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第五章 恋に惑うストローク
第十九話 再会
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無意識に好きな人の名前を呟いたウチに、彼が頷きながら答えてくれた。
「うん。そうだよ。久しぶり。さっきの試合見てたよ。全国大会出場おめでとう。さすが紗希ちゃんだ」
柊一君が目の前にいる現実が信じられなくて、パチパチと手を叩く彼の姿をまじまじと見つめてしまう。どうしよう。ずっと会いたくて仕方がなかったのに、いざ対面するとなにを話したらいいのかわからないよ。と、とにかくお礼言わなくちゃ!
「あ、ありがとう……褒めてくれて嬉しいよ」
体温が上昇しているのがわかる。絶対に今、ウチの顔は真っ赤っかだ。想像以上にかっこよくなった彼と目が合わせられない。自分のシューズばかり見つめてしまう。
「昔から紗希ちゃんはクロールが得意だったよね。無我夢中になって泳ぐのは相変わらずで、なんだか安心したよ」
「う、うん。ウチが一番速く泳げるのはクロールだけだから。綺麗なフォームで泳ぐ柊一君のクロールとは全然違うけどね」
耳元にある髪を人差し指に巻いてくるくると回しながら、彼とたどたどしい口調で会話をする。おかしいな。再会した時にどんな話をするか何度もシュミレーションしたのに、頭が真っ白になってしまって全然言葉が出てこない。でも、これだけは言わないと。
「柊一君、手紙の返事を書かなくてごめんなさい。どう答えればいいのかわからなかったの。本当にごめんなさい」
多分、こんなに深く頭を下げたのは初めてだ。自然とジャージの裾を掴む手に力がこもる。
「いや、俺のほうこそごめん。急に会おうとしたからびっくりしちゃったんだよね。気にしなくていいよ」
「本当に?」
「そんなことで嘘なんてついたりしないよ。せっかく再会できたんだしさ」
「よかったぁ~」
彼の優しさが心にしみる。胸元に手を当てながら、ほっと息をつく。
「さ、紗希ちゃん⁉」
先程まで穏やかな口調で話をしていた柊一君が、涙を流すウチを見て慌てだした。彼の許しを得たことで、張りつめていた緊張が解けてしまったんだ。
みっちーに指摘されてから、柊一君に嫌われてしまったんじゃないかって、ずっと気が気じゃなかった。心配していた通りにならなくて本当に良かった。
「大丈夫だよ。急に泣いたりなんかしてごめんね」
「そんなに気にしてくれてたんだ。なら、もっと早く会いにいっても良かったのかな? 紗希ちゃんが出る試合が終わってから話しかけようって思ってたから」
「そう……だったんだ」
柊一君は、ウチのことをいろいろと考えた上で行動してくれている。彼の優しさを感じる度に、手紙の返事を書かなかった自分が嫌になる。
手紙で向き合えなかったからこそ、対面ではちゃんと向き合わないと。いつもより長く息を吸って覚悟を決める。
「ねぇ、柊一君。今までずっと手紙でやりとりしてきたのに、どうして急にウチに会おうって思ったの?」
ジャージの裾をぎゅっと掴みながら疑問を口にすると、ウチと柊一君の間に沈黙が訪れた。誰かが飲みものを買ったのか、近くにある自動販売機からガタンという音が聞こえたり、ウチらの横を通り過ぎていく人々の話し声がやけに大きく聞こえたり、柊一君が口を開くまでのほんの数秒がやけに長く感じた。
「紗希ちゃんは、この会場の近くにあるホテルに泊まるんだよね?」
「えっ? うん。そうだよ。三日間もあるからね」
ウチの質問には答えないで、別の質問をしてきた彼を怪訝に思いながらも、ウチは頷くことしかできなかった。
「俺もホテルを予約しているんだ。ここだと落ち着いて話ができないし、今日のスケジュールが全部終わったらさ、俺の部屋で話さない?」
柊一君が予約しているホテルの名前を教えてもらったが、立清学園が予約しているホテルとは違うところだった。柊一君がスマホを開いて地図を見せてくれる。ウチらのホテルからそんなに離れていないことがわかった。歩いていける距離だなと思っていると、ホテルの名前と部屋の番号が書かれた紙切れを渡された。
「わかった。時間がとれるかわからないけど、会いにいくね」
「紗希!」
紙切れを受け取って柊一君に笑顔を向けた時、ウチを呼ぶ声が響いた。前方に璃子が立っていた。
「いつまで油を売っているつもりなの! 早くしなさいよ」
「ごめん。すぐ行く!」
少し大きな声を出して璃子に返事をする。柊一君ともっと話をしていたいけれど、今は我慢。
「柊一君ごめんね。ウチ、行かないとだ。またあとでね!」
「わかった。またあとで」
手を合わせて彼に申しわけない気持ちを伝えると、ウチは慌てて璃子の元へと走っていく。
「自分が出る試合が終わって気が抜けたのかもしれないけど、応援も立派な仕事でしょ? まだ気を緩めるのは早いからね」
「うん。ごめん。呼びにきてくれてありがとね」
「……謝るなら、時間くらい守ってちょうだい」
璃子の隣まで移動したウチは、大股で移動する彼女の横顔を見つめると、目の縁が赤くなっていることに気が付いた。
「……うん」
気が付いてしまったらもうなにも言えない。言えるはずがない。
先ほどまで感じていた歓喜や興奮が消えて、寂寞感だけが残った。璃子に勝てたのは嬉しい。嬉しいけど、負けたときの悔しさはよくわかっているつもりだから。
廊下の曲がり角に辿り着き、ウチと璃子は左に向かって移動する。曲がる直前に後ろを確認してみたけれど、柊一君の姿はどこにもなかった。
◇◆◇
近畿大会の一日目のプログラムをすべて終了したウチらは、ホテルへと向かうため、列になって歩道を歩いていた。皆の顔から疲れの色が見えて、今日の戦いの激しさをひしひしと感じる。自分もあんな顔をしているのだろうか?
ウチの前方にいる璃子は、しっかりとした足どりで歩いているけれど、誰とも話さず無言を貫いていて、近寄りがたい雰囲気を漂わせていた。ウチの後方にいる中條ちゃんは、あくびをしたり目を擦ったりして、眠たそうにしている。元気なのは、ウチの横で小さい声で鼻歌を歌っているみっちーくらいだ。
会場を出てから二分くらいでホテルに到着した。ウチを含めて疲弊した水泳部の皆が求めているのは、体を休めることができる場所だ。やっと落ち着いて休憩ができるとあって、エントランスに集まった皆の顔に安堵の表情が浮かんだ。
しかし顧問によると、四人で一つの部屋を使うことになっているみたいで、ウチは璃子とみっちーと中條ちゃんと一緒の部屋で、寝泊まりをすることになった。
顧問からこれからのスケジュールや、ホテルで過ごす上での注意事項などを聞き終えると、各々自由に行動ができるようになった。とはいえ、まずは部屋に荷物を置きに行くのが先決だ。璃子が鍵を受け取ってくれたので、エレベーターに乗りこむ。
五階に辿り着いたウチらは、璃子を先頭にして一列になって廊下を移動する。みっちーは、うとうととして今にも眠ってしまいそうな中條ちゃんの手を引いている。
「あと少しで部屋に着くから、なかじょっち頑張って~」
「うん。がんばりまひゅ……」
中條ちゃんが立清学園にきた理由をウチに話してくれてから、たまにタメ口で会話してくれるようになった。
今までと比べると、積極的に会話に混ざってくれる頻度が増えて、中條ちゃんなりに仲良くしようとしてくれているのがわかったから、最近は寮生活がよりいっそう楽しくなった。そのうち中條ちゃんも友だちをあだ名で呼ぶようになる時がくるといいな。
「ここね」
不意に璃子が立ち止まる。どうやら部屋に辿り着いたみたいだ。中に入り、シューズからスリッパに履き替えて奥に進むと、右と左に二つずつ並んだベッドが見えてきた。
「やっと着いた~」
両腕を上げて喜びを体全体で表現するみっちーを尻目に、周囲を観察する。一面白い壁に囲まれた二十畳ほどの部屋の中央に、丸いテーブルが置かれ、それを囲むように四つの椅子が並んでいる。また、テーブルのすぐ近くの壁に、中型のテレビが埋め込まれているのを発見した。
「あたしは奥側のベッドを使わせてもらうわ」
「じゃあ、私はここのを使います」
ウチが部屋を観察しているうちに、璃子と中條ちゃんがとっとと自分が使うベッドを決めてしまった。空気をよく読んでから発言する印象が強い中條ちゃんが、率先して自分のベッドを決めたのが意外に感じていると、ベッドの横にリュックを置いてうつ伏せになって眠りはじめてしまった。
「なかじょっちが、着替えないでジャージのまま寝ちゃった……」
「今日のメドレーリレーで疲れてしまったんでしょうね。表面上は大丈夫なように振る舞っていたけれど、先輩の代わりに出場したのが、相当プレッシャーだったんじゃないかしら」
個人競技で失敗した場合は自分だけの責任で終わりにすることができるけど、団体競技ではそうはいかない。自分のちょっとしたミスが全体に響いてしまう。さらに、近畿大会に集まった選手は実力がある人ばかりだ。絶対に失敗ができない状況下でそんな人たちと競ったんだ。疲れるのも頷ける。
「確かに璃子の言う通りだ。でも、璃子だってメドレーリレーに出たでしょ。疲れてるんじゃないの?」
「あたしは大丈夫よ。そんな簡単にダウンしないために特訓してきたんだから」
ベッドに腰を下ろした璃子と一瞬目が合ったけど、すぐに逸らされてしまった。どうやら璃子は、ウチとだけ話したくないみたいだ。
「金井っちはどっちのベッドを使うの? わたしはどっちでもいいから、金井っちが決めていいよ」
璃子は右側にある窓際のベッドを、中條ちゃんは左側にある入り口側のベッドをそれぞれ利用している。
「じゃあ、ウチは窓際のベッドにしようかな」
「はーい。じゃあわたしのはこっちだ」
これから水着を洗ったり乾かしたりしないといけないなとか、夕食を食べた後なら柊一君に会いにいくことができそうだなとか、いろいろと考えながら、カーテン近くの床にリュックを置いて荷物の整理をはじめる。リュックを漁っていると、「近畿大会でお話しない?」と聞いてきた柊一君からの手紙が出てきた。
ウチは柊一君と交わした約束を守るために、この五年間ひたすら頑張ってきた。どうして約束を破ってまでウチと急に会おうとしたのか、その理由が知りたかった。できればウチが納得できるような理由を説明してほしい。でないと、彼に会うのを我慢してきた意味がまるでないような気がしてしまうから。
恋人同士のような手紙のやりとりは一回もしてこなかったけど、ウチと柊一君は両想いのはず。もしかしたら今日、彼に再び告白されてしまうかもしれない。
ぎゅっと拳を握りしめる。
そうなった時、ウチはどうするのだろうか? 彼になんて答えるのだろうか? 結局答えが出ないまま夕食の時間がやってきてしまった。
「うん。そうだよ。久しぶり。さっきの試合見てたよ。全国大会出場おめでとう。さすが紗希ちゃんだ」
柊一君が目の前にいる現実が信じられなくて、パチパチと手を叩く彼の姿をまじまじと見つめてしまう。どうしよう。ずっと会いたくて仕方がなかったのに、いざ対面するとなにを話したらいいのかわからないよ。と、とにかくお礼言わなくちゃ!
「あ、ありがとう……褒めてくれて嬉しいよ」
体温が上昇しているのがわかる。絶対に今、ウチの顔は真っ赤っかだ。想像以上にかっこよくなった彼と目が合わせられない。自分のシューズばかり見つめてしまう。
「昔から紗希ちゃんはクロールが得意だったよね。無我夢中になって泳ぐのは相変わらずで、なんだか安心したよ」
「う、うん。ウチが一番速く泳げるのはクロールだけだから。綺麗なフォームで泳ぐ柊一君のクロールとは全然違うけどね」
耳元にある髪を人差し指に巻いてくるくると回しながら、彼とたどたどしい口調で会話をする。おかしいな。再会した時にどんな話をするか何度もシュミレーションしたのに、頭が真っ白になってしまって全然言葉が出てこない。でも、これだけは言わないと。
「柊一君、手紙の返事を書かなくてごめんなさい。どう答えればいいのかわからなかったの。本当にごめんなさい」
多分、こんなに深く頭を下げたのは初めてだ。自然とジャージの裾を掴む手に力がこもる。
「いや、俺のほうこそごめん。急に会おうとしたからびっくりしちゃったんだよね。気にしなくていいよ」
「本当に?」
「そんなことで嘘なんてついたりしないよ。せっかく再会できたんだしさ」
「よかったぁ~」
彼の優しさが心にしみる。胸元に手を当てながら、ほっと息をつく。
「さ、紗希ちゃん⁉」
先程まで穏やかな口調で話をしていた柊一君が、涙を流すウチを見て慌てだした。彼の許しを得たことで、張りつめていた緊張が解けてしまったんだ。
みっちーに指摘されてから、柊一君に嫌われてしまったんじゃないかって、ずっと気が気じゃなかった。心配していた通りにならなくて本当に良かった。
「大丈夫だよ。急に泣いたりなんかしてごめんね」
「そんなに気にしてくれてたんだ。なら、もっと早く会いにいっても良かったのかな? 紗希ちゃんが出る試合が終わってから話しかけようって思ってたから」
「そう……だったんだ」
柊一君は、ウチのことをいろいろと考えた上で行動してくれている。彼の優しさを感じる度に、手紙の返事を書かなかった自分が嫌になる。
手紙で向き合えなかったからこそ、対面ではちゃんと向き合わないと。いつもより長く息を吸って覚悟を決める。
「ねぇ、柊一君。今までずっと手紙でやりとりしてきたのに、どうして急にウチに会おうって思ったの?」
ジャージの裾をぎゅっと掴みながら疑問を口にすると、ウチと柊一君の間に沈黙が訪れた。誰かが飲みものを買ったのか、近くにある自動販売機からガタンという音が聞こえたり、ウチらの横を通り過ぎていく人々の話し声がやけに大きく聞こえたり、柊一君が口を開くまでのほんの数秒がやけに長く感じた。
「紗希ちゃんは、この会場の近くにあるホテルに泊まるんだよね?」
「えっ? うん。そうだよ。三日間もあるからね」
ウチの質問には答えないで、別の質問をしてきた彼を怪訝に思いながらも、ウチは頷くことしかできなかった。
「俺もホテルを予約しているんだ。ここだと落ち着いて話ができないし、今日のスケジュールが全部終わったらさ、俺の部屋で話さない?」
柊一君が予約しているホテルの名前を教えてもらったが、立清学園が予約しているホテルとは違うところだった。柊一君がスマホを開いて地図を見せてくれる。ウチらのホテルからそんなに離れていないことがわかった。歩いていける距離だなと思っていると、ホテルの名前と部屋の番号が書かれた紙切れを渡された。
「わかった。時間がとれるかわからないけど、会いにいくね」
「紗希!」
紙切れを受け取って柊一君に笑顔を向けた時、ウチを呼ぶ声が響いた。前方に璃子が立っていた。
「いつまで油を売っているつもりなの! 早くしなさいよ」
「ごめん。すぐ行く!」
少し大きな声を出して璃子に返事をする。柊一君ともっと話をしていたいけれど、今は我慢。
「柊一君ごめんね。ウチ、行かないとだ。またあとでね!」
「わかった。またあとで」
手を合わせて彼に申しわけない気持ちを伝えると、ウチは慌てて璃子の元へと走っていく。
「自分が出る試合が終わって気が抜けたのかもしれないけど、応援も立派な仕事でしょ? まだ気を緩めるのは早いからね」
「うん。ごめん。呼びにきてくれてありがとね」
「……謝るなら、時間くらい守ってちょうだい」
璃子の隣まで移動したウチは、大股で移動する彼女の横顔を見つめると、目の縁が赤くなっていることに気が付いた。
「……うん」
気が付いてしまったらもうなにも言えない。言えるはずがない。
先ほどまで感じていた歓喜や興奮が消えて、寂寞感だけが残った。璃子に勝てたのは嬉しい。嬉しいけど、負けたときの悔しさはよくわかっているつもりだから。
廊下の曲がり角に辿り着き、ウチと璃子は左に向かって移動する。曲がる直前に後ろを確認してみたけれど、柊一君の姿はどこにもなかった。
◇◆◇
近畿大会の一日目のプログラムをすべて終了したウチらは、ホテルへと向かうため、列になって歩道を歩いていた。皆の顔から疲れの色が見えて、今日の戦いの激しさをひしひしと感じる。自分もあんな顔をしているのだろうか?
ウチの前方にいる璃子は、しっかりとした足どりで歩いているけれど、誰とも話さず無言を貫いていて、近寄りがたい雰囲気を漂わせていた。ウチの後方にいる中條ちゃんは、あくびをしたり目を擦ったりして、眠たそうにしている。元気なのは、ウチの横で小さい声で鼻歌を歌っているみっちーくらいだ。
会場を出てから二分くらいでホテルに到着した。ウチを含めて疲弊した水泳部の皆が求めているのは、体を休めることができる場所だ。やっと落ち着いて休憩ができるとあって、エントランスに集まった皆の顔に安堵の表情が浮かんだ。
しかし顧問によると、四人で一つの部屋を使うことになっているみたいで、ウチは璃子とみっちーと中條ちゃんと一緒の部屋で、寝泊まりをすることになった。
顧問からこれからのスケジュールや、ホテルで過ごす上での注意事項などを聞き終えると、各々自由に行動ができるようになった。とはいえ、まずは部屋に荷物を置きに行くのが先決だ。璃子が鍵を受け取ってくれたので、エレベーターに乗りこむ。
五階に辿り着いたウチらは、璃子を先頭にして一列になって廊下を移動する。みっちーは、うとうととして今にも眠ってしまいそうな中條ちゃんの手を引いている。
「あと少しで部屋に着くから、なかじょっち頑張って~」
「うん。がんばりまひゅ……」
中條ちゃんが立清学園にきた理由をウチに話してくれてから、たまにタメ口で会話してくれるようになった。
今までと比べると、積極的に会話に混ざってくれる頻度が増えて、中條ちゃんなりに仲良くしようとしてくれているのがわかったから、最近は寮生活がよりいっそう楽しくなった。そのうち中條ちゃんも友だちをあだ名で呼ぶようになる時がくるといいな。
「ここね」
不意に璃子が立ち止まる。どうやら部屋に辿り着いたみたいだ。中に入り、シューズからスリッパに履き替えて奥に進むと、右と左に二つずつ並んだベッドが見えてきた。
「やっと着いた~」
両腕を上げて喜びを体全体で表現するみっちーを尻目に、周囲を観察する。一面白い壁に囲まれた二十畳ほどの部屋の中央に、丸いテーブルが置かれ、それを囲むように四つの椅子が並んでいる。また、テーブルのすぐ近くの壁に、中型のテレビが埋め込まれているのを発見した。
「あたしは奥側のベッドを使わせてもらうわ」
「じゃあ、私はここのを使います」
ウチが部屋を観察しているうちに、璃子と中條ちゃんがとっとと自分が使うベッドを決めてしまった。空気をよく読んでから発言する印象が強い中條ちゃんが、率先して自分のベッドを決めたのが意外に感じていると、ベッドの横にリュックを置いてうつ伏せになって眠りはじめてしまった。
「なかじょっちが、着替えないでジャージのまま寝ちゃった……」
「今日のメドレーリレーで疲れてしまったんでしょうね。表面上は大丈夫なように振る舞っていたけれど、先輩の代わりに出場したのが、相当プレッシャーだったんじゃないかしら」
個人競技で失敗した場合は自分だけの責任で終わりにすることができるけど、団体競技ではそうはいかない。自分のちょっとしたミスが全体に響いてしまう。さらに、近畿大会に集まった選手は実力がある人ばかりだ。絶対に失敗ができない状況下でそんな人たちと競ったんだ。疲れるのも頷ける。
「確かに璃子の言う通りだ。でも、璃子だってメドレーリレーに出たでしょ。疲れてるんじゃないの?」
「あたしは大丈夫よ。そんな簡単にダウンしないために特訓してきたんだから」
ベッドに腰を下ろした璃子と一瞬目が合ったけど、すぐに逸らされてしまった。どうやら璃子は、ウチとだけ話したくないみたいだ。
「金井っちはどっちのベッドを使うの? わたしはどっちでもいいから、金井っちが決めていいよ」
璃子は右側にある窓際のベッドを、中條ちゃんは左側にある入り口側のベッドをそれぞれ利用している。
「じゃあ、ウチは窓際のベッドにしようかな」
「はーい。じゃあわたしのはこっちだ」
これから水着を洗ったり乾かしたりしないといけないなとか、夕食を食べた後なら柊一君に会いにいくことができそうだなとか、いろいろと考えながら、カーテン近くの床にリュックを置いて荷物の整理をはじめる。リュックを漁っていると、「近畿大会でお話しない?」と聞いてきた柊一君からの手紙が出てきた。
ウチは柊一君と交わした約束を守るために、この五年間ひたすら頑張ってきた。どうして約束を破ってまでウチと急に会おうとしたのか、その理由が知りたかった。できればウチが納得できるような理由を説明してほしい。でないと、彼に会うのを我慢してきた意味がまるでないような気がしてしまうから。
恋人同士のような手紙のやりとりは一回もしてこなかったけど、ウチと柊一君は両想いのはず。もしかしたら今日、彼に再び告白されてしまうかもしれない。
ぎゅっと拳を握りしめる。
そうなった時、ウチはどうするのだろうか? 彼になんて答えるのだろうか? 結局答えが出ないまま夕食の時間がやってきてしまった。
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