだ。クラウルはベッドから身を起こしてそれを呆然と見ている。
きっちりと着込み、後ろを向く。赤くなっている自覚のあるまま、ジトリと見た。
「……これ一度で、俺は貴方に落ちたりしません」
悔しくて言った。いつかこの人に「欲しい」と言わせるほどに自分を磨いてみせる。一方的に翻弄されるんじゃなく、翻弄させてみせる。
「絶対にリベンジしますから」
キョトとした顔をするクラウルの瞳が、徐々に甘さと鋭さを持つ男の目をする。
「あぁ、待っている」
ちくしょう、余裕だ。
ゼロスは背を向けて部屋を出る。早朝の冷たく張りつめた空気が肌をピリリと伝っていった。
◆◇◆
翌日、通常の昼を過ごしているが自然と眉根に皺が寄っている。
昼食後のコーヒーを飲みながら今日何度目かの溜息をつくと、背後から突然腕が回った。
「!」
「なーに悩んでるの、ゼロス?」
背に体重を預けてニヤリと笑ったレイバンが、顔を覗き込んでくる。仲間はとっくに出て行ったと思っていたから、油断していた。
「どうした?」
「ランバートまで」
少し離れて座っていたランバートまでもが飲み物を持って前に座る。こいつはもう数日調整になって、ファウストの事務仕事を手伝っている。それだけ、少し前の事件は大変だった。
聞けばこいつはだいぶ無謀な事をしていた。炎の屋敷から脱出し、そのダメージもそのままに夜通し消火活動。その後ハリーの潔白を晴らすために通常六日かかる道のりを三日で駆け抜け、休みなく日記の翻訳をしていた。普通、どこかで倒れるものだ。
それを聞いた時、こいつは化け物かと思ったものだが……なにせ恋人が化け物だから納得した。
「何さゼロス、浮かない顔して。何かあったの?」
「お前、いつまで俺に負ぶさってるつもりだ」
不機嫌のまま睨み付けるが、レイバンもまた怯むような可愛い性格じゃない。これがコナンやトレヴァーなら引き下がるんだが。
「あら、本当に機嫌悪い。なに? 痴話喧嘩?」
「誰とだ。お前らと一緒にするな」
「俺も含まれたのか?」
ついつい尖るようで、いきなり話しを向けられたランバートまでもが目を丸くする。そのくらい機嫌が悪いようだ。
「どうした、ゼロス?」
気遣わしいランバートの言葉に、途端に申し訳なくなる。別にこいつが何か悪い事をしたんでも、惚気大半の痴話喧嘩も嫌ったわけじゃない。ただ、今は少し……居心地が悪い。
「っと、そろそろ仕事」
レイバンがようやく背中からどけて軽くなった。ランバートとゼロスも立ち上がり、カップを片付けて食堂を出て行く。
そうして廊下を一階へと向かっていく、その途中だった。
「おい」
突然かけられた低い声に、ゼロスはビクリと止まる。両サイドのレイバンとランバートも足を止め、後ろを振り向いた。
「クラウル様?」
「ゼロス、落とし物だ」
近づいてきたクラウルに、一度気持ちを静めてから振り向く。きっちりと黒髪を撫でつけた人が、静かな瞳でこちらを見ている。
「落とし物?」
そんな気配も音もしなかった。思ってポケットに手を入れたが、やはり何も落としていない。
だがクラウルはゼロスの空いている手を取り、その上にキーチェーンのついた鍵を一つ置いた。
「!」
「落とすなよ」
念押しのように言い、そのまま立ち去っていく。ゼロスは手の上の鍵をただ呆然と見ていた。
「なになに?」
「鍵?」
これがどこの鍵か……おそらくだが、あの部屋の鍵だ。宿舎の部屋の鍵なんて誰も持ち歩いていないし、ゼロスなど使った事もない。それは皆同じだろう。外出時に鍵をかけるなんて、一人部屋の師団長たちか団長くらいなものだ。
「へぇ、どこの鍵なんだろうねぇ、ゼロス」
「!」
「意外だな、クラウル様がお前となんて」
「!!」
悪い事に、両サイドの二人は察しがいい。手の中の鍵を見て、何事か理解した様子だった。
「で? 誰と痴話喧嘩したんだ、ゼロス」
普段の行いと言動を、こんなにも後悔したことはなかった。
その夜、ゼロスは問答無用でランバートとレイバンに引きずられて外出した。連れてこられたのは下町にある小さな裏路地の店で、簡素な店内ながら料理は美味かった。
「ほんと、こういう店よく知ってるよな。今度マップ作って」
「いいけど、必ず開いてるとは限らないぞ」
「いいよ、いくつか候補に入れてジェイさん連れてくるから」
レイバンの恋人で、料理府副長のジェイクの趣味はレストラン巡りだ。そしてその趣味は遺憾なく騎士団に還元されている。
「さーて、ゼロス。どういう事なのかな?」
ニヤリとレイバンが笑い、ランバートも腕を組んで頷いている。その二人を前に、ゼロスは溜息をつくしかなかった。
「年始に何かあったんだろ? ファウストの服が必要だったって」
「あぁ、そうだ」
クラウルの服が手に入らず、騒ぎを聞いたラウルがランバート所有のファウストの服を貸したと聞いた。そういう経緯で、ランバートは年始にゼロスとクラウルの間で何かがあったらしいというのは知っていた。
「そう言えば、ゼロスは入団試験の時に怪我したよね。剣が瞼に当たって切れて」
「あぁ」
「その時の試合の審判って、確かクラウル様じゃなかったっけ?」
よく覚えているものだ。こういう時は憎らしくなる。睨み付けるがこうなるとどうにもならない。二人の顔は既にニヤリと笑みを浮かべていた。
「おやぁ? 案外純愛ですねゼロスさん」
「レイバン」
「可愛いねぇ」
からかわれるのは苦手だ。しかもこんなプライベートな事で。
ゼロスは手元の酒を一気に飲み干す。ドンと音がしそうな勢いでジョッキを置いたゼロスは、一度ハァと息を吐き出すと、ジロリと下から睨めつけた。
「何が悪い」
「あぁ、いやぁ?」
「言いたい事があるなら言え。特別に聞いてやる」
レイバンの舌が止まる。それを、ランバートが笑って見ていた。
「まぁ、俺は誰の事も言えないからな。素直に頑張れって言うさ」
ランバートは心得ているように軽く笑っている。余裕そうだ。
「それにしてもさ、どうしてさ? 接点ないだろ?」
「あぁ、それは俺も思う。クラウル様は特に俺達とは接点がないのにな」
「……入団試験の時に借りたハンカチを返そうと思って、目で追ってたんだ」
「「……はぁ?」」
二人がかりでこのリアクションはないだろう!
ゼロスは知らず顔が熱くなるのを酒のせいにした。
「最初は本当にお礼が言いたかっただけだ! それが……徐々に関係なく追うようになって……気づいたらずっと気にしていた」
「うわぁ、マジで純愛じゃん。可愛くないのに可愛い事言う」
「レイバン!」
今日はダメだ、何を言っても墓穴を掘る。
追加のジョッキも早々に空いた。妙に喉が渇くのだ。
「そもそもランバート、お前が悪い!」
「俺!」
突然名指しされ、ランバートは目を丸くして自身を指さしている。当然だが、こうなれば恨み言と八つ当たりだ。
「お前がファウスト様の恋人になって、そこの禁忌を無視したから俺も……妙な夢を見たんだ」
「禁忌?」
「ランバート、何だかんだと挑まれてたじゃん。あれだよ。俺たちよりも上の世代だと、団長は崇拝の対象。なんで、お手を触れないように」
「馬鹿らしい」
吐き捨てるように言うランバートが頼もしい。だが本当に、そのような暗黙のルールがあったことは確かだ。当人達には迷惑な話だろうが。
ゼロスもそう思っていた。触れていい相手ではないと。だが……ランバートを見て捨てられなくなった。
「そんなだから団長達は妙に遠慮してラウンジに来ないんだ。それに誰のものでもなかったんだから、貰っても問題ないだろ」
「あぁ、俺もそう思う」
この点で、ランバートとゼロスは意見があって拳をぶつけた。
「だけどさ、大変でしょ? 恋人ができる人だと何気にさ」
「あぁ」
一昨日の事を思い出すと項垂れる。大変だった。いや、夜の相手ばかりではない。あの人に認めさせたい。これも大変な事だ。
「レイバンも大変なのか?」
「勿論。俺達十歳も年が離れてるからさ、どうしても俺は子供扱いっていうか……ちょっとだけ、悔しい」
勢いを削いだレイバンは肉を摘まみながら言う。順調そうに見えても、悩みはあるのか。
「ランバートなんて大変でしょ?」
「血反吐に沈みそうだよ。それでも決めた事だし、あの人の恋人になった時に自分に課したものだからいい。プライベート以外でも支えになる」
「かっこいいね」
はやし立てたレイバンの前で胸を張るランバートが、輝いて見える。
既に押され気味だった気持ちが、芯を持って立った。
「俺も、あの人に認めさせる」
「ゼロス」
「いつかあの人の口から、俺を選んでよかったと言わせてみせる。俺でなければ、あの人を支える事はできないと言わせたい」
仕事はあまりに違い過ぎるから、直接は助けになれない。だが、あの人の心がゼロスを求めるようにしたい。ゼロスも同じだけ、クラウルに寄り添っていたい。何か、認められる部分が欲しい。
二人を見れば、とても真っ直ぐに見て頷いていた。そして同じようにニヤリと笑って、三人は拳を合わせた。
「負けない」
「やってやろう」
「そうだな」
言い合って、笑って、拳をジョッキに持ち替えて、三人は改めてそれぞれの目標を胸に乾杯をした。
早朝、クラウルの胸に額を押し当てたまま、ゼロスは目も開けずに唸っていた。
恋人がいないという事で夜の営みも経験はないと考えたのが間違いだった。まさか仕事とは。
しかも仕事について真摯で命がけなこの人のテクは、抵抗どころか反論する余裕すら与えてくれなかった。
当然この年でフェラの経験がないなんて言わない。商売の女性にも、兄狙いで近づき夢破れた肉食令嬢とも経験がある。だがこんなのを知ったら、もう満足なんてできない。
その後の行為を期待させるものではない。クラウルの行為はそれ一つで快楽に飲まれてしまう。舌の使い方、唇の引っかかり、吸い上げる強弱のつけかた、手淫。何よりも快楽のツボを見つける事があまりに上手い。
どうする、間違いなく他で勃たなくなる……。
同時に屈辱でもあった。リードしたかったわけではなく、どちらが女役でもいいと思っていた。ただ、ベッドの上では対等でありたかった。
実際は完全にクラウルが優勢だった。どうする事もできなかった。意地を張っている? 当然だ。簡単にそこは捨てたくない。ゼロスも男なんだ。
どうしたら今夜を挽回できる? どうしたらこの人に勝てる?
考えれば眉根に皺が寄る。そうしていると、不意に頭上で忍び笑いがした。
「……起きてらっしゃるならそう言って下さい」
「いや、すまない。何やら考えている様子だったもので」
顔を上げれば男臭い色気を纏う穏やかな瞳とぶつかった。
またどこかが疼き、どこかが軋む。
優しい手が頭を撫でて甘やかす。硬い髪を指先で遊ぶのは楽しいのだろうか。可愛くも、柔らかくもない体に本当に欲情してくれたのだろうか。昨日は余裕がなくて、この人には何も返していない。奉仕されるばかりで、何も。
思えば、とんだ体たらくに情けなくなる。同時に、そんな自分が許せなかった。
「ゼロス?」
むっくりと起き上がったゼロスは無言で服を拾い着込んだ。クラウルはベッドから身を起こしてそれを呆然と見ている。
きっちりと着込み、後ろを向く。赤くなっている自覚のあるまま、ジトリと見た。
「……これ一度で、俺は貴方に落ちたりしません」
悔しくて言った。いつかこの人に「欲しい」と言わせるほどに自分を磨いてみせる。一方的に翻弄されるんじゃなく、翻弄させてみせる。
「絶対にリベンジしますから」
キョトとした顔をするクラウルの瞳が、徐々に甘さと鋭さを持つ男の目をする。
「あぁ、待っている」
ちくしょう、余裕だ。
ゼロスは背を向けて部屋を出る。早朝の冷たく張りつめた空気が肌をピリリと伝っていった。
◆◇◆
翌日、通常の昼を過ごしているが自然と眉根に皺が寄っている。
昼食後のコーヒーを飲みながら今日何度目かの溜息をつくと、背後から突然腕が回った。
「!」
「なーに悩んでるの、ゼロス?」
背に体重を預けてニヤリと笑ったレイバンが、顔を覗き込んでくる。仲間はとっくに出て行ったと思っていたから、油断していた。
「どうした?」
「ランバートまで」
少し離れて座っていたランバートまでもが飲み物を持って前に座る。こいつはもう数日調整になって、ファウストの事務仕事を手伝っている。それだけ、少し前の事件は大変だった。
聞けばこいつはだいぶ無謀な事をしていた。炎の屋敷から脱出し、そのダメージもそのままに夜通し消火活動。その後ハリーの潔白を晴らすために通常六日かかる道のりを三日で駆け抜け、休みなく日記の翻訳をしていた。普通、どこかで倒れるものだ。
それを聞いた時、こいつは化け物かと思ったものだが……なにせ恋人が化け物だから納得した。
「何さゼロス、浮かない顔して。何かあったの?」
「お前、いつまで俺に負ぶさってるつもりだ」
不機嫌のまま睨み付けるが、レイバンもまた怯むような可愛い性格じゃない。これがコナンやトレヴァーなら引き下がるんだが。
「あら、本当に機嫌悪い。なに? 痴話喧嘩?」
「誰とだ。お前らと一緒にするな」
「俺も含まれたのか?」
ついつい尖るようで、いきなり話しを向けられたランバートまでもが目を丸くする。そのくらい機嫌が悪いようだ。
「どうした、ゼロス?」
気遣わしいランバートの言葉に、途端に申し訳なくなる。別にこいつが何か悪い事をしたんでも、惚気大半の痴話喧嘩も嫌ったわけじゃない。ただ、今は少し……居心地が悪い。
「っと、そろそろ仕事」
レイバンがようやく背中からどけて軽くなった。ランバートとゼロスも立ち上がり、カップを片付けて食堂を出て行く。
そうして廊下を一階へと向かっていく、その途中だった。
「おい」
突然かけられた低い声に、ゼロスはビクリと止まる。両サイドのレイバンとランバートも足を止め、後ろを振り向いた。
「クラウル様?」
「ゼロス、落とし物だ」
近づいてきたクラウルに、一度気持ちを静めてから振り向く。きっちりと黒髪を撫でつけた人が、静かな瞳でこちらを見ている。
「落とし物?」
そんな気配も音もしなかった。思ってポケットに手を入れたが、やはり何も落としていない。
だがクラウルはゼロスの空いている手を取り、その上にキーチェーンのついた鍵を一つ置いた。
「!」
「落とすなよ」
念押しのように言い、そのまま立ち去っていく。ゼロスは手の上の鍵をただ呆然と見ていた。
「なになに?」
「鍵?」
これがどこの鍵か……おそらくだが、あの部屋の鍵だ。宿舎の部屋の鍵なんて誰も持ち歩いていないし、ゼロスなど使った事もない。それは皆同じだろう。外出時に鍵をかけるなんて、一人部屋の師団長たちか団長くらいなものだ。
「へぇ、どこの鍵なんだろうねぇ、ゼロス」
「!」
「意外だな、クラウル様がお前となんて」
「!!」
悪い事に、両サイドの二人は察しがいい。手の中の鍵を見て、何事か理解した様子だった。
「で? 誰と痴話喧嘩したんだ、ゼロス」
普段の行いと言動を、こんなにも後悔したことはなかった。
その夜、ゼロスは問答無用でランバートとレイバンに引きずられて外出した。連れてこられたのは下町にある小さな裏路地の店で、簡素な店内ながら料理は美味かった。
「ほんと、こういう店よく知ってるよな。今度マップ作って」
「いいけど、必ず開いてるとは限らないぞ」
「いいよ、いくつか候補に入れてジェイさん連れてくるから」
レイバンの恋人で、料理府副長のジェイクの趣味はレストラン巡りだ。そしてその趣味は遺憾なく騎士団に還元されている。
「さーて、ゼロス。どういう事なのかな?」
ニヤリとレイバンが笑い、ランバートも腕を組んで頷いている。その二人を前に、ゼロスは溜息をつくしかなかった。
「年始に何かあったんだろ? ファウストの服が必要だったって」
「あぁ、そうだ」
クラウルの服が手に入らず、騒ぎを聞いたラウルがランバート所有のファウストの服を貸したと聞いた。そういう経緯で、ランバートは年始にゼロスとクラウルの間で何かがあったらしいというのは知っていた。
「そう言えば、ゼロスは入団試験の時に怪我したよね。剣が瞼に当たって切れて」
「あぁ」
「その時の試合の審判って、確かクラウル様じゃなかったっけ?」
よく覚えているものだ。こういう時は憎らしくなる。睨み付けるがこうなるとどうにもならない。二人の顔は既にニヤリと笑みを浮かべていた。
「おやぁ? 案外純愛ですねゼロスさん」
「レイバン」
「可愛いねぇ」
からかわれるのは苦手だ。しかもこんなプライベートな事で。
ゼロスは手元の酒を一気に飲み干す。ドンと音がしそうな勢いでジョッキを置いたゼロスは、一度ハァと息を吐き出すと、ジロリと下から睨めつけた。
「何が悪い」
「あぁ、いやぁ?」
「言いたい事があるなら言え。特別に聞いてやる」
レイバンの舌が止まる。それを、ランバートが笑って見ていた。
「まぁ、俺は誰の事も言えないからな。素直に頑張れって言うさ」
ランバートは心得ているように軽く笑っている。余裕そうだ。
「それにしてもさ、どうしてさ? 接点ないだろ?」
「あぁ、それは俺も思う。クラウル様は特に俺達とは接点がないのにな」
「……入団試験の時に借りたハンカチを返そうと思って、目で追ってたんだ」
「「……はぁ?」」
二人がかりでこのリアクションはないだろう!
ゼロスは知らず顔が熱くなるのを酒のせいにした。
「最初は本当にお礼が言いたかっただけだ! それが……徐々に関係なく追うようになって……気づいたらずっと気にしていた」
「うわぁ、マジで純愛じゃん。可愛くないのに可愛い事言う」
「レイバン!」
今日はダメだ、何を言っても墓穴を掘る。
追加のジョッキも早々に空いた。妙に喉が渇くのだ。
「そもそもランバート、お前が悪い!」
「俺!」
突然名指しされ、ランバートは目を丸くして自身を指さしている。当然だが、こうなれば恨み言と八つ当たりだ。
「お前がファウスト様の恋人になって、そこの禁忌を無視したから俺も……妙な夢を見たんだ」
「禁忌?」
「ランバート、何だかんだと挑まれてたじゃん。あれだよ。俺たちよりも上の世代だと、団長は崇拝の対象。なんで、お手を触れないように」
「馬鹿らしい」
吐き捨てるように言うランバートが頼もしい。だが本当に、そのような暗黙のルールがあったことは確かだ。当人達には迷惑な話だろうが。
ゼロスもそう思っていた。触れていい相手ではないと。だが……ランバートを見て捨てられなくなった。
「そんなだから団長達は妙に遠慮してラウンジに来ないんだ。それに誰のものでもなかったんだから、貰っても問題ないだろ」
「あぁ、俺もそう思う」
この点で、ランバートとゼロスは意見があって拳をぶつけた。
「だけどさ、大変でしょ? 恋人ができる人だと何気にさ」
「あぁ」
一昨日の事を思い出すと項垂れる。大変だった。いや、夜の相手ばかりではない。あの人に認めさせたい。これも大変な事だ。
「レイバンも大変なのか?」
「勿論。俺達十歳も年が離れてるからさ、どうしても俺は子供扱いっていうか……ちょっとだけ、悔しい」
勢いを削いだレイバンは肉を摘まみながら言う。順調そうに見えても、悩みはあるのか。
「ランバートなんて大変でしょ?」
「血反吐に沈みそうだよ。それでも決めた事だし、あの人の恋人になった時に自分に課したものだからいい。プライベート以外でも支えになる」
「かっこいいね」
はやし立てたレイバンの前で胸を張るランバートが、輝いて見える。
既に押され気味だった気持ちが、芯を持って立った。
「俺も、あの人に認めさせる」
「ゼロス」
「いつかあの人の口から、俺を選んでよかったと言わせてみせる。俺でなければ、あの人を支える事はできないと言わせたい」
仕事はあまりに違い過ぎるから、直接は助けになれない。だが、あの人の心がゼロスを求めるようにしたい。ゼロスも同じだけ、クラウルに寄り添っていたい。何か、認められる部分が欲しい。
二人を見れば、とても真っ直ぐに見て頷いていた。そして同じようにニヤリと笑って、三人は拳を合わせた。
「負けない」
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言い合って、笑って、拳をジョッキに持ち替えて、三人は改めてそれぞれの目標を胸に乾杯をした。
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