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40「あの人に護衛必要だった?」

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「ここが、さっきぐにゃぐにゃした動きで伝えようとしてた階段だな?」
 衣装箱に気絶した眼鏡の女性を詰めて蓋をし、魔術師のローブから出てきた紙とペンを使い、エルディとユランはある程度の情報を共有した後、離れの一階を調べていた。階段の前で立ち止まる。
「確かに何かの気配があるな」
 話し声などは聞こえないが、人のいる気配がある。
「”突入?”」
 ユランが紙にそう書いて見せて来るが、エルディは首を横に振った。
「いや、もう少し調べよう」
 策もなく飛び込むのは無謀過ぎる。
「犯罪者の拠点とは思えない警備の手薄さが気になる。一階は俺たちを連れてきたあの二人と、さっきの部屋にいた女性の他は誰もいないし、外に見張りがいる訳でもない。こんなのすぐに逃げ出せそうなのにな」
 さすがに入口の扉は施錠されていたが、窓ははめ殺しという訳でもなく、普通の高さにあるので、エルディやユランなら余裕で乗り越えて出られそうだ。
「”腕輪” ”手枷”」
 ユランが紙を見せる。
「ああ、まあ魔力持ちでそれを両方使われたら身動き取れなくなるのは確かだけど……そういう魔術具が充実し過ぎだよなあ」
 エルディは、自分の腕にはまっている魔力封じの腕輪を見た。この類の腕輪は騎士団には幾つかあるが、かなり高額な上に一般販売は禁止されている。つまり、おいそれと手に入るものではない。いったいどこから手に入れたものなのか。
「魔術具を過信して警備がゆるゆるとも考えられるけど、建物から出さない仕掛けがあると思うんだよな……って、痛っ」
 窓に触れたエルディが、顔を歪めてふらついた。魔力封じの腕輪から衝撃が来たのだ。ユランが慌てて窓からエルディを引き剥がす。
「くっそ、魔法使ってないのにどうして……」
 魔力封じの腕輪には一般的に、魔力を外に出せないように抑制する機能以外に、無理に魔力を出して魔法を使おうとすると、衝撃を与える機能がついている。昨夜、連絡が取れないかと伝達魔法を発動しようとしたら、のたうち回るくらいの衝撃が来た。身構えていても相当堪えるそれがいきなり来たので、思わず叫び出しそうだった。
「外へ通じる場所に何か仕掛けて、出ようとすると腕輪が衝撃を与えるようになってるのか……君は何ともなさそうだな」
 窓枠に何かあるのだろうかと同じ場所を触ったユランには何も起きていない。
「”僕” ”腕輪” ”ない”」
「そ、そうだな」
 単語の並べられた紙を見て、エルディは苦笑いした。正論である。腕輪をつけていない者が苛まれることはない。


「ってことは、君は出入り自由な訳か」
 エルディは考え込んだ。自由ならユランを脱出させるべきだと思う。
「もう日が落ちる。暗くなったら脱出して外部に連絡を。馬車には追跡班がついてた筈だから、近くに誰か味方がいる筈だ。俺の位置は騎士団が一時間ごとに把握してるから、追跡班以外にも来てるかもしれない」
 実際には、侯爵邸に運び込まれたとの情報を受けて本部を発った第一陣が既に到着して周辺に潜んでいる。神殿に強制捜査に向かうと同時に、侯爵邸に向けても第二陣が出発していて、間もなく到着予定だ。
「”あなたは?”」
「俺は腕輪の所為で出られないから、地下に入って被害者の居場所を確認しておく。俺の最優先任務は、被害者の確保だからな。そうだ、そのローブを貸してくれ、魔術師になりすませば少しは油断させられそうだ」
 ユランは首を振って、自分の胸をぽんぽんと叩いた。
「”僕” ”なりすます” ”あなた” ”連れていく”」
 ユランが魔術師になりすまして、エルディを連れて堂々と地下に乗り込もうということらしい。
「そんな大胆な……いや、悪くはないか」
 人を騙すには、大胆さも必要だ。
「じゃなくて、君は脱出しろって」
「”時間” ”ある”」
 まだ空は真っ赤に染まっているところなので、闇に包まれるまでには確かに時間はあるのだが。
「分かった、ちょっとだけだぞ。何かあったら全力で逃げろよ?」
 ユランは梃子でも動きそうにないし、エルディとしても、単独で突っ込むよりは心強いので、渋々折れた。




「囮役の姿が見えたのか?」
「はい、窓からちらりと。傍にもう一人いました。魔術師のローブ姿ですが、その場で囮役と何か話し込んでいます」
 侯爵邸の離れを見張っていた騎士団員が報告する。外から見られないようにと、エルディとユランは気を付けて移動していたが、先程腕輪が発動した時に窓の前で大きく動いたので見えたらしい。
「魔術師なら犯人の一人か、もしくは前の被害者か? 巻き込まれた男は魔術師じゃないよな?」
 犯人だとしたら話し込むとは思えないが。
「あの、発言してもいいでしょうか?」
 ちょうど到着した騎士団の第二陣に同行してきたカイが、聞こえてきた会話に、小さく手を上げた。ヴェイセルは神殿に残ったが、カイはユランの本人確認のためにこちらに回されてきている。
「ユランは魔法は使えないし、警備隊での登録は剣士です」
 剣技もまあまあだが、体術のほうが得意だ。
「まだ見えている、確認してくれ」
 報告に来ていた見張りの騎士団員が、カイの手を掴んで引っ張っていった。




「あのローブ姿の男、あれ、ユランだと思います」
 木の上に押し上げられ、見る場所を指示されたカイは、渡された遠眼鏡に目を当てた。ユランたちはちょうど移動し始めたところだ。
「体格はローブの所為でよく分からないけど、歩き方がユランです……良かった、普通に動いてる」
 体の線が出ないローブなので、背の高さくらいしか分からないが、足の運びは間違いなくユランだ。無事だったことに安堵する。
「階段を下りて行きました」
 ユランとエルディの姿が見えなくなったカイは、遠眼鏡を返して木から下りた。






「待て待て待て待て、落ち着けエイダール! それに付着しているのは囮役の血だから、そういう被害に遭ってたとしたらそっちだから! 魔力抑えろって! うっわ『防御壁ウォール』!」
 エイダールからだだ洩れた魔力が攻撃性を帯びたと感じた瞬間、イーレンは魔法壁を生成した。しかし一瞬で青みがかって霧散する。
「そうだな、まずはあの変態野郎に話を聞くべきだな」
 ふうっと息をついて魔力を抑えたエイダールだが、その顔には、ユランに手を出していたら殺す、と書いてある。
「終わりですね、あの男……」
 イーレンは、これは止められないと悟ったような顔で呟いた。


「大丈夫か?」
 盛大に凍り付いた部屋で呆然としていたヴェイセルは、一緒に護衛についていた騎士に声を掛けられて、我に返る。
「あ、ああ、大丈夫。びっくりしたけど」
 気が昂った中でも最低限の気遣いはあったのか、人間に被害はない。
「魔法って凄いんだな」
「あれは魔法じゃない。魔力が洩れていただけだ。それで空気まで凍らせるんだからとんでもない、と思う」
 イーレンの魔力は風属性なので、咄嗟に使える魔法は風魔法で、防御壁も空気で出来ていた。それが一瞬で凍り付いて霧散したのである。霧散したとはいえ、その防御壁のお陰で部屋が吹き飛ぶ事態は回避できた訳だが。
「よく分かんないけど、俺の感想としては……あの人に護衛必要だった?」
 俺たちの存在意義ってあった? と真顔で聞いてくるヴェイセルに、騎士は目を伏せる。
「……俺も同じことを思っていた」
「だよな!」
 今日が初対面の二人に、友情が芽生えた瞬間である。
「思うのは自由だが、仕事なんだからちゃんとついて行けよ」
 副騎士団長が、エイダールとイーレンが出て行った部屋の扉を指差した。
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