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第四章 心煌めくストローク
第十八話 念願の……
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「はぁ……はぁ……はぁ……」
最初から最後まで一度も力を抜くことなく泳ぎ切った。あまりの疲労になかなか息が安定しない。いくら連日のようにランニングをしていても、璃子から発せられる圧に耐えながら泳ぐ100メートルはきつい。荒い呼吸を繰り返しながら隣にいる璃子を見つめると、さすがの彼女も辛そうな表情を浮かべていた。
試合が終わった安心感からか、全身が鉛のように重たくなった。しかも、耳に水が入ってしまって周囲の音がよく聞こえない。水を耳から出そうと思い顔を傾けると、璃子が顔を上げてなにかを見つめているのが視界に入った。
そうだ、順位を見ないと。そう思った瞬間、直前まで感じていた疲労も忘れて、勢いよくモニターへと視線を動かしていた。
「あ……」
画面に映し出された名前とタイム。自分の名前が一番上に表示されていることを確認して唖然とする。目を何度もこすって嘘じゃないか確認してしまう。
ウチと璃子の明暗を分けたのは、たったの0.1秒。ちょっとでも彼女から発せられるプレッシャーに動揺していたら負けていただろう。本当にギリギリの戦いだった。小学校の頃から勝てなかった相手に……いつもウチの先を泳いでいた璃子に、ようやく勝ったんだ。
「あああっ」
視界が滲む。ゴーグルをしているのに、たくさんの水が溢れてくる。もう、どうしようもなかった。
「ああああああっ」
やっと、やっとだよ。やっとやり遂げたよ、柊一君。
これで少しは君に胸を張って会えるかな?
「よがったよぉぉぉぉぉぉ」
涙を流し、鼻水を垂らしている今のウチは、きっと情けない顔をしているんだろう。恥ずかしい姿を惜しみなく曝け出してしまっている。それでも全然構わない。こんなにも嬉しい気持ちになれるのなら、安いもんだ。
「いつまで泣いているつもり? そろそろ出なさいよ」
プールから上がった璃子によって、勝利の喜びに水を差されてしまった。いつの間にか、プールに浸かっているのはウチだけになっていた。
「うん……」
どのようなテンションで話せばいいのかわからなくて、小声を発することだけに留める。プールから上がった時には、璃子はもう歩き出していた。
彼女の背中に声をかけようと口を開きかけてやめた。璃子はいつもと変わらず落ち着いた雰囲気だったけど、ウチとはなるべく話したくないだろうから。
璃子のことを気になったのは一瞬で、更衣室に向かう傍ら、何度もガッツポーズをしてしまうくらい勝った喜びに浸っていた。
なんだか夢でも見てるみたい。更衣室にある自分のロッカーの扉を開けながら、そんなことを考える。どこか体が宙に浮いているようなフワフワとした心地に支配されていて、落ち着かない。
水着を脱いだウチは、露わになった胸に手を置いてみた。もう試合は終わったのに、まだ心臓が激しく脈を打っている。とうぶん興奮は収まりそうにないや。
ジャージ姿に着替えたウチは、皆の居場所に戻ることにする。
ウチが出場するプログラムはもうないから、あとは皆を応援するだけだ。近畿大会は三日間にわたって行われるから、まだまだプログラムはたくさんある。特に三日目。中條ちゃんが出る平泳ぎの決勝は注目して見ないと。
そんなことを考えて廊下を歩いていたからだろうか。前方からこちらに向かってやってくる人物に気が付くのが遅れてしまった。璃子に勝ったことで、気が緩んでいたのかもしれない。
「やぁ、紗希ちゃん」
名前を呼ばれて床に落としていた視線を前に向けると、白色のポロシャツを着てベージュ色のチノパンを履いた男の人が立っていた。
瞬間。電気が駆け巡ったかのように、全身に衝撃が走っていた。黒色の短い髪、色白できめが細かい整った顔立ち、170センチ以上ありそうな身長。手を振ってこちらに笑顔を向ける彼は、間違いなく――。
「柊……一……君?」
高校生になって大きくなった柊一君が、そこにいた。
最初から最後まで一度も力を抜くことなく泳ぎ切った。あまりの疲労になかなか息が安定しない。いくら連日のようにランニングをしていても、璃子から発せられる圧に耐えながら泳ぐ100メートルはきつい。荒い呼吸を繰り返しながら隣にいる璃子を見つめると、さすがの彼女も辛そうな表情を浮かべていた。
試合が終わった安心感からか、全身が鉛のように重たくなった。しかも、耳に水が入ってしまって周囲の音がよく聞こえない。水を耳から出そうと思い顔を傾けると、璃子が顔を上げてなにかを見つめているのが視界に入った。
そうだ、順位を見ないと。そう思った瞬間、直前まで感じていた疲労も忘れて、勢いよくモニターへと視線を動かしていた。
「あ……」
画面に映し出された名前とタイム。自分の名前が一番上に表示されていることを確認して唖然とする。目を何度もこすって嘘じゃないか確認してしまう。
ウチと璃子の明暗を分けたのは、たったの0.1秒。ちょっとでも彼女から発せられるプレッシャーに動揺していたら負けていただろう。本当にギリギリの戦いだった。小学校の頃から勝てなかった相手に……いつもウチの先を泳いでいた璃子に、ようやく勝ったんだ。
「あああっ」
視界が滲む。ゴーグルをしているのに、たくさんの水が溢れてくる。もう、どうしようもなかった。
「ああああああっ」
やっと、やっとだよ。やっとやり遂げたよ、柊一君。
これで少しは君に胸を張って会えるかな?
「よがったよぉぉぉぉぉぉ」
涙を流し、鼻水を垂らしている今のウチは、きっと情けない顔をしているんだろう。恥ずかしい姿を惜しみなく曝け出してしまっている。それでも全然構わない。こんなにも嬉しい気持ちになれるのなら、安いもんだ。
「いつまで泣いているつもり? そろそろ出なさいよ」
プールから上がった璃子によって、勝利の喜びに水を差されてしまった。いつの間にか、プールに浸かっているのはウチだけになっていた。
「うん……」
どのようなテンションで話せばいいのかわからなくて、小声を発することだけに留める。プールから上がった時には、璃子はもう歩き出していた。
彼女の背中に声をかけようと口を開きかけてやめた。璃子はいつもと変わらず落ち着いた雰囲気だったけど、ウチとはなるべく話したくないだろうから。
璃子のことを気になったのは一瞬で、更衣室に向かう傍ら、何度もガッツポーズをしてしまうくらい勝った喜びに浸っていた。
なんだか夢でも見てるみたい。更衣室にある自分のロッカーの扉を開けながら、そんなことを考える。どこか体が宙に浮いているようなフワフワとした心地に支配されていて、落ち着かない。
水着を脱いだウチは、露わになった胸に手を置いてみた。もう試合は終わったのに、まだ心臓が激しく脈を打っている。とうぶん興奮は収まりそうにないや。
ジャージ姿に着替えたウチは、皆の居場所に戻ることにする。
ウチが出場するプログラムはもうないから、あとは皆を応援するだけだ。近畿大会は三日間にわたって行われるから、まだまだプログラムはたくさんある。特に三日目。中條ちゃんが出る平泳ぎの決勝は注目して見ないと。
そんなことを考えて廊下を歩いていたからだろうか。前方からこちらに向かってやってくる人物に気が付くのが遅れてしまった。璃子に勝ったことで、気が緩んでいたのかもしれない。
「やぁ、紗希ちゃん」
名前を呼ばれて床に落としていた視線を前に向けると、白色のポロシャツを着てベージュ色のチノパンを履いた男の人が立っていた。
瞬間。電気が駆け巡ったかのように、全身に衝撃が走っていた。黒色の短い髪、色白できめが細かい整った顔立ち、170センチ以上ありそうな身長。手を振ってこちらに笑顔を向ける彼は、間違いなく――。
「柊……一……君?」
高校生になって大きくなった柊一君が、そこにいた。
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