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過ぎ行く日々
六話
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学校終わりの帰り道。私は逸る気持ちを抑えることに難儀していた。冷静さを保とうとする心に反して、体は早足で公園に向かう。きっと零は今日もあの木の上で寝そべり、待ってくれているだろう。そう思えば、私の足は早足どころかどんどん駆け足になっていく。
「零っ!」
「あっ、桜空! 今日も来てくれたんだ」
毎日零と話し、あの日からはもう二週間が過ぎている。朝から放課後に公園に行くことが楽しみになる程、零と話すのは私にとって大事なことになっていた。一緒にいればいる程、零が幽霊だと信じられなくなる。表情は豊かで、おやつを持っていけば美味しそうに食べる。私と言葉を交わし会話も楽しんでいる。……だが、時折触れた手が氷を当てられたように冷たかったり、通りかかったおばさんに独り言を言っていると思われ気持ち悪がられたりする度、零が幽霊であるという事実を嫌でも実感させられるのだ。
「最近は、桜空が来てくれるからすごく楽しいよ。時間が過ぎるのも早いし……こないだまで一人だったのが嘘みたいだ」
心から嬉しそうに笑う零に胸の奥がぎゅっと締め付けられる。何気なく言ったであろうその言葉に、私はこの公園で一人空を眺めている零の姿を思い出したのだ。何をするでもなく、ただぼんやりとどこか遠くを眺めているような零の姿を。
――きっと、寂しかったはずだ。
私はふとあることを考えた。
今はまだ楽しい時間を過ごすだけでいい。私も零も一緒に居れる間はこれでいいだろう。でもこれから先、私がここを出てしまったら? 他に零を見える人がいなければ当然、一人きりになる。もし仮に一人にならなかったとしても……幽霊である零がいつまでもこの世界に留まっていられる保証はないのだ。
「ねぇ、零」
零は微笑み、首を傾げる。……先を促す仕草だ。
「零はこのままで、いいの?」
私は零のことをもっと知りたい。零が何か思い残していることがあるのなら……助けてあげたい。たった二週間ぽっちの付き合いの私が言うにはおこがましいのかもしれない。零にとっては迷惑かもしれない。それでも零自身が覚えていないことを、生きていた時の零を私は知りたいのだ。
――その結果、別れることになろうとも。
「えっ……?」
突然の私の問いかけに零は目を丸くして小さく声を漏らす。一歩彼に近づいて下から瞳を覗き込む。少しだけ、零の瞳が揺らいでいる気がした。
「だからさ、零は自分のこと知りたくないの?」
これは私のエゴだ。零が知りたくないのなら私には知る権利なんてない。知りたいのならできる限り協力する。一番大事なのは本人の、零自身の気持ちだ。零の意思を無視して動くべきではないだろう。だから……どう思っているのか、教えて欲しい。
「それは、もちろん……知りたいよ」
絡み合っていた視線を外して、目を伏せる彼は寂しいような嬉しいような……どちらともつかない、言い表し難い表情をしていた。
「よーし! それならさっそく明日から零のことを調べよう!」
「お、おー……」
重くなった空気を打ち払うようにあえて明るく振舞い、拳を作り勢い良く上に突き出す。すると、零も恐る恐る拳を作り、真似するように手を挙げた。
「零っ!」
「あっ、桜空! 今日も来てくれたんだ」
毎日零と話し、あの日からはもう二週間が過ぎている。朝から放課後に公園に行くことが楽しみになる程、零と話すのは私にとって大事なことになっていた。一緒にいればいる程、零が幽霊だと信じられなくなる。表情は豊かで、おやつを持っていけば美味しそうに食べる。私と言葉を交わし会話も楽しんでいる。……だが、時折触れた手が氷を当てられたように冷たかったり、通りかかったおばさんに独り言を言っていると思われ気持ち悪がられたりする度、零が幽霊であるという事実を嫌でも実感させられるのだ。
「最近は、桜空が来てくれるからすごく楽しいよ。時間が過ぎるのも早いし……こないだまで一人だったのが嘘みたいだ」
心から嬉しそうに笑う零に胸の奥がぎゅっと締め付けられる。何気なく言ったであろうその言葉に、私はこの公園で一人空を眺めている零の姿を思い出したのだ。何をするでもなく、ただぼんやりとどこか遠くを眺めているような零の姿を。
――きっと、寂しかったはずだ。
私はふとあることを考えた。
今はまだ楽しい時間を過ごすだけでいい。私も零も一緒に居れる間はこれでいいだろう。でもこれから先、私がここを出てしまったら? 他に零を見える人がいなければ当然、一人きりになる。もし仮に一人にならなかったとしても……幽霊である零がいつまでもこの世界に留まっていられる保証はないのだ。
「ねぇ、零」
零は微笑み、首を傾げる。……先を促す仕草だ。
「零はこのままで、いいの?」
私は零のことをもっと知りたい。零が何か思い残していることがあるのなら……助けてあげたい。たった二週間ぽっちの付き合いの私が言うにはおこがましいのかもしれない。零にとっては迷惑かもしれない。それでも零自身が覚えていないことを、生きていた時の零を私は知りたいのだ。
――その結果、別れることになろうとも。
「えっ……?」
突然の私の問いかけに零は目を丸くして小さく声を漏らす。一歩彼に近づいて下から瞳を覗き込む。少しだけ、零の瞳が揺らいでいる気がした。
「だからさ、零は自分のこと知りたくないの?」
これは私のエゴだ。零が知りたくないのなら私には知る権利なんてない。知りたいのならできる限り協力する。一番大事なのは本人の、零自身の気持ちだ。零の意思を無視して動くべきではないだろう。だから……どう思っているのか、教えて欲しい。
「それは、もちろん……知りたいよ」
絡み合っていた視線を外して、目を伏せる彼は寂しいような嬉しいような……どちらともつかない、言い表し難い表情をしていた。
「よーし! それならさっそく明日から零のことを調べよう!」
「お、おー……」
重くなった空気を打ち払うようにあえて明るく振舞い、拳を作り勢い良く上に突き出す。すると、零も恐る恐る拳を作り、真似するように手を挙げた。
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