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本編
9.静かな戦い
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「そういえば、今日も軍服を着てどこかへ行っていらしたけれど、何をしているのです?」
「……気にしてくださっていたのですね。嬉しいです」
シモンが笑みを更に深くした。
エステファニアはこれ見よがしに眉を寄せたが、シモンの表情は変わらなかった。
初めて会ったときからそうなのだが、彼はこうやって、エステファニアに気があるような素振りを見せる。
――いつまで続くか、見ものですわね。
どうせエステファニアを口説き落として、本当に帝国の血を引いた子供が欲しいだけだろう。
彼のこの態度がいつ崩れるのかというのが、一番の関心事だった。
「別に、わたくしもいずれあなたと一緒に公務にあたることもあるのでしょうから、どういう仕事をなさっているのか気になっただけですわ」
「そうですか。ですが、わたしが軍服を着ている時の仕事は、あなた様に関わってもらうことはありませんよ。あれは衣装として着ているのではなく、まさに軍に関わる仕事をしているので」
嫁いだ身とはいえ、元々は帝国の人間だ。特に軍事関係の情報は、制限されるだろう。
それは理解できるし、別に良いのだが……。
「……戦の準備でもしているんですの? ほとんど毎日行っているではないですか」
貴い身分の者は、魔術を扱える者がほとんどだ。
魔術は戦において重要な戦力になるため、女性が魔術教育を受けることはほとんどないが、男性は幼少のころから魔術師としての教育を受け、軍人の側面を持つ。
だからシモンがそういう仕事をするのは至極真っ当なことなのだが、頻度が問題だった。
魔術師である以上、軍と無関係ではいられないが、平時はそう関わりを持たない。
時折合同演習を行うことはあるだろうが、今のシモンを見ていると、それこそ戦中か、戦争に備えているような頻度だった。
「……なんて、わたくしには言えませんわよね」
気になって聞いてはみたものの、それこそ他国出身のエステファニアには伝えられない情報だろう。
「そうですね。……ただ、言えることとしては……」
シモンがティーカップを置いて言葉を続けたので、エステファニアは伏せていた目を向けた。
「実は、帝国から縁談をいただく少し前に、今まで見たことのない鉱石が発掘されまして。それの研究をしているので、今は忙しいのです」
「……多才なのですね」
「そうでしょうか。あなた様にそう言っていただけると、自信になります」
研究など、それこそ研究者や技術者にやらせておくようなものなのに、王太子自ら関わるとは。
ここで過ごしているうちに、様々な人がシモンに信頼を、あるいは期待をしていることは感じていた。
――多才な王太子に、神託の前に見つかったという鉱石……。ロブレが帝国の助けになるのは、案外近い未来なのかしら。
もちろん、鉱石の発掘と神託のタイミングが近かったのはたまたまだった可能性もある。
ただ、関連があると考えてしまうのもまた自然なことだろう。
「それが終わりましたら、もしよろしければ帝国に研究を依頼してみては? 彼らの発想と技術は保証いたしますわ」
やはり人の質も設備も、帝国のほうが圧倒的だ。
ロブレにとっても、悩みはするだろうが悪い提案ではないだろう。
「ええ。もちろんあれがどういったものなのか解明されてからの判断になりますが、是非。エステファニア様が結んでくださった帝国との御縁を、わたくしも王も大切にしたいと思っておりますから」
「ふふ。良い心掛けですわね。お話の分かる方が夫で有難いですわ」
「そう言っていただけて嬉しいです。あなた様に相応しい男になれるよう、励んでおりますから」
「まあ。光栄ですわ」
二人で笑い合ったが、少なくともエステファニアは心からの笑みではなかったし、おそらくシモンもそうだろう。
エステファニアのやわらかくも傲慢な物言いに笑みを崩さないどころか、こんな返しを言えるとは。
シモンの顔を崩せなかったことをつまらなく思う一方、面白くもあった。
「それでは、わたくしはそろそろ眠らせていただきます。エステファニア様も、ご無理はなさらないよう」
「ふふ。早く側室が来てくだされば、無理も減るのですが」
「なるべく早く用意できるよう尽力しておりますので、しばしお待ちください」
「ええ。よろしくお願いしますわ」
二人でにこにこと笑いながら挨拶をし、シモンは天井の明かりを消してベッドに入った。
ちなみに初日からずっと端に寄っていて、いつでもエステファニアが入れるようになっていた。
シモンが寝息をたてはじめると、エステファニアは抑えきれない笑みを浮かべたまま、ランプを点けて本を開いた。
この、シモンの取り繕った態度を崩そうとする静かな戦いを、エステファニアは気に入ってしまっているのだった。
「……気にしてくださっていたのですね。嬉しいです」
シモンが笑みを更に深くした。
エステファニアはこれ見よがしに眉を寄せたが、シモンの表情は変わらなかった。
初めて会ったときからそうなのだが、彼はこうやって、エステファニアに気があるような素振りを見せる。
――いつまで続くか、見ものですわね。
どうせエステファニアを口説き落として、本当に帝国の血を引いた子供が欲しいだけだろう。
彼のこの態度がいつ崩れるのかというのが、一番の関心事だった。
「別に、わたくしもいずれあなたと一緒に公務にあたることもあるのでしょうから、どういう仕事をなさっているのか気になっただけですわ」
「そうですか。ですが、わたしが軍服を着ている時の仕事は、あなた様に関わってもらうことはありませんよ。あれは衣装として着ているのではなく、まさに軍に関わる仕事をしているので」
嫁いだ身とはいえ、元々は帝国の人間だ。特に軍事関係の情報は、制限されるだろう。
それは理解できるし、別に良いのだが……。
「……戦の準備でもしているんですの? ほとんど毎日行っているではないですか」
貴い身分の者は、魔術を扱える者がほとんどだ。
魔術は戦において重要な戦力になるため、女性が魔術教育を受けることはほとんどないが、男性は幼少のころから魔術師としての教育を受け、軍人の側面を持つ。
だからシモンがそういう仕事をするのは至極真っ当なことなのだが、頻度が問題だった。
魔術師である以上、軍と無関係ではいられないが、平時はそう関わりを持たない。
時折合同演習を行うことはあるだろうが、今のシモンを見ていると、それこそ戦中か、戦争に備えているような頻度だった。
「……なんて、わたくしには言えませんわよね」
気になって聞いてはみたものの、それこそ他国出身のエステファニアには伝えられない情報だろう。
「そうですね。……ただ、言えることとしては……」
シモンがティーカップを置いて言葉を続けたので、エステファニアは伏せていた目を向けた。
「実は、帝国から縁談をいただく少し前に、今まで見たことのない鉱石が発掘されまして。それの研究をしているので、今は忙しいのです」
「……多才なのですね」
「そうでしょうか。あなた様にそう言っていただけると、自信になります」
研究など、それこそ研究者や技術者にやらせておくようなものなのに、王太子自ら関わるとは。
ここで過ごしているうちに、様々な人がシモンに信頼を、あるいは期待をしていることは感じていた。
――多才な王太子に、神託の前に見つかったという鉱石……。ロブレが帝国の助けになるのは、案外近い未来なのかしら。
もちろん、鉱石の発掘と神託のタイミングが近かったのはたまたまだった可能性もある。
ただ、関連があると考えてしまうのもまた自然なことだろう。
「それが終わりましたら、もしよろしければ帝国に研究を依頼してみては? 彼らの発想と技術は保証いたしますわ」
やはり人の質も設備も、帝国のほうが圧倒的だ。
ロブレにとっても、悩みはするだろうが悪い提案ではないだろう。
「ええ。もちろんあれがどういったものなのか解明されてからの判断になりますが、是非。エステファニア様が結んでくださった帝国との御縁を、わたくしも王も大切にしたいと思っておりますから」
「ふふ。良い心掛けですわね。お話の分かる方が夫で有難いですわ」
「そう言っていただけて嬉しいです。あなた様に相応しい男になれるよう、励んでおりますから」
「まあ。光栄ですわ」
二人で笑い合ったが、少なくともエステファニアは心からの笑みではなかったし、おそらくシモンもそうだろう。
エステファニアのやわらかくも傲慢な物言いに笑みを崩さないどころか、こんな返しを言えるとは。
シモンの顔を崩せなかったことをつまらなく思う一方、面白くもあった。
「それでは、わたくしはそろそろ眠らせていただきます。エステファニア様も、ご無理はなさらないよう」
「ふふ。早く側室が来てくだされば、無理も減るのですが」
「なるべく早く用意できるよう尽力しておりますので、しばしお待ちください」
「ええ。よろしくお願いしますわ」
二人でにこにこと笑いながら挨拶をし、シモンは天井の明かりを消してベッドに入った。
ちなみに初日からずっと端に寄っていて、いつでもエステファニアが入れるようになっていた。
シモンが寝息をたてはじめると、エステファニアは抑えきれない笑みを浮かべたまま、ランプを点けて本を開いた。
この、シモンの取り繕った態度を崩そうとする静かな戦いを、エステファニアは気に入ってしまっているのだった。
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