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124「いきなり首根っこを掴まれて」
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「そういやそうだったな。よし、話せ」
そう言いながら、エイダールは深皿の彫り込み作業に戻った。作業しながら聞くつもりらしい。
「事件の顛末をって話だったが……と言ってもまだ捜査中だから途中経過になるが、何を知りたいんだ?」
情報量が多いので、カスペルはエイダールが知りたいことに絞って話すつもりである。
「関係者の処遇かな? あのちびっ子聖女が罪に問われるのかが気になってな」
年齢的に唆した周囲の大人が裁かれるべきだが、侯爵令嬢は鍵となる人物である。神聖力を持つ彼女が存在しなければ、そもそも事件が起こらなかった。
「侯爵令嬢は利用されただけの被害者ってことで無罪放免だな、表向きは」
「表向き?」
表があれば裏があるということである。
「第二王子殿下の婚約者候補から外された。侯爵家は取り潰しは免れそうだが、当主の引退は決まっている。今後、他と縁を繋ぐのも難しいだろう」
今回の事件のことは表には出ないが、突然の候補落選に当主の引退となれば何かがあったことは察せられる。
「侯爵夫人は離婚して、令嬢を連れて実家に戻るようだ。令嬢はまだ入院中だが」
「神聖力が安定しないって話だったな、まだ落ち着かないのか」
令嬢には力を無理矢理引き出すような人体実験が行われていたらしく、事件後、発作のように神聖力があふれ出して制御出来ず、入院したと聞いている。
「体調自体は日常生活を送る分には問題ない。発作が一度起こると抑え込むのに神官を呼ぶ必要があったが、今は西の大陸で調達してきた薬がよく効いているらしい。薬ですぐに症状を抑え込めるから、体力を維持できていると」
ジスカール卿に依頼して特別に手配してもらった薬である。
「神聖力を何とかするって、どんな薬なんだよ」
神聖力は光属性の魔力でもある。光属性は火、水、風、土の四属性よりも強いので、四属性のいずれかで抑え込む場合、量を揃えて力押しする必要がある。それほどの量の魔力を薬の形に落とし込むのは難しい筈なのだが。
「基本は魔力硬化症の薬で、作り手が闇属性だそうだ」
「闇属性? そんな魔術師が居るのか」
闇属性であれば光属性に対抗できるが、その魔力を持つものは希少である。
「ジスカール卿の友人に、闇属性の魔力持ちの魔術師が一人いて、俺の依頼を聞いてすぐに連絡を取ってくれた。その人が作る薬は魔力をすり抜けて効くらしい」
「他の属性だと馴染ませて浸透だが、すり抜けるのか」
エイダールも多少は魔法薬をかじっているが、初耳である。
「ああ。俺にはよく分からないが、魔力の相性が悪くて魔法薬の効きが悪かったり、反発が大きくて使えないって患者の最後の砦らしい。薬の受け渡しの時に顔を合わせたが、闇属性と言われても信じられないような、ふわっとした穏やかそうな人だったな」
「いや、別に属性で性格は決まらないからな……」
火属性なら性格が激しいというようなことはないし、逆もまた然りだ。
「まあそうなんだが……代わりといってはなんだが、一緒に来ていた夫人が銀髪の凄みのある美女だった。うちの子と同い年の男の子がいるそうで話が弾んだんだが」
俺も子供の話で盛り上がれるようになったんだ、とカスペルは御機嫌だが。
「うちの子ってお前、存在を知ったばかりのあの子のことか……名前なんだっけ」
薬を受け取ったのが帰国直前だったとしても、子供がいると知ってから一週間も経っていなかっただろうと、エイダールは呆れる。
「アレンだよ。それで、母親のエルトリアの話になったら、いきなり夫人に首根っこを掴まれて」
「は?」
話が弾んでいたというところからの展開がおかしい。
「『貴様がエルトリアの不義理な婚約者か!』と縊り殺されそうになった」
「………………………………えっと、夫人に?」
エイダールは、それだけを確認した。カスペルの不義理さはエルトリアの関係者には何をされてもおかしくないので置いておくとしても、そこそこの体格であるカスペルを貴族女性が素手で縊り殺しかけるというのは一体。
「そうだよ。夫人はエルトリアとは仲がいいらしくて、いろいろ相談にも乗っていたそうだ。二つ名持ちの魔術師だって話だけど……俺には魔法ではなく物理で攻撃してきて」
カスペルは、少しの間痣が残っていた、と思い出すように首を撫でる。
「二つ名持ちなら相当な腕前だろう。良かったな、魔法を使われなくて」
一般人が異称を持つような魔術師に本気で魔法を使われたら痣などでは済まない。
「それ、夫人の夫である闇属性の魔術師にも言われたけど、魔術師的にはそう考えるものなのか?」
夫の魔術師は一応仲裁してくれたが、妻を咎める風ではなく『首を絞められるだけで済んで良かったですね』という感想をくれた。
「そうだな、魔術師でも騎士でもないお前に合わせてくれたという点では、むしろ優しさを感じる」
エイダールはうんうんと頷く。魔法も使わず剣も使わず、素手という優しさ。
「俺は優しさで縊り殺されそうになったのか……」
カスペルは、納得がいかなかった。
そう言いながら、エイダールは深皿の彫り込み作業に戻った。作業しながら聞くつもりらしい。
「事件の顛末をって話だったが……と言ってもまだ捜査中だから途中経過になるが、何を知りたいんだ?」
情報量が多いので、カスペルはエイダールが知りたいことに絞って話すつもりである。
「関係者の処遇かな? あのちびっ子聖女が罪に問われるのかが気になってな」
年齢的に唆した周囲の大人が裁かれるべきだが、侯爵令嬢は鍵となる人物である。神聖力を持つ彼女が存在しなければ、そもそも事件が起こらなかった。
「侯爵令嬢は利用されただけの被害者ってことで無罪放免だな、表向きは」
「表向き?」
表があれば裏があるということである。
「第二王子殿下の婚約者候補から外された。侯爵家は取り潰しは免れそうだが、当主の引退は決まっている。今後、他と縁を繋ぐのも難しいだろう」
今回の事件のことは表には出ないが、突然の候補落選に当主の引退となれば何かがあったことは察せられる。
「侯爵夫人は離婚して、令嬢を連れて実家に戻るようだ。令嬢はまだ入院中だが」
「神聖力が安定しないって話だったな、まだ落ち着かないのか」
令嬢には力を無理矢理引き出すような人体実験が行われていたらしく、事件後、発作のように神聖力があふれ出して制御出来ず、入院したと聞いている。
「体調自体は日常生活を送る分には問題ない。発作が一度起こると抑え込むのに神官を呼ぶ必要があったが、今は西の大陸で調達してきた薬がよく効いているらしい。薬ですぐに症状を抑え込めるから、体力を維持できていると」
ジスカール卿に依頼して特別に手配してもらった薬である。
「神聖力を何とかするって、どんな薬なんだよ」
神聖力は光属性の魔力でもある。光属性は火、水、風、土の四属性よりも強いので、四属性のいずれかで抑え込む場合、量を揃えて力押しする必要がある。それほどの量の魔力を薬の形に落とし込むのは難しい筈なのだが。
「基本は魔力硬化症の薬で、作り手が闇属性だそうだ」
「闇属性? そんな魔術師が居るのか」
闇属性であれば光属性に対抗できるが、その魔力を持つものは希少である。
「ジスカール卿の友人に、闇属性の魔力持ちの魔術師が一人いて、俺の依頼を聞いてすぐに連絡を取ってくれた。その人が作る薬は魔力をすり抜けて効くらしい」
「他の属性だと馴染ませて浸透だが、すり抜けるのか」
エイダールも多少は魔法薬をかじっているが、初耳である。
「ああ。俺にはよく分からないが、魔力の相性が悪くて魔法薬の効きが悪かったり、反発が大きくて使えないって患者の最後の砦らしい。薬の受け渡しの時に顔を合わせたが、闇属性と言われても信じられないような、ふわっとした穏やかそうな人だったな」
「いや、別に属性で性格は決まらないからな……」
火属性なら性格が激しいというようなことはないし、逆もまた然りだ。
「まあそうなんだが……代わりといってはなんだが、一緒に来ていた夫人が銀髪の凄みのある美女だった。うちの子と同い年の男の子がいるそうで話が弾んだんだが」
俺も子供の話で盛り上がれるようになったんだ、とカスペルは御機嫌だが。
「うちの子ってお前、存在を知ったばかりのあの子のことか……名前なんだっけ」
薬を受け取ったのが帰国直前だったとしても、子供がいると知ってから一週間も経っていなかっただろうと、エイダールは呆れる。
「アレンだよ。それで、母親のエルトリアの話になったら、いきなり夫人に首根っこを掴まれて」
「は?」
話が弾んでいたというところからの展開がおかしい。
「『貴様がエルトリアの不義理な婚約者か!』と縊り殺されそうになった」
「………………………………えっと、夫人に?」
エイダールは、それだけを確認した。カスペルの不義理さはエルトリアの関係者には何をされてもおかしくないので置いておくとしても、そこそこの体格であるカスペルを貴族女性が素手で縊り殺しかけるというのは一体。
「そうだよ。夫人はエルトリアとは仲がいいらしくて、いろいろ相談にも乗っていたそうだ。二つ名持ちの魔術師だって話だけど……俺には魔法ではなく物理で攻撃してきて」
カスペルは、少しの間痣が残っていた、と思い出すように首を撫でる。
「二つ名持ちなら相当な腕前だろう。良かったな、魔法を使われなくて」
一般人が異称を持つような魔術師に本気で魔法を使われたら痣などでは済まない。
「それ、夫人の夫である闇属性の魔術師にも言われたけど、魔術師的にはそう考えるものなのか?」
夫の魔術師は一応仲裁してくれたが、妻を咎める風ではなく『首を絞められるだけで済んで良かったですね』という感想をくれた。
「そうだな、魔術師でも騎士でもないお前に合わせてくれたという点では、むしろ優しさを感じる」
エイダールはうんうんと頷く。魔法も使わず剣も使わず、素手という優しさ。
「俺は優しさで縊り殺されそうになったのか……」
カスペルは、納得がいかなかった。
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