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13.どこまでも流される

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「本当に、帰るの?」

寮が断水してから5日目の今日、修繕が完了したと管理会社からの報告があった。
俺は少ない荷物を纏め、お世話になった親友の家を出る準備をしている。

「うん。今日までありがとな、本当に助かった」
「このまま、一緒に住んでもいいんすよ」
「なんでそーなる……圭人だって、いつ転勤になるかわかんないだろ」

圭人は全国主要都市に支社展開をしているまぁまぁ大企業に勤めている。
3年目にもなれば、ぼちぼち異動の辞令が来てもおかしくはないはずだ。

いや、そもそもそれ以前に、カップルでもなんでもないのに同棲するという考えには至らない。

「寂しい」
「いや、また普通に遊びに来るし」

圭人は少しだけ唇を尖らせ、表情で不機嫌だと語る。
俺が出て行くことにあまり納得していない様子だ。

「なら次、いつ会える?」
「今週は講義詰まってるし……バイトもそれなりだしな。来週末とか?」
「それじゃあ塁にキスしたりエッチなことしばらくできないじゃないすか」
「当たり前みたいに言うけどな、それがあるべき姿だから」
「塁は寂しくないの?」

今までだってずっと、普通に友達やってこれたはずなのに。
たまに会って、ご飯食べて他愛もない話したり、遊びに行ったり。

そういう日常に戻るだけなのに、どうしてこの男はそんなにも拘るのだろうか。

「俺は、大丈夫」
「俺が大丈夫じゃない」
「すぐに慣れるって」

よいしょ、とソファから立ち上がり、荷物を手に取った。
明日も早いし、もう帰って寝なければ。

だが、歩き出そうとした俺の体を、後ろからぐっ、と抱きしめて圭人が邪魔をする。

「慣れたくない」
「はぁ?」
「鈍すぎる塁に慣れて、仕方ないって自分を納得させてた頃に戻りたくないんだよ」
「あー……」

可哀想なことに、老若男女が羨む美形の親友は、どこにでもいる俺みたいな普通の男に、高校生の頃から片思いを患ってるんだった。
気力の感じられない声色で切実に訴える圭人に、俺は反応に困ってしまう。

「じゃあ、どーしたらいいんだよ」
「帰らないでほしい」
「無茶言うなぁ……お前は」

こういう時、自分の非情になれない意志の弱さが嫌いだ。
どっちつかずは、互いのためにならないってわかってるのに。

「なら……今日だけな」
「いいの?」
「明日は流石に帰るぞ」

こんな甘さを繰り返すたびに、友達に戻る道が少しずつ削られて行くと言うのに。
けれど、俺は圭人が嬉しそうに、僅かに頬を緩ませるこの顔が好きだし、辛そうな顔はして欲しくないという厄介な事実を再認識してしまう。

「ほら、今日はもう寝るぞ。二人とも明日早……」

荷物を降ろそうとかがんだその時には、頬を強引に引き寄せられて唇を塞がれていた。
ちゅく、とその存在を確かめるかのように舌を絡めると、すぐに離れていく。

そうして視界に入った親友の瞳は、満足そうに細く弧を描いていた。

「塁、好き」
「……ッ!」

まっすぐに告げられた好意に、柄にもなくたじろぎ、言葉に詰まってしまった。
全身が熱を持ち、心臓がどくどくと大きく鼓動する。

どうして。さっきまでは平常心でいられたのに。
友達でいたいと願う相手に、思春期のような反応をしてしまうんだ。

「ごめん、塁に触りたい……」

再度俺の身体を抱きしめ、情欲を孕んだ声色でつぶやく親友のモノは、布越しでわかるほどに大きく、固くその存在を主張していた。

こうなることは容易に想像がついていたのに。
俺はつくづく、どこまでも流されやすい。

今日を最後に、もうしばらくはしないと自分に強く言い聞かせながら、俺たちは明かりを消してベットへ向かった。











「明日から、出張なんだ」

服を着るのも億劫に感じるほど、満足してもらうまで身体を預けた後、圭人は寝転びながら思い出したように呟いた。

「出発前に少しでも塁を充電できてよかった」
「全然、少しじゃねー……」

お互いに少なくとも2回はイッたんだけれど。
正直もう、身体は悲鳴を上げている。

「出張先は?」
「関西……嫌だな、1週間も塁に会えないの」
「1週間会わないなんて今までは普通だったろ」
「塁が俺を受け入れてくれてる今と、そもそも望みがあるのかも分からなかった昔とでは感覚が違うんす」

相変わらず、まるで事後の恋人の身体を労わるかのように、俺の腰や髪を優しく撫でる圭人。
嫌ではないけど、気恥ずかしいんだよ、こういうの。

「一度手に入れると、もっと欲しいって思う生き物なんだよ、男は」
「え、俺手に入れられたことになってんの」
「ほぼ」
「ずいぶん自信がお有りなようで」
「塁がお人好し過ぎて押せば落とせそうってことにはめちゃくちゃ自信ありますね」
「複雑だわ」

それを口説き落としたい本人を前にして口走ってしまうところがなんともまた、掴み所ない俺の親友らしかった。

「それと、いつまでも塁に片思いしていられる自信もあったよ」
「あった……って、過去形?」
「うん、今はもうあんま自信ない」

ほんの少し目を伏せて、さらりと口にした親友の表情からは、真意が読み取れない。
もう少し時が経てば、圭人が俺のことを好きでいるのをやめるかもしれない、ということだろうか。

(だとしたら、また元の……普通の関係に戻れるのかもな)

そう口に出そうとして、やめた。
何故かは自分でも分からない。

「じゃあ、鍵。今度こそ返す」
「……うん、じゃあ明日、出発前に受け取る」

てっきり、そのまま持っててよ、と懇願されるのだと思っていた。
だが、やけにあっさりと圭人はそれを受け入れた。

これで明日から、本当に元どおり。
なのに、この不安にも似た、息苦しさはなんなのだろう。

「毎日自撮り送ってよ」と大真面目な顔で話す親友に「嫌だ」と返して背を向けた。

「気をつけていってこいよ」
「うん。塁、浮気しないでね」
「だから付き合ってねーって」

ぎゅう、と後ろから身体を抱きしめてくる圭人の鼓動は、速くも遅くもなく、子守唄のように落ち着いていた。

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