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本編
8.夜が明けて
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エステファニアが眠気に耐えるために窓の外の景色を隅々まで眺めていると、東の空が明らんできた。
シモンを起こしてしまうだろうと慌ててカーテンを閉める。しかし振り向くと、シモンが体を起こすところだった。
「起こしてしまいました?」
問いかけると、シモンは少しの間カーテン越しの日光を眩しそうに眺めてから、いつもの笑みを浮かべた。
「……いいえ。いつも日の出と共に起きていますので、エステファニア様の所為ではございませんよ」
「……そう。では、開けますわね」
エステファニアがカーテンを開けると、朝日が部屋の中を明るく照らした。
「ありがとうございます。ずっと、起きてたんですか?」
「ええ」
「……では、わたくしは早く退散するとしますか。眠いでしょう?」
「急がなくても結構ですわ。自分の部屋で寝ますので」
シモンも自由に出入りできるここで寝てしまったら、一晩耐えた意味がない。ロブレに来た時からあてがわれている自室で昼寝をするつもりだった。
エステファニアの返事に、シモンは笑ったまま眉を下げる。
「そうですか。それは、早く側室を見つけないといけませんね。不便でしょう」
「ええ、よろしくお願いしますわ」
「早く快適に眠っていただけるよう、尽力します」
「ふふっ」
起き抜けでも崩れない表情と態度に笑ってしまった。ここまでくればもう、見事としか言いようがない。
突然笑ったエステファニアに、シモンは首を傾げる。
「いえ。なんでもありませんわ」
心を許したわけではないが、エステファニアはシモンのことをそれなりに気に入った。
ロブレごときの王太子と侮っていたが、彼はなかなかの器の持ち主のようだ。
神が神託によって皇女のエステファニアをロブレに嫁がせたと言うことは、この縁によって、いずれロブレの存在が帝国の助けになるということだ。
それがいつになるのかは分からないが、正直今のロブレの国力を考えると、とてもそんな未来が来るとは思えなかった。
けれど、帝国の貴族社会でも充分に通用するようなシモンの姿を見ていると、たしかにそんな未来もありえるのではないかと、ほんの少しだが思わされるものがあった。
「もう部屋に戻ってもよろしいでしょうか?」
「ええ。お疲れ様でした。どうぞごゆっくりお休みください」
笑うシモンに見送られて部屋を出る。
扉のそばで、シモンとエステファニアの侍従が待っていた。それ以外にも、文官なのかなんなのか分からないが、廊下を歩いている人が何人かいる。
エステファニアは、自分付きの侍女に言った。
「わたくしは少し疲れたので、自室で休みますわ」
そう言って歩き出すと、エステファニアを待っていた侍女たちがあとをついてくる。
――このくらいは、協力してあげても良いかしら。初夜は上手くいったようだとでも噂が流れると良いですけれど……どうかしらね。
*
それから一週間、エステファニアはシモンと同じ寝室で過ごした。
しかしもちろん共にベッドに入ることはなく、エステファニアは眠っていない。
持ち込んだ本を読んだり刺繍などで暇を潰し、その間、眠っているシモンが起きることはなかった。
そして夜眠れない代わりに、公務がない時間は自室で昼寝をする生活を送っていた。
今は嫁いできたばかりで、公務といっても、結婚式後の晩餐会に出席できなかった貴族と顔合わせの挨拶をするくらいだからだ。
だが、いつまでもこんな生活はできないだろう。
「側室のほうはどうなんですの?」
夜、寝室でいつものように寝る前の紅茶を飲むシモンの向かいに座って、エステファニアは問いかけた。
「候補は何人か上がっているのですが、まだ身元の確認に時間がかかっておりまして。申し訳ございません」
「そう……」
まだ一週間だし、それはそうだろう、と溜息をついた。早くてもひと月ほどはかかるだろうか。
いくら昼寝をしていても、やはり夜にぐっすり眠れない所為で、最近はお肌の調子も悪い。
たまには別の寝室で寝ても良いのではないかと言いたくなるが、この新婚の時期に別々で寝ているという話が広まるのは、避けた方が良いのだろう。
今のところ、昼間に眠そうなエステファニアを都合良く解釈して、たいそう夜が盛り上がっているようだという見方をする人々もいるのだ。
せっかくそんな勘違いをしている人がいるのだから、わざわざ不仲説が流れるような行動はしたくない。
ちなみにこの部屋を掃除するのはシモンや国王が特に信頼している侍従たちのため、まったく共寝の痕跡がなくとも、それを外に漏らすような者はいなかった。
シモンが空になったティーカップに紅茶を注ぎ、また飲み始める。
毎回同じものを飲んでいるので一昨日くらいに何なのか聞いたのだが、あれは眠りを助けるハーブティーらしい。
朝早く起きるから、短い時間でもぐっすり眠れるように飲んでいるそうだ。
やはり勧められた時に飲まなくて良かったと思うが、エステファニアは眠れぬ夜を過ごしているのに、あんなお茶まで飲んですやすやと眠るシモンを腹立たしくも思う。
――清い関係を望んだのはこちらですから、仕様がないのですけれど。
エステファニアも馬鹿ではない。感情的には思うところがあるけれども、それをシモンにぶつけるのはお門違いだというのは分かっているのだ。
そもそもは、結婚はするのに交わりたくない、というわがままの所為なのだから。
シモンを起こしてしまうだろうと慌ててカーテンを閉める。しかし振り向くと、シモンが体を起こすところだった。
「起こしてしまいました?」
問いかけると、シモンは少しの間カーテン越しの日光を眩しそうに眺めてから、いつもの笑みを浮かべた。
「……いいえ。いつも日の出と共に起きていますので、エステファニア様の所為ではございませんよ」
「……そう。では、開けますわね」
エステファニアがカーテンを開けると、朝日が部屋の中を明るく照らした。
「ありがとうございます。ずっと、起きてたんですか?」
「ええ」
「……では、わたくしは早く退散するとしますか。眠いでしょう?」
「急がなくても結構ですわ。自分の部屋で寝ますので」
シモンも自由に出入りできるここで寝てしまったら、一晩耐えた意味がない。ロブレに来た時からあてがわれている自室で昼寝をするつもりだった。
エステファニアの返事に、シモンは笑ったまま眉を下げる。
「そうですか。それは、早く側室を見つけないといけませんね。不便でしょう」
「ええ、よろしくお願いしますわ」
「早く快適に眠っていただけるよう、尽力します」
「ふふっ」
起き抜けでも崩れない表情と態度に笑ってしまった。ここまでくればもう、見事としか言いようがない。
突然笑ったエステファニアに、シモンは首を傾げる。
「いえ。なんでもありませんわ」
心を許したわけではないが、エステファニアはシモンのことをそれなりに気に入った。
ロブレごときの王太子と侮っていたが、彼はなかなかの器の持ち主のようだ。
神が神託によって皇女のエステファニアをロブレに嫁がせたと言うことは、この縁によって、いずれロブレの存在が帝国の助けになるということだ。
それがいつになるのかは分からないが、正直今のロブレの国力を考えると、とてもそんな未来が来るとは思えなかった。
けれど、帝国の貴族社会でも充分に通用するようなシモンの姿を見ていると、たしかにそんな未来もありえるのではないかと、ほんの少しだが思わされるものがあった。
「もう部屋に戻ってもよろしいでしょうか?」
「ええ。お疲れ様でした。どうぞごゆっくりお休みください」
笑うシモンに見送られて部屋を出る。
扉のそばで、シモンとエステファニアの侍従が待っていた。それ以外にも、文官なのかなんなのか分からないが、廊下を歩いている人が何人かいる。
エステファニアは、自分付きの侍女に言った。
「わたくしは少し疲れたので、自室で休みますわ」
そう言って歩き出すと、エステファニアを待っていた侍女たちがあとをついてくる。
――このくらいは、協力してあげても良いかしら。初夜は上手くいったようだとでも噂が流れると良いですけれど……どうかしらね。
*
それから一週間、エステファニアはシモンと同じ寝室で過ごした。
しかしもちろん共にベッドに入ることはなく、エステファニアは眠っていない。
持ち込んだ本を読んだり刺繍などで暇を潰し、その間、眠っているシモンが起きることはなかった。
そして夜眠れない代わりに、公務がない時間は自室で昼寝をする生活を送っていた。
今は嫁いできたばかりで、公務といっても、結婚式後の晩餐会に出席できなかった貴族と顔合わせの挨拶をするくらいだからだ。
だが、いつまでもこんな生活はできないだろう。
「側室のほうはどうなんですの?」
夜、寝室でいつものように寝る前の紅茶を飲むシモンの向かいに座って、エステファニアは問いかけた。
「候補は何人か上がっているのですが、まだ身元の確認に時間がかかっておりまして。申し訳ございません」
「そう……」
まだ一週間だし、それはそうだろう、と溜息をついた。早くてもひと月ほどはかかるだろうか。
いくら昼寝をしていても、やはり夜にぐっすり眠れない所為で、最近はお肌の調子も悪い。
たまには別の寝室で寝ても良いのではないかと言いたくなるが、この新婚の時期に別々で寝ているという話が広まるのは、避けた方が良いのだろう。
今のところ、昼間に眠そうなエステファニアを都合良く解釈して、たいそう夜が盛り上がっているようだという見方をする人々もいるのだ。
せっかくそんな勘違いをしている人がいるのだから、わざわざ不仲説が流れるような行動はしたくない。
ちなみにこの部屋を掃除するのはシモンや国王が特に信頼している侍従たちのため、まったく共寝の痕跡がなくとも、それを外に漏らすような者はいなかった。
シモンが空になったティーカップに紅茶を注ぎ、また飲み始める。
毎回同じものを飲んでいるので一昨日くらいに何なのか聞いたのだが、あれは眠りを助けるハーブティーらしい。
朝早く起きるから、短い時間でもぐっすり眠れるように飲んでいるそうだ。
やはり勧められた時に飲まなくて良かったと思うが、エステファニアは眠れぬ夜を過ごしているのに、あんなお茶まで飲んですやすやと眠るシモンを腹立たしくも思う。
――清い関係を望んだのはこちらですから、仕様がないのですけれど。
エステファニアも馬鹿ではない。感情的には思うところがあるけれども、それをシモンにぶつけるのはお門違いだというのは分かっているのだ。
そもそもは、結婚はするのに交わりたくない、というわがままの所為なのだから。
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