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雌伏編

第69部分 香の災難⑤

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「今回、私は悪くないですよね?」

 香はジト目で俺を見る。

「はい…………全面的に俺が悪いです」

「まったく、ですよ。ハヤテがいきなり私の上に乗っかっていたから、覚悟を決めたのに…………」

 トイレ、を済ませた俺に香は文句を言う。

「覚悟、決めたって…………」

「なんですか?」

「いえ、何でもないです」

「……それにしてもが本当に入るものなんですか?」

 香は顔を赤くしながら、俺の下半身に視線を送る。

「知らないよ。経験がないから! ……何言わせるんだよ! そして、何、ちゃっかり確認しているんだよ!!」

「ハヤテにも見られたから、おあいこ、です!」

「俺は眼を閉じてたから見ていない。召喚盤に誓って見ていない!」

 それは本当だ。

「でも、音とか…………」

「そこを追求しないでくれるかな!? 分かったよ! これでおあいこ! お互いにこれ以上、何も言わない、ってことで良いかな!?」

 少し不満そうに「分かりました」と香は答える。

「はぁ……さて、戻って寝ようか……」



 部屋に戻ろうとしたら、香は足を止めた。


「ハヤテのせいで目が醒めちゃいました。だから、その……ちょっと話をしませんか?」

 香は恥ずかしそうに言った。
 
「構わないけど……なら、外に行こうか」

 屋敷の中で使える部屋は寝床に使っている一か所しかない。
 リザとアイラが寝ているので、そこは避けたかった。
 俺は香を連れて、外に出る。
 石階段に腰かけた。

「少し冷えるね」

 俺は毛布と熱を発生させる使い捨て魔具を取り出した。

「今更ですけど、それって便利ですね」

 香は召喚盤に視線を移す。
 彼女が召喚盤について聞くのは初めてな気がする。

「香は俺のことをズルいと思う?」
「なんでですか?」

「香は血の滲むような努力をして、剣術を学んだ。それなのに俺は何の努力もせずに、しかも駄…………女神様の勘違いでこんな能力を手に入れたからだよ」

「私はズルいとは思いません。ハヤテは確かに便利な道具を持っています。でも、完璧には程遠いです。もし私が刀と召喚盤、どちらかを選べ、と言われたら、刀を選ぶと思います。私はハヤテみたいに多くの人から信頼される自信がありませんから」

 香は苦笑した。

「俺に人望があったわけじゃないよ。運が良かっただけだ」

「目の前に身寄りのないハーフエルフと言葉の通じないジンブ人が現れただけですか?」

「簡単に言うとそうなるかな」

「でも私もリザちゃんもハヤテだったから付いてきたんですよ」

「俺自身にはやっぱり分からないや。俺は誰かの上に立つような人間じゃないよ」

「ちょっと、偉そうなことを言いますね。私はジンブを治める十人の王に会ったことがあります。王には二つの種類がいると思いました。圧倒的な存在感で周りを引き付ける王。人徳があるから周りがどうにかしたいと思ってしまう王、の二種類です」

「俺は後者だって言いたいの…………?」

「ハヤテは否定しますけど、私やリザちゃん、リスネさん、レリアーナさん、王女様、それにアイラまであなたを信頼しています」

「アイラはどうなのかな? 俺自身、良く分かってないんだ」

「王女様は別として、ハヤテだけはアイラから警戒されていない気がします」

「戦力と思われていないだけじゃないかな?」

「そうかもしれませんね」
 香は微笑んだ。

「でも、少し妬いちゃいます。ハヤテの傍には魅力的な女の子が増えすぎて」

 多分、香はさり気無く、自然に言ったつもりだろう。
 しかし、僅かな光でも分かるくらい、香の顔は赤くなっていた。

「香もその一人だよ」

 俺は大人の余裕で香を肯定した……はずなのに香は声を出して笑った。

「ハヤテ、声震えすぎ、顔赤過ぎです」

「…………しょうがないだろ。二人の女の子から好意を向けられるなんて初めてなんだから」
「二人じゃないかもしれませんよ」

 えっ、いや、もう、これ以上増えるのは嬉しいけど心臓に悪い。
 それに一歩間違えると、悲しみの向こうへ、と辿り着いてしまいそうだ。
 主に俺の目前のジンブ人の手で。

「ハヤテ、今、私に対して失礼なことを考えませんでしたか?」
「い、いえ、そんなことはないです」

 この勘の鋭さは怖い……

「ねぇ、ハヤテ、ちょっと聞きたいことがあります」
「なんだ…………!?」
「絶対に引かないでくださいね」

 香は手錠がされていない方の手で俺の肩を掴んだ。
 息が荒い。目が据わっている。
 えっ? 何?? 俺、襲われるの!?

 って、この展開で襲われたことはない。
 今回もどうせ思わせぶり……

「これどう思いますか?」

 香は浴衣の上の部分を脱いだ。

「香さん!?」

 ちょっと待って!?

「目を逸らさないでください!」

「だって、香、寝る時は晒も巻いてないでしょ! 色々、見えちゃいけないモノが見えっちゃってる!」

「私はハヤテに何を見られても平気です!」

 そんなはっきりと言わないでくれ!
 理性が吹っ飛ぶ!!

「でも、これって見苦しいですよね……?」

 香の暗い口調に俺は冷静になった。

「改めて、これってどう思いますか?」

「すごく大きいです」

 酔って暴走した時(※第11部分『食事会』参照)や召喚盤で事故った時(※第29部分『武器と防具と事故』参照)にも見たが、相変わらず大きい。
 着物と晒のせいで普段は目立たないけどさ。

「…………見て欲しいのはそこじゃないんですけど」

 香は少し呆れていた。
 一体、そこ以外にどこを見ればいいというんだ?

「傷、どう思いますか?」

 香の体には以前はなかった傷が増えていた。
 アイラの『竜爪』で襲われた傷だ。
 傷は塞がっているが、薄い桃色になっていて、傷跡が痛々しい。

 その傷を見ると申し訳ないと思ってしまう。

「やっぱり醜いですよね?」

 香は俯く。

「醜い、なんて思わない。この傷は君がリザを守ってくれた証だから」
「でも、結局、私は負けましたよ」
「君を死なせたくなかったから、リザは覚醒したんだよ。本当にありがとう」
「リザちゃんの為に動いてくれてですか? やっぱり、リザちゃんが一番ですか?」

 あの~~、ちょっとロマンチックな雰囲気になると思ったんだけど?
 なんかサスペンスが始まりそうな雰囲気になってきた!?

「リザか、香なんて選べないよ。二人とも大切だ」

 それが俺の正直な気持ちだ。
 優柔不断かもしれないけど、嘘や調子の良いことは言えない。

 香は笑った。

「ハヤテらしい答えですね。…………分かりました。今はそれで満足です」

「分かったら、服を着なよ。ここは外だよ。こんな時間だけど、誰かいるかもしれない」
「そうですね、わかり…………」

 草の茂みが不自然に動く。
 香は咄嗟に反応した。

 しかし、そこにいたのは……

「なんだ、猫ですか……」

 香はホッとし、声を漏らす。
 俺は声が出せなかった。猫も見えない。だって……

「ハヤテ、大丈……!」

 香は状況を把握し、俺から体をどけた。

「俺、初めてパフパフを体験した……」

 先ほどまで両頬に当たっていた温かくて柔らかい感触を思い出す。

「言わなくていいです! もう部屋に戻りますよ!」

 香は足早に屋敷の中へ戻る。
 ロマンチックな雰囲気は吹き飛び、いつもの香の調子になっていた。
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