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第4章 鎺に鞘
第6話 護衛の意味
しおりを挟むそれから昼間は遊びという名の稽古の日々が続いた。あの日塗ってくれた薬草は驚きの効果だったが、あれ以来お世話になっていない。きっとシーバルは俺の体力の限界を知り、稽古量の調整してくれたのだ。だから俺の体に触れる機会はなくなり、あれ以来あんな醜態を晒すことはなかった。
しかし人生で初めて観覧する馬上槍試合を明日に控えた夜。俺は明日への興奮から、気持ちも体も昂ってどうにもならなくなってしまった。シーバルはそれを嬉しそうに眺めながら、優しく俺の体を解いていく。それが終わればいつものように彼は彼の寝室に引っ込み、このまま朝を迎えるはずだった。
しかし、俺の興奮は全然おさまらなかったのだ。
夜中に目が覚め、数え切れないほど寝返りを打つ。何度目かの寝返りで、時間の浪費だと思い至り、あの日のように宮殿の外に歩み出た。
本当のところをいうと、俺はもう一度、夜に抜け出したいと思っていた。以前はこんな自由がなかった。夕方から外出を禁じられていたし、夜は部屋でさえ出ることができなかった。
アンドリューの言葉を思い出し、少し気分が沈む。『淫売』。確かに家の呪いのことを知っていれば、もう少し軽率な行動を控えられたかもしれない。俺のそういう無自覚なところにアンドリューは怒り、そして俺自身がそう望んでいるように誤解していったのだろう。罵られて当然だった。
「リノ様?」
「ニールさん! やっぱり夜はここを見張っているんですか?」
以前と同じ場所での邂逅に、彼は日常的に見張りをしているのだと勘違いした。しかし同時になぜこんな場所で、という疑問も浮かんだ。宮殿からも遠く、門からも遠いこの場所。シーバルの護衛にしては不自然なのだ。
「も……もしかして、俺が外に出るからニールさんは……」
それにしても不自然な場所だが、俺が外に出ることを見越して、彼をこうして毎晩立たせていると考えると心苦しい。
俺の問いにニールさんは驚いた様子で目を見開き、そしてそっと笑った。
「リノ様はお優しい。私は歴代国王の袖付をしておりますが、馬車で運んだ、たったそれだけの理由で、心付けをいただいたのは初めてでした」
俺はあの日渡した気持ち程度の謝礼を思い出し、顔がカッと熱くなる。
「あ……あんな……少ない謝礼を……! あれだけ待たせてしまったのに……!」
「額面ではございません。それに、それを渡すということは、ここに来るということの意味をご理解されていないのだと、直感ですが……理解しました……」
あんな少しのことで、そこまで把握するなんて。それに驚いていると、ニールさんの耳が少しこちらに傾いた。
「他意はございません。ただ、なにか恐ろしいことに巻き込まれると怯えながらここに到着されたのにもかかわらず、運転手に配慮をするリノ様に感激した、ただそれだけの話です」
俺は人の思惑というものを推測する能力が乏しい。彼の言う『他意』というのが、額面以外のなんであるかがわからなかった。だから素直に言葉どおり受け取ると、なんと言っていいかわからず黙り込んでしまう。
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