ジェンダーレス男子は花を愛でる

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8✿葵の過去

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 男性はゆっくりと話を続ける。

「僕の大好きな子だった。台風が来ていたのに買い物に出掛けたと聞いて、僕は心配になって2人を迎えにいったんだ。」

(2人・・・ ?)

「ちょうどこの川沿いを走って来るのが見えて、声を掛けようとしたら・・・一瞬のことだった。ほんとに一瞬、時間が止まったかのようだった。」

 男性の声は少し震えていた。紫陽は何も言わずに黙って話を聞いている。

「増水した川の水が一気に押し寄せてきて、目の前にいた2人が巻き込まれるように流されていったんだ・・・。僕は慌てて助けようと必死に泳いで片方の手を掴んで川べりに引き上げた。そしてもう1人も助けようと泳ぎ出した瞬間、右脚に激痛が走ったんだ。それでも構わずになんとか泳ごうとしたんだけど・・・姿をッ・・・見失ってしまったんだ。必死に辺りを探したけど川の流れがだんだん早くなっていて、どうしても見つからなくて・・・。そうしているうちに僕も力尽きて、、、目を覚ますと病院のベッドにいた。」

 そこまで話終えると、男性は悔しそうに涙を流しながら握りしめた拳で右膝を叩いていた。

「幼馴染は双子だったんだ・・・。男女の双子で、僕が助けられたのは男の子の方。もちろん、僕にとっては二人とも大事な幼馴染みでどっちを助けたからどうって話じゃない。ただ二人とも救ってあげられてたら・・・僕が脚を怪我しなかったら・・・って。だけど、男の子の方はそうは思ってないみたいでね。」

「・・・葵、ですか?」

 紫陽の口から出た名前に男性は驚いた顔をして気まずそうに頷いた。


「そうか、だからさっき隣に座ったとき気まずそうにしていたんだね。葵の友達なのかな?・・・だとしたら、葵に悪いことをしてしまったな。今更だけど・・・この話は聞かなかったことにしてもらってもいいかな?」

 そう言われて、紫陽は黙って頷いた。

「・・・友達というか、クラスが同じだけでそこまで親しい訳じゃないので。でも、誰にも言いません!約束します。」

 紫陽のその言葉に安心したように男性は優しそうな顔で笑った。

「亡くなった双子の妹・・・すみれっていうんだけど、菫が亡くなってから葵はしばらくひきこもってたんだ。自分じゃなくて菫が助かるべきだったと・・・僕が菫を好きだったのも知っているから余計にそう思っているのかも。」

「もしかして、あの格好をしてるのって・・・」

 紫陽が聞こうとしたことがわかったのか男性はすぐにその問いかけに答えた。

「わからないんだ。元々、葵の母親は女の子の双子が欲しかったみたいで小さい頃から葵にもお揃いの服を着せていたし・・・でも流石に中学の制服は葵も男子制服だったんだ。それがいきなり高校は女子制服を着始めて・・・」 

「あの・・・それって、、お兄さん?的にその・・複雑じゃないんですか?」

 瓜ふたつの双子だったのなら、今の葵の姿はまさに亡くなった菫が高校生になった姿を再現しているようなものだ。自分の目の前で亡くなった・・・それも好きだった女の子の姿をそんな形で見て何も思わないはずがない。

「・・・高校の入学式から帰ってきた葵を初めて見たときは息が止まるかと思ったよ。霞が帰ってきたのかと・・・嬉しくて涙まで出てしまって、そんなはずないって頭ではわかっているのにね。」

「・・・・」

「でも、すぐに我に返って後悔した。葵が何とも言えない顔で僕を見て笑っていたんだ。違う!そうじゃないんだ、助けたのが葵だったことを僕は後悔してないよって、すぐに言おうとしたんだけどそれも何だか言い訳みたいで口に出来なくて・・・。」

 そういうことがあってから、葵の服装について触れることも霞の話題を出すことも出来なくなってしまったのだと男性は悲しそうに話した。

「おっと、、つい話し込んでしまったね。君に聞かなかったことにしてとか言っておきながら・・・ごめんね。昔から葵は他人と距離を置きがちだから君が葵のことを気に掛けてくれているみたいで少し嬉しくて・・・」

「あ、いや・・・俺も色々聞いてしまってすみませんでした。」

 別に気に掛けてなんか・・・と言いかけたのを飲み込んで、紫陽は軽くお辞儀をしてからゆっくりと立ち上がり帰ろうとした。すると急に思い立ったかのように男性に引き止められる。

「あ!君名前は?僕は工藤。工藤 孝介くどう こうすけっていうんだ!碧の隣の家に住んでる大学2年生。」

「・・・青凪です。青凪 紫陽あおなぎ しよう。」

「紫陽君か!名前まで格好いいんだね。ここで会ったのも何かの縁だし・・・もし迷惑でなければ連絡先を教えてもらってもいいかな?」

 色々と立ち入った話を聞いてしまった手前、申し出を断る訳にもいかず、紫陽は渋々連絡先を交換した。

「君と話せてよかったよ・・・ 葵のこと、よろしくね。」

 紫陽がその場を歩き出してから後ろで工藤さんがそう小さく呟いたのが聞こえていたけれど、紫陽は聞こえないふりをしていつの間にか日が暮れかけていた道を早足で帰っていった。


(だからなんで俺が・・・華園とは友達でも何でもないってのに。てか、あのとき手を繋いで見えたのは工藤さんの脚を気遣ってただけか。まぁ俺には関係ないけど?関係ないのに、、、どうしてアイツの話を聞いてしまったんだ・・・はぁ。。)

 家に帰ってベッドになだれ込んだ紫陽は、全く勉強する気にはなれなかった。工藤さんに聞いてしまった葵の話が頭の中をグルグルして・・・その日の夜は一睡も出来ずに朝が来た。

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