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海へ
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私はレオナルド様と連れだって、朝市に顔を出しました。さすがに一年以上通っていれば、顔馴染みの店もたくさんあります。
「おはようございます、リンダさん」
「おはようございます、リンダさん」
リンダさんは、パン屋のおばさまです。
「おや、おはよう、ロッテちゃん、レオくん。今朝はまた早いねぇ」
「たまには遠出しようと思いまして、お昼に食べるパンを買いに来ました」
え?初耳ですよ、レオナルド様。遠出なんて、何処に行くつもりなのでしょう?
「そうなの。いいねぇ、若いって。これなんかどうだい?そのまま食べてもよし。惣菜を入れてサンドイッチにしてもよし。ジャムを塗ってもよしさね」
「じゃあ、それをもらおうかな。あと、これ」
リンダさんお薦めのパンと脇にあったチョコの瓶詰めを戴きました。
「そういえば、新作の劇は見たかい?なんでも実話らしいよ。全く違う国とはいえ、酷いことするもんだよ。その劇が始まってから、商人たちは大商会も旅商人もその国の商品を買い控えて売らなくなったり、逆に商品を売りに行かなくなったそうだよ。私ら商人の底力を侮ってもらっちゃあ、いけないね」
新作の劇?それは知りませんでした。時々、気晴らしに観に行くことはありましたが、そんなに話題になっているなら、観たいですねぇ。
「へえ。そんなに話題になってるんだ?ロッテ、今日の夕方にでも観に行こうか?リンダさん、題名は?」
「砂漠に捕らわれて、だよ」
砂漠と言えば・・・・。
「ありがとう。観に行ってみるよ」
私とレオナルド様は、劇の観覧席を予約しに行くついでに、そのパンフレットも入手してきました。その内容とは・・・・。劇中では砂漠の国としか出てきませんが、やはりというか、知っている人にはセアベルテナータ殿下の国、グリフォル族連合王国が舞台の恋愛劇と分かるようになっていました。
夜はその劇を観に行くことになりましたが、今はまだ朝も早い時間帯。レオナルド様について行くと、そこはこの街の冒険者ギルドでした。
「???レオ、依頼を受けるのですか?」
ならば、私のこの格好は相応しくありません。踝までのワンピースにヒールのあるブーツでは森では役に立ちません。
「違うよ。転移陣を使うだけだよ」
転移陣?!何処に行くつもりなのでしょう?
転移陣に乗って着いた場所は、港街まで馬車で半日のところにある街でした。防衛の観点から直接港街には行けません。レオナルド様は港街に行くつもりなのでしょうか?
「さて、ロッテ。ここからは飛んでいくよ」
その街から出てすぐそばにある森に入ると、私はレオナルド様に抱えられて空へと舞い上がりました。どうやら港街に行くわけではなさそうです。レオナルド様の魔力に私の魔力を合わせ、レオナルド様を補助します。こうすることで、レオナルド様の魔力の消費が少なくなるのです。最高相性だからできる裏技的なものです。
「ありがとう。もうすぐ着くよ」
ふわりと降り立ったそこは・・・・。白い砂浜とエメラルドに輝く海が続く海岸でした。
「うわぁ」
「ずっと前に海に行ってみたいって言ってたでしょ?」
「覚えてて、くれたんですね」
まだ小さい頃、レオナルド様から海という大きな湖を見たという話を聞いて、「見てみたい」と言ったことがあったのです。5歳の終わりか6歳になったばかりのことだったと思います。胸がほんわかと温かくなりました。
「うん。ここを見つけるのに時間がかかっちゃった。ここはね、崖に囲まれたところだから海からしかこれないんだ。だから、滅多に人が来ない」
ここのところずっと周りに人がいて、私が辛くなってきていることにもレオナルド様は気づいているのでしょう。
「ありがとうございます、レオ」
その気遣いに涙がにじみそうになり、それを隠すようにレオナルド様の胸に顔を寄せました。上からクスリと笑う声が聞こえましたから、私のこの行動の意味もきっと分かっているはずです。その後は、ブーツを脱ぎ、スカートを捲し上げて、淑女とは言えない、かなりハレンチな格好で海に入って遊びました。レオナルド様の前でも脚を出したのは初めてのことだったはずです。レオナルド様は何も言わずに私の遊びに付き合ってくれました。
「ロッテ!」
レオナルド様が私を呼びます。クルリと振り替えると随分遠くに砂浜が見えました。
「危ないからそろそろ戻ろう?」
手を差し伸べられ、迷うことなくその手を取るとそのまま抱き込まれました。聴こえてくるのは波の音とレオナルド様の鼓動だけ。愛されているなぁと感じ、私からもレオナルド様の背中に腕を回しました。幸せで優しい束の間の永遠。
そして、夕刻前に転移でそれぞれの部屋に戻ってきました。今から着替えて観劇です。
「さあロッテ。行こうか」
「はい。楽しみですね」
私たちは寮の1階で待ち合わせ、護衛のお姉さんには観劇に行く旨を伝えて、出発です。レオナルド様が用意してくれたのは、いつものように個室のボックス席でした。ここは周りの目を気にせずゆったりできる上に舞台を一望できるので、私のお気に入りです。
そして、劇が始まりました。
物語は年若い男女ふたりが商売のため、砂漠の国を訪れるところから始まります。女は大きな商会の跡取り娘、男はその娘の婚約者でした。来年、女が19歳を迎えるその日に婚姻を結ぶことになっています。ですが、・・・・。砂漠の国の次期族長に見初められた商人の娘は、親を脅され泣く泣く婚約者と別れ、その次期族長の元に持参金を携え身を寄せることになりました。そして、女が19歳となり婚姻をあげるまさにその日、次期族長は、別の、女より見目麗しく妖艶で身分の高い女と婚姻すると言い、女をその身ひとつで砂漠に放り出したのです。女は砂漠を歩き、愛しい婚約者の元へ戻ろうと歩き続けます。一方、婚約者だった男は、最後に一目愛する女を目に焼き付けようと式場の外でこっそりと女を待ちました。しかし、そこに現れたのは愛しい女ではなく・・・・。慌てた男は、次期族長の使用人の元を訪ね、女の身に起こったことを知ります。急いで探しましたが、見つかりません。何ヵ月も探し続け、見つけたときには双方とも虫の息でした。ふたりは再会を喜び抱き合いながら天に召されました。
なんとも救いようのないお話でした。実際は、男は元婚約者のことが心配で、ずっと同じ街に滞在しており、次期族長が新しい相手を見つけたことも知っていたそうです。元婚約者が家から追い出されてすぐに保護し、ふたりは恙無く結婚し商会を継いだそうです。が、持参金も返さず慰謝料も払わない誠意の欠片もみられない次期族長に腹をたて、今回の劇の公開になったとレオナルド様が調べていました。それが、半年前のこと。大きな商会だったこともあり、関係者などを通じて経済的な制裁を加えるまでに発展したそうです。
どうやら、レオナルド様はこの劇に何かヒントを掴んだようでした。
「おはようございます、リンダさん」
「おはようございます、リンダさん」
リンダさんは、パン屋のおばさまです。
「おや、おはよう、ロッテちゃん、レオくん。今朝はまた早いねぇ」
「たまには遠出しようと思いまして、お昼に食べるパンを買いに来ました」
え?初耳ですよ、レオナルド様。遠出なんて、何処に行くつもりなのでしょう?
「そうなの。いいねぇ、若いって。これなんかどうだい?そのまま食べてもよし。惣菜を入れてサンドイッチにしてもよし。ジャムを塗ってもよしさね」
「じゃあ、それをもらおうかな。あと、これ」
リンダさんお薦めのパンと脇にあったチョコの瓶詰めを戴きました。
「そういえば、新作の劇は見たかい?なんでも実話らしいよ。全く違う国とはいえ、酷いことするもんだよ。その劇が始まってから、商人たちは大商会も旅商人もその国の商品を買い控えて売らなくなったり、逆に商品を売りに行かなくなったそうだよ。私ら商人の底力を侮ってもらっちゃあ、いけないね」
新作の劇?それは知りませんでした。時々、気晴らしに観に行くことはありましたが、そんなに話題になっているなら、観たいですねぇ。
「へえ。そんなに話題になってるんだ?ロッテ、今日の夕方にでも観に行こうか?リンダさん、題名は?」
「砂漠に捕らわれて、だよ」
砂漠と言えば・・・・。
「ありがとう。観に行ってみるよ」
私とレオナルド様は、劇の観覧席を予約しに行くついでに、そのパンフレットも入手してきました。その内容とは・・・・。劇中では砂漠の国としか出てきませんが、やはりというか、知っている人にはセアベルテナータ殿下の国、グリフォル族連合王国が舞台の恋愛劇と分かるようになっていました。
夜はその劇を観に行くことになりましたが、今はまだ朝も早い時間帯。レオナルド様について行くと、そこはこの街の冒険者ギルドでした。
「???レオ、依頼を受けるのですか?」
ならば、私のこの格好は相応しくありません。踝までのワンピースにヒールのあるブーツでは森では役に立ちません。
「違うよ。転移陣を使うだけだよ」
転移陣?!何処に行くつもりなのでしょう?
転移陣に乗って着いた場所は、港街まで馬車で半日のところにある街でした。防衛の観点から直接港街には行けません。レオナルド様は港街に行くつもりなのでしょうか?
「さて、ロッテ。ここからは飛んでいくよ」
その街から出てすぐそばにある森に入ると、私はレオナルド様に抱えられて空へと舞い上がりました。どうやら港街に行くわけではなさそうです。レオナルド様の魔力に私の魔力を合わせ、レオナルド様を補助します。こうすることで、レオナルド様の魔力の消費が少なくなるのです。最高相性だからできる裏技的なものです。
「ありがとう。もうすぐ着くよ」
ふわりと降り立ったそこは・・・・。白い砂浜とエメラルドに輝く海が続く海岸でした。
「うわぁ」
「ずっと前に海に行ってみたいって言ってたでしょ?」
「覚えてて、くれたんですね」
まだ小さい頃、レオナルド様から海という大きな湖を見たという話を聞いて、「見てみたい」と言ったことがあったのです。5歳の終わりか6歳になったばかりのことだったと思います。胸がほんわかと温かくなりました。
「うん。ここを見つけるのに時間がかかっちゃった。ここはね、崖に囲まれたところだから海からしかこれないんだ。だから、滅多に人が来ない」
ここのところずっと周りに人がいて、私が辛くなってきていることにもレオナルド様は気づいているのでしょう。
「ありがとうございます、レオ」
その気遣いに涙がにじみそうになり、それを隠すようにレオナルド様の胸に顔を寄せました。上からクスリと笑う声が聞こえましたから、私のこの行動の意味もきっと分かっているはずです。その後は、ブーツを脱ぎ、スカートを捲し上げて、淑女とは言えない、かなりハレンチな格好で海に入って遊びました。レオナルド様の前でも脚を出したのは初めてのことだったはずです。レオナルド様は何も言わずに私の遊びに付き合ってくれました。
「ロッテ!」
レオナルド様が私を呼びます。クルリと振り替えると随分遠くに砂浜が見えました。
「危ないからそろそろ戻ろう?」
手を差し伸べられ、迷うことなくその手を取るとそのまま抱き込まれました。聴こえてくるのは波の音とレオナルド様の鼓動だけ。愛されているなぁと感じ、私からもレオナルド様の背中に腕を回しました。幸せで優しい束の間の永遠。
そして、夕刻前に転移でそれぞれの部屋に戻ってきました。今から着替えて観劇です。
「さあロッテ。行こうか」
「はい。楽しみですね」
私たちは寮の1階で待ち合わせ、護衛のお姉さんには観劇に行く旨を伝えて、出発です。レオナルド様が用意してくれたのは、いつものように個室のボックス席でした。ここは周りの目を気にせずゆったりできる上に舞台を一望できるので、私のお気に入りです。
そして、劇が始まりました。
物語は年若い男女ふたりが商売のため、砂漠の国を訪れるところから始まります。女は大きな商会の跡取り娘、男はその娘の婚約者でした。来年、女が19歳を迎えるその日に婚姻を結ぶことになっています。ですが、・・・・。砂漠の国の次期族長に見初められた商人の娘は、親を脅され泣く泣く婚約者と別れ、その次期族長の元に持参金を携え身を寄せることになりました。そして、女が19歳となり婚姻をあげるまさにその日、次期族長は、別の、女より見目麗しく妖艶で身分の高い女と婚姻すると言い、女をその身ひとつで砂漠に放り出したのです。女は砂漠を歩き、愛しい婚約者の元へ戻ろうと歩き続けます。一方、婚約者だった男は、最後に一目愛する女を目に焼き付けようと式場の外でこっそりと女を待ちました。しかし、そこに現れたのは愛しい女ではなく・・・・。慌てた男は、次期族長の使用人の元を訪ね、女の身に起こったことを知ります。急いで探しましたが、見つかりません。何ヵ月も探し続け、見つけたときには双方とも虫の息でした。ふたりは再会を喜び抱き合いながら天に召されました。
なんとも救いようのないお話でした。実際は、男は元婚約者のことが心配で、ずっと同じ街に滞在しており、次期族長が新しい相手を見つけたことも知っていたそうです。元婚約者が家から追い出されてすぐに保護し、ふたりは恙無く結婚し商会を継いだそうです。が、持参金も返さず慰謝料も払わない誠意の欠片もみられない次期族長に腹をたて、今回の劇の公開になったとレオナルド様が調べていました。それが、半年前のこと。大きな商会だったこともあり、関係者などを通じて経済的な制裁を加えるまでに発展したそうです。
どうやら、レオナルド様はこの劇に何かヒントを掴んだようでした。
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