16 / 18
別れ
十六話
しおりを挟む
頬を伝う生温いものを拭うこともせず、ただひたすらに走って真っ先に向かったのはあの公園だった。しかし、どれだけ目を凝らしても、静まり返った公園には零の姿はない。
「ここには、いないか……」
零は『思い出の場所に行く』と言っていたし、ここにいる可能性は低いだろう。そう分かっていても、どこか期待してしまう気持ちが拭えなくて私はここに来てしまった。今思えばここは、零に初めて出会った場所だったからだ。
それに公園で零と話すことが最近は日課のようになっていたため、ここ以外向かう場所が思いつかなかったのもある。
「でも、ここにいないなら、早く別のところに行かないと……っ!」
既に太陽は西に傾き、橙色の明かりが町を照らしている。徐々に沈んでいくその光を見ると焦燥感が増す。もし、零を見つけられなかったら……? そんなのは絶対嫌だ。
もう二度と会えなくなってしまう前に、一秒でも早く会いにいこう。
だが、零が言っていた『思い出の場所』に心当たりがない。いや、あり過ぎてどこに行けば良いのかが分からないのだ。
先程見た写真を思い出していく。公園で遊ぶ私達、家の庭先ではしゃぐ私達、神社でのお祭り……どこも大事な思い出の場所だ。
頭に浮かんでは消える光景。あれでもない、これでもない……必死に記憶を手繰り寄せるがどれもピンと来ない。行き詰まって、髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。落ち着こう。落ち着いて考えないと。冷静さを取り戻すため空を仰げば、ふわりと空を漂う蛍のような淡い光に気がついた。その光の先を目で追うと出処はこの町の名所とも言える丘の上のようだった。
「……まさか……っ……」
春になると満開の桜が埋め尽くすその様は幻想的で、私も零も好きな場所の一つだった。そしてあの丘は一緒に写真を撮った最後の場所でもある。もしかしたら……あの場所に……?
「…………いそ、がなきゃ……っ!」
彼処に居る、という確信を持って、私は感情に突き動かされるままにその丘へと向かった。景色が流れるように過ぎていく。丘に近づいて行くにつれ、視界がぼやけて朧気に見える。幾ら吸っても息苦しい胸は早鐘を打っていて、落ち着く気配はない。
「……はぁっ……はぁっ……」
一心不乱に走り続け、汗なのか涙なのかも分からない液体がぽたぽたと伝い、地面にシミを作っていく。必死の思いで辿り着いた丘の頂上で私は膝に手を付き息を整える。
手の甲で濡れた目元を拭って、クリアになった視線の先に、私が一番会いたいと願っていた人がいた。
「……っ……零……!」
痛む心臓を抑えながら、私はその名を叫んだ。零は緩慢な動作でこちらを向いた。
「……桜空。……来て、くれたんだ」
儚げで、触れたら壊れてしまいそうな零が、いつものように柔らかな笑みを称えて出迎えてくれた。その体からは淡い光が漏れ出していた。
「ここには、いないか……」
零は『思い出の場所に行く』と言っていたし、ここにいる可能性は低いだろう。そう分かっていても、どこか期待してしまう気持ちが拭えなくて私はここに来てしまった。今思えばここは、零に初めて出会った場所だったからだ。
それに公園で零と話すことが最近は日課のようになっていたため、ここ以外向かう場所が思いつかなかったのもある。
「でも、ここにいないなら、早く別のところに行かないと……っ!」
既に太陽は西に傾き、橙色の明かりが町を照らしている。徐々に沈んでいくその光を見ると焦燥感が増す。もし、零を見つけられなかったら……? そんなのは絶対嫌だ。
もう二度と会えなくなってしまう前に、一秒でも早く会いにいこう。
だが、零が言っていた『思い出の場所』に心当たりがない。いや、あり過ぎてどこに行けば良いのかが分からないのだ。
先程見た写真を思い出していく。公園で遊ぶ私達、家の庭先ではしゃぐ私達、神社でのお祭り……どこも大事な思い出の場所だ。
頭に浮かんでは消える光景。あれでもない、これでもない……必死に記憶を手繰り寄せるがどれもピンと来ない。行き詰まって、髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。落ち着こう。落ち着いて考えないと。冷静さを取り戻すため空を仰げば、ふわりと空を漂う蛍のような淡い光に気がついた。その光の先を目で追うと出処はこの町の名所とも言える丘の上のようだった。
「……まさか……っ……」
春になると満開の桜が埋め尽くすその様は幻想的で、私も零も好きな場所の一つだった。そしてあの丘は一緒に写真を撮った最後の場所でもある。もしかしたら……あの場所に……?
「…………いそ、がなきゃ……っ!」
彼処に居る、という確信を持って、私は感情に突き動かされるままにその丘へと向かった。景色が流れるように過ぎていく。丘に近づいて行くにつれ、視界がぼやけて朧気に見える。幾ら吸っても息苦しい胸は早鐘を打っていて、落ち着く気配はない。
「……はぁっ……はぁっ……」
一心不乱に走り続け、汗なのか涙なのかも分からない液体がぽたぽたと伝い、地面にシミを作っていく。必死の思いで辿り着いた丘の頂上で私は膝に手を付き息を整える。
手の甲で濡れた目元を拭って、クリアになった視線の先に、私が一番会いたいと願っていた人がいた。
「……っ……零……!」
痛む心臓を抑えながら、私はその名を叫んだ。零は緩慢な動作でこちらを向いた。
「……桜空。……来て、くれたんだ」
儚げで、触れたら壊れてしまいそうな零が、いつものように柔らかな笑みを称えて出迎えてくれた。その体からは淡い光が漏れ出していた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
あなたの側にいられたら、それだけで
椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。
私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。
傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。
彼は一体誰?
そして私は……?
アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。
_____________________________
私らしい作品になっているかと思います。
ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。
※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります
※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる