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76「お前もしかしなくても初心者だな!?」
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「あー、やっと戻れた、我が家だ」
日が沈んで暫くしてから、エイダールは帰宅した。最低限の打ち合わせだけのつもりだった研究所で、つい目についた書類を片付けたりしていたら遅くなった。
「お帰りなさい先生!」
夕方から、今か今かと待っていたユランが走って出迎える。
「食事にしますか、お風呂にしますか、それとも僕?」
「……………………」
新妻のような台詞を並べたユランに、エイダールは無言になる。
「ちょっと言ってみたかっただけじゃないですか」
「そんな台詞を言ってみたかった理由を述べよ。二十五文字以内で」
「一緒に暮らし始めて、初めてのお出迎えだったから?」
頑張って二十五文字以内に収めるユラン。
「だからって何で新婚気分になってんだよ、今までと変わらないだろ」
何を考えてるんだ、とエイダールは眉間を押さえた。
「そうなんですけど、先生が帰って来るのを待ってる間も落ち着かなかったというか、今日から新生活だ! みたいな気分になっちゃって」
自分でもよく分からないのだが、変に緊張して、無駄にそわそわしていた。
「それでどうしますか? 食事も風呂も用意できてますけど」
朝から張り切ってシチューを煮込んでいたユランである。
「食事にする。そのあと風呂に入って寝る」
「お、上がったのか。何か飲んどけよ」
食事を終え、ユランはエイダールと入れ替わりに風呂に入った。風呂上がり、エイダールが食卓の上に置いたランタンに、カスペルから受け取った腕輪をかざして眺めているのを見てしまう。
「先生、その腕輪って……婚姻の?」
銀の腕輪は、箱に入ったままずっと食卓の上に無造作に置かれていた。エイダールの結婚の話を意識の外に無理矢理追いやっていたユランは、見ないようにしていたのだが。
「ああ、婚姻の腕輪だ。細工は細かいし、はめ込まれてる石も一級品……さすがだな。こんなのすぐには用意できないから、随分前から準備して注文してたんだろうな」
感心、感心、と頷くエイダール。
「そうですか」
二人の関係はずっとずっと前からなのだと思い知らされるようで、ユランは泣きそうになる。
「結婚を諦めてないのは知ってたけど、ここにきて急展開だよな」
びっくりするよな、と笑いながら、エイダールは腕輪を箱に戻す。
「そうですね、急展開ですね、僕も本当にびっくりしました」
びっくりし過ぎて心臓が止まりかけた。
「先生、これ開けていいですか? 今日は飲みたい気分なので!」
ユランは、厨房にあった未開封の酒瓶を掴む。エイダールの家には、貰い物の酒が結構転がっていて、その中の一本である。
「別に構わないが飲み過ぎるなよ。それ、結構強いやつだぞ」
度数は高いのに口当たりがやわらかく、ぐいぐいいけてしまう大変危険な酒である。
「大丈夫です、僕、大人なので」
「せんせいぃ」
就寝しようとランタンの光量を落とし、ベッドに上りかけていたエイダールの許に、ユランがふらふらとした足取りで現れた。
「ユラン? 何か用か?」
「僕もここで寝るぅ」
エイダールの腰にがばっと抱きついて、ベッドに転がる。
「こら、狭いだろ、潜り込んでくるんじゃない、自分の部屋で寝ろって」
「やだ、ここがいい」
どこか必死な顔で、ぎゅうぎゅうと抱きついてくるユラン。
「なんだ、子供みたいになってるぞ、大人なんでとか言ってたのに。つか、お前酔ってんな?」
「酔ってません!」
酔っぱらいは大概そう言うのだ。
「いや、立派な酔っ払いだぞ、すげー酒臭い…………ちょ、顔近いって。んんっ」
伸びあがってきたユランに噛みつくように口付けられて、エイダールの体が強張る。
「ねえ先生、何で僕じゃないんですか? 先生の一番近くにいたの、僕なのに」
覆い被さるようにエイダールを組み敷いて、ユランはもう一度顔を寄せる。
「…………俺のほうが聞きたい。何の話だ、それから今、何をした」
反射的に魔法で吹っ飛ばしそうになり、それをやるとユランがただでは済まないのでぐっと堪えているうちに再度唇を奪われたエイダールは、動揺を隠すように大きく息を吸ってから、ゆっくりと尋ねた。
「キスしました」
「理由は」
「したかったから」
「したかったら何をしてもいいと思ってるのか」
誰もが好き勝手生きていては社会は成り立たない。不本意な性的接触は暴力だ。
「……思ってない、けど」
ユランの顔がくしゃりと歪む。
「弟枠の僕が、していいことじゃないのは分かってるけどっ」
ぐすっと鼻を啜る。
「枠なんて壊すためにあるんだからそこは気にしなくていい。こういうことはまず提案して同意を得てからにしろ。それから俺の上から退け」
「はい、ごめんなさい先生……」
ユランは素直に退いて、そのままぺたりと座り込み俯く。その膝に、ぽたりぽたりと涙が落ちた。
「もういいから泣くな。泣き上戸だったのか? 酒はほどほどにしとけよ。何なんだよまったく、人騒がせな奴だな……ほら、よしよし」
同じく座り直したエイダールは、ユランを抱き締めようとしたが、体の大きいユランを座ったままでは抱えられず、膝立ちして、あらためて背中に手を回す。
「もっと」
ユランもエイダールにしがみついて、首筋に顔を埋める。
「何がもっとだよ」
ふざけんなと文句を言いつつ、エイダールはしゃくりあげるユランの後頭部をそっと撫でた。
「落ち着いたか?」
呼吸が穏やかになってきたのを確認してエイダールが尋ねると、ユランは首筋に顔を埋めたままこくこくと頷いた。
「よし、じゃあもう眠れ」
恥ずかしくて顔が上げられないのだろうと無理に引きはがさずにいたら、首筋をぺろりと舐められた。
「……おいっ」
「先生、いい匂いがする」
幸せそうに匂いをかいで、エイダールの体をまさぐる。落ち込み状態から脱して、今度は高揚感に包まれているようだ。お酒怖い。
「お前は酒臭いけどな……」
犬がじゃれているようなものだろうと放置していると、背筋をなぞるように腰まで下りて行った指が、さらに下に進んでいく。
「こら、下着の中に手を突っ込むな」
放置できない状況に声を上げるが、ユランの武骨な指が、窪みを掠めるほうが早かった。
「どこ触ってんだ、汚いだろうっ」
ぞわりと、知らない感覚を覚えたエイダールは焦るが。
「ここ、あの人には許したんですか?」
構わず窪みの縁をなぞるように触れてくるユランの質問の意味が分からない。
「あの人って誰だよ、許すってなんだよ」
身を捩ってその手から逃れようとするが、より強く腰を掴まれて身動きが取れない。
「受け入れた経験があるかどうかってことですけど」
「ある訳ないだろ!! そこは出すところであって入れるところじゃ……ちょ、押し込むなっ」
つぷりと指先を窪みに埋めたユランはふわりと笑った。
「そっか、初めてなんだ、嬉しいな。先生、僕が先生の初めて貰っていいですか? いいですよね? えっと、これで同意を得たことになりますよね?」
提案しただけで同意は得ていないのだが、酔っ払い理論だと、得たことになったらしい。
「うわっ……ぐあっ」
エイダールは乱暴に体を引っ繰り返された。足首を強く掴まれて呻き声が洩れる。ぐっと引き寄せられて、耳元に熱い息がかかった。
「ふふっ、いただきます」
耳たぶを甘噛みされた。
「待て、同意してない! してないから!」
「細かいことは気にしない方向で行きましょう、大丈夫です」
ユランは全開の笑顔である。酔っ払い怖い。
「大丈夫じゃねえ、俺の人としての尊厳的にだめなやつ!!!!」
逃れようと足をばたつかせた拍子に、下着ごと下衣をずらされる。
「ええと、ここからどうすればいいんだっけ」
足の間に膝を入れて、伸し掛かるようにエイダールの体を固定したユランは、首を傾げながらもぞもぞと前を寛げた。
「お前もしかしなくても初心者だな!?」
大惨事の予感しかしなくて、エイダールは青褪める。酔っているのに、ユランのユランはとても元気だった。これも愛ゆえだろうか。
「先生のここに、僕のを……はあっ、どうしよう、興奮しすぎて心臓壊れそう」
動悸息切れが激しいのは半分は酒の所為なのだが、酒は思考能力も奪っていた。
「とにかく突っ込めばいいんだから、これをここに宛てて……」
実に適当に突っ込まれそうになったエイダールは。
「…………『睡眠』」
迷うことなく眠りの魔法を使った。
日が沈んで暫くしてから、エイダールは帰宅した。最低限の打ち合わせだけのつもりだった研究所で、つい目についた書類を片付けたりしていたら遅くなった。
「お帰りなさい先生!」
夕方から、今か今かと待っていたユランが走って出迎える。
「食事にしますか、お風呂にしますか、それとも僕?」
「……………………」
新妻のような台詞を並べたユランに、エイダールは無言になる。
「ちょっと言ってみたかっただけじゃないですか」
「そんな台詞を言ってみたかった理由を述べよ。二十五文字以内で」
「一緒に暮らし始めて、初めてのお出迎えだったから?」
頑張って二十五文字以内に収めるユラン。
「だからって何で新婚気分になってんだよ、今までと変わらないだろ」
何を考えてるんだ、とエイダールは眉間を押さえた。
「そうなんですけど、先生が帰って来るのを待ってる間も落ち着かなかったというか、今日から新生活だ! みたいな気分になっちゃって」
自分でもよく分からないのだが、変に緊張して、無駄にそわそわしていた。
「それでどうしますか? 食事も風呂も用意できてますけど」
朝から張り切ってシチューを煮込んでいたユランである。
「食事にする。そのあと風呂に入って寝る」
「お、上がったのか。何か飲んどけよ」
食事を終え、ユランはエイダールと入れ替わりに風呂に入った。風呂上がり、エイダールが食卓の上に置いたランタンに、カスペルから受け取った腕輪をかざして眺めているのを見てしまう。
「先生、その腕輪って……婚姻の?」
銀の腕輪は、箱に入ったままずっと食卓の上に無造作に置かれていた。エイダールの結婚の話を意識の外に無理矢理追いやっていたユランは、見ないようにしていたのだが。
「ああ、婚姻の腕輪だ。細工は細かいし、はめ込まれてる石も一級品……さすがだな。こんなのすぐには用意できないから、随分前から準備して注文してたんだろうな」
感心、感心、と頷くエイダール。
「そうですか」
二人の関係はずっとずっと前からなのだと思い知らされるようで、ユランは泣きそうになる。
「結婚を諦めてないのは知ってたけど、ここにきて急展開だよな」
びっくりするよな、と笑いながら、エイダールは腕輪を箱に戻す。
「そうですね、急展開ですね、僕も本当にびっくりしました」
びっくりし過ぎて心臓が止まりかけた。
「先生、これ開けていいですか? 今日は飲みたい気分なので!」
ユランは、厨房にあった未開封の酒瓶を掴む。エイダールの家には、貰い物の酒が結構転がっていて、その中の一本である。
「別に構わないが飲み過ぎるなよ。それ、結構強いやつだぞ」
度数は高いのに口当たりがやわらかく、ぐいぐいいけてしまう大変危険な酒である。
「大丈夫です、僕、大人なので」
「せんせいぃ」
就寝しようとランタンの光量を落とし、ベッドに上りかけていたエイダールの許に、ユランがふらふらとした足取りで現れた。
「ユラン? 何か用か?」
「僕もここで寝るぅ」
エイダールの腰にがばっと抱きついて、ベッドに転がる。
「こら、狭いだろ、潜り込んでくるんじゃない、自分の部屋で寝ろって」
「やだ、ここがいい」
どこか必死な顔で、ぎゅうぎゅうと抱きついてくるユラン。
「なんだ、子供みたいになってるぞ、大人なんでとか言ってたのに。つか、お前酔ってんな?」
「酔ってません!」
酔っぱらいは大概そう言うのだ。
「いや、立派な酔っ払いだぞ、すげー酒臭い…………ちょ、顔近いって。んんっ」
伸びあがってきたユランに噛みつくように口付けられて、エイダールの体が強張る。
「ねえ先生、何で僕じゃないんですか? 先生の一番近くにいたの、僕なのに」
覆い被さるようにエイダールを組み敷いて、ユランはもう一度顔を寄せる。
「…………俺のほうが聞きたい。何の話だ、それから今、何をした」
反射的に魔法で吹っ飛ばしそうになり、それをやるとユランがただでは済まないのでぐっと堪えているうちに再度唇を奪われたエイダールは、動揺を隠すように大きく息を吸ってから、ゆっくりと尋ねた。
「キスしました」
「理由は」
「したかったから」
「したかったら何をしてもいいと思ってるのか」
誰もが好き勝手生きていては社会は成り立たない。不本意な性的接触は暴力だ。
「……思ってない、けど」
ユランの顔がくしゃりと歪む。
「弟枠の僕が、していいことじゃないのは分かってるけどっ」
ぐすっと鼻を啜る。
「枠なんて壊すためにあるんだからそこは気にしなくていい。こういうことはまず提案して同意を得てからにしろ。それから俺の上から退け」
「はい、ごめんなさい先生……」
ユランは素直に退いて、そのままぺたりと座り込み俯く。その膝に、ぽたりぽたりと涙が落ちた。
「もういいから泣くな。泣き上戸だったのか? 酒はほどほどにしとけよ。何なんだよまったく、人騒がせな奴だな……ほら、よしよし」
同じく座り直したエイダールは、ユランを抱き締めようとしたが、体の大きいユランを座ったままでは抱えられず、膝立ちして、あらためて背中に手を回す。
「もっと」
ユランもエイダールにしがみついて、首筋に顔を埋める。
「何がもっとだよ」
ふざけんなと文句を言いつつ、エイダールはしゃくりあげるユランの後頭部をそっと撫でた。
「落ち着いたか?」
呼吸が穏やかになってきたのを確認してエイダールが尋ねると、ユランは首筋に顔を埋めたままこくこくと頷いた。
「よし、じゃあもう眠れ」
恥ずかしくて顔が上げられないのだろうと無理に引きはがさずにいたら、首筋をぺろりと舐められた。
「……おいっ」
「先生、いい匂いがする」
幸せそうに匂いをかいで、エイダールの体をまさぐる。落ち込み状態から脱して、今度は高揚感に包まれているようだ。お酒怖い。
「お前は酒臭いけどな……」
犬がじゃれているようなものだろうと放置していると、背筋をなぞるように腰まで下りて行った指が、さらに下に進んでいく。
「こら、下着の中に手を突っ込むな」
放置できない状況に声を上げるが、ユランの武骨な指が、窪みを掠めるほうが早かった。
「どこ触ってんだ、汚いだろうっ」
ぞわりと、知らない感覚を覚えたエイダールは焦るが。
「ここ、あの人には許したんですか?」
構わず窪みの縁をなぞるように触れてくるユランの質問の意味が分からない。
「あの人って誰だよ、許すってなんだよ」
身を捩ってその手から逃れようとするが、より強く腰を掴まれて身動きが取れない。
「受け入れた経験があるかどうかってことですけど」
「ある訳ないだろ!! そこは出すところであって入れるところじゃ……ちょ、押し込むなっ」
つぷりと指先を窪みに埋めたユランはふわりと笑った。
「そっか、初めてなんだ、嬉しいな。先生、僕が先生の初めて貰っていいですか? いいですよね? えっと、これで同意を得たことになりますよね?」
提案しただけで同意は得ていないのだが、酔っ払い理論だと、得たことになったらしい。
「うわっ……ぐあっ」
エイダールは乱暴に体を引っ繰り返された。足首を強く掴まれて呻き声が洩れる。ぐっと引き寄せられて、耳元に熱い息がかかった。
「ふふっ、いただきます」
耳たぶを甘噛みされた。
「待て、同意してない! してないから!」
「細かいことは気にしない方向で行きましょう、大丈夫です」
ユランは全開の笑顔である。酔っ払い怖い。
「大丈夫じゃねえ、俺の人としての尊厳的にだめなやつ!!!!」
逃れようと足をばたつかせた拍子に、下着ごと下衣をずらされる。
「ええと、ここからどうすればいいんだっけ」
足の間に膝を入れて、伸し掛かるようにエイダールの体を固定したユランは、首を傾げながらもぞもぞと前を寛げた。
「お前もしかしなくても初心者だな!?」
大惨事の予感しかしなくて、エイダールは青褪める。酔っているのに、ユランのユランはとても元気だった。これも愛ゆえだろうか。
「先生のここに、僕のを……はあっ、どうしよう、興奮しすぎて心臓壊れそう」
動悸息切れが激しいのは半分は酒の所為なのだが、酒は思考能力も奪っていた。
「とにかく突っ込めばいいんだから、これをここに宛てて……」
実に適当に突っ込まれそうになったエイダールは。
「…………『睡眠』」
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