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41話 水分

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「――もうすぐです、もうすぐですよー」
「……」

 歌うような口調の美声が、水分の如く全身に染み渡っていくかのようだった。

 俺は……生きていたのか。さすがにもうダメだとばかり思っていたが……。やがて視界がぼんやりとではあるが段々と見えるようになっていく。……まぶしい。ここはダンジョンじゃないな。明らかに外だ……。

 ……そうだ、見覚えがある。パーティー宿舎から山麓の町まで下ってきた道だ。今そこを登って帰るところなんだ。

「大丈夫ですからねぇー……」
「……」

 コレットの声に返事をしたいが、どうしても返せない。

 どういうわけか意識はあるのに体が微動だにせず、声すら出せなかった。しばらくして、彼女の荒い息遣いがはっきりと聞こえるようになる。まさか……コレットは俺を負ぶってダンジョンから脱出したあと、ずっと宿舎への坂道を登っていたのか? 足首を痛めているのに……。

「……私が……私が命を賭けてもカレルさんを無事に帰してみせます……ふふっ……」
「……」

 ……笑ってる? そんな余裕なんてないはずだし、そもそもそういう感じの台詞じゃなかったが……コレットのやつ、なんか様子がおかしいな……。

「……私が……私がいけないんです。あのときカレルさんの名前を言ってしまったから、それで……」
「……」

 一転してコレットの口調がどんよりと曇っていく。やっぱり変だ……っていうか、違う、違うぞ。お前のせいなわけがない。早く彼女にそう言ってあげたいのに声が出ない。言葉を伝えられない。こんなにすぐ側にいるのに、俺は歯痒くて仕方なかった……。

「……でも、大丈夫です。カレルさんにもし何かあればすぐ一緒にお墓に入りますから、寂しくありません。これからもずっと一緒です……」
「……」

 やめろ、やめてくれコレット。どこまでも明るくて天真爛漫なお前にそんな悲しい台詞は絶対似合わない……。どんなときでも頑なに涙を見せようとはしなかったお前を泣かせてしまったこと、そしてこんなにも不釣り合いな台詞を言わせてしまったこと……そのどれもが俺にとってこうも耐えがたく響いてくるなんて思いもしなかった……。

 早くこのどうしようもない状態を元に戻してコレットを安心させてやりたい。なのに動くことも、声を出すこともままならないのだから、相当なダメージを負ってしまっているということだ。力もないくせにあいつらと対峙してしまった自分の軽率さが改めて情けなくなる。戻せるなら時間を戻したい……。

「うふっ、ふふふっ……」
「……」

 このままだとコレットの精神状態が本当におかしくなってしまうかもしれない。早く声をかけてやりたい、早く……。

 それでも、願望とは逆に意識が朦朧としてくるから困る。一度は良くなったように見えたんだがな……俺はかなりヤバイ状態になってて、意識を回復したこと自体奇跡ってことなんだろうか……。

「――カレルさん、覚えてますか? あの日のこと……」
「……」
「独りぼっちで波を見つめていたとき、海に沈んでいくカレルさんを見つけて、無我夢中で砂浜を走って……それで引き上げたんですけど、もうダメだと思ってたところで息を吹き返したんですよ。それであのとき、私嬉しさのあまり泣いてたんです。すぐにごまかしましたけど、本当は凄く泣き虫で――」
「――……知ってる……」

 ……やっと、やっとだ。ようやく声を出すことができた……。

「……ですよね……えっ……?」
「……ごめんな、コレット。もう二度と、こんな辛い思いはさせないから……」
「……絶対……ですよ……?」

 コレットはしばらく俺の胸の中で嗚咽していた。この子に二度も命を助けられたんだ。だから、今度は俺が彼女に対して恩返しをする番だ……。
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