転移術士の成り上がり

名無し

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三六段 俺たちはただ浮いただけの状態になった

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「――《テレキネシス》!」

 十三階層に到着し、早速弟子のラユルにモグラ叩きを始めさせたわけだが、最早モグラ潰しといってよかった。それくらい彼女の魔法は強度を増していて、自分の弟子ながら見ていて恐ろしくなるほどだった。ほんわかとした見た目とは反して威力が狂暴すぎる。

「ラユル、凄いぞ」
「えへへっ。師匠のおかげです! でもでも、これだけ倒してるのにボスさん全然現れないですねぇ」
「……そういやそうだな」

 確かに、この様子ならすぐボスも現れるだろうなんて思って見てたが、ラユルの言う通り全然出てこないな。もしかしたら、もうどこかで出現してるのかもしれない。

 同じ階層内でボスが複数同時に出現するということはなくて、現れたあとで倒されるか、あるいは制限時間が過ぎるかで消失し、その時点でより早くモンスターを一定数倒してフラグを立てていたパーティーの元に現れるという仕組みなんだ。

『シギル兄さん、悲鳴』
『悲鳴?』
『うん。奥のほう』

 まさか、パーティーがボスの前に決壊したのか。それにしてもリセスはよく悲鳴なんて聞こえたな。同じ耳なのに、俺にはわからなかった。十一階層でラユルを発見したときもそうだったが、殺し屋っていうのはそれだけ色んな感覚が研ぎ澄まされてるってことなんだろう……。

「ラユル、向こうのほうでパーティーが決壊したみたいだ。行くぞ」
「ええっ!? そ、それって……」
「ああ、決壊したってことは激怒バーサク状態なのかもな。それでも待つよりはいい」

 危険ではあるが、あの卑劣なコンビのように誰かがわざとボスを怒らせて決壊させた可能性もあるし、不愉快な存在を黙って放置するのは性に合わない。

「凄いっ! 激怒状態のボス相手でもパーティーを助けるために立ち向かうなんて……さすがは私の師匠ぉ! 今夜抱いてください……!」
「……こらっ。もうマセガキは置いてくぞ」
「あうっ……待ってくださいぃ!」

《微小転移》を使う俺に対して、《テレキネシス》でぴたりとついてくるラユル。おいおい、こりゃ凄いな、と思ったらいきなりバランスを崩して岩にぶつかり、そのまま下にいっぱいある穴の一つに落ちてしまった。やはりそこはノーコンなんだな……。



 ◆◆◆



「――くっ、来るなあぁぁ! ここは危険だっ……!」

 魂を揺さぶるような光景に対し、俺たちはただ浮いただけの状態になった。

 胴体や顔が空洞になった無残な遺体が散らばる中、長髪の聖騎士クルセイダーの男が蹲り、俺たちが来るのを制止していた。

 彼が唯一生き残っている理由は《ホーリーガード》で物理攻撃を無効化しているからだということはわかるが、肝心のボスの姿が見えない。おそらく、地中から突き上げるようにして攻撃しているんだろう。

 それにしても、よくこのボス相手に物理攻撃を当てて激怒させることができたもんだ。見た感じ、弓道士アーチャーらしき遺体もないのに……。ってことは、やはり別のパーティーから妨害を受けた可能性が高そうだな。

「《ホーリーガード》……!」
「は、早く助けなきゃです、師匠ぉ!」
「ああ」

 おそらくあの聖騎士が《ホーリーガード》を使えるのはこれが最後だと思えるほど、声に力がなかった。急がなければ。ラユルとともに浮いた状態で男のほうに向かっていく。

『……シギル兄さん、もうすぐ死ぬよ、あの人』
『……リセス?』

 苦しそうに蹲ってはいるものの、見た感じ死ぬほどのダメージは受けてないように見えるけどな。近付けば近づくほど、それがよくわかる。

『……あれかな、サクリファイスで味方のダメージを肩代わりしてて、見た目以上に弱ってるってこと?』
『それもあるけど、顔にまったく力を感じないから、もう気力だけだと思う。もうすぐ死ぬ人って、大体表情でわかるの』
『……』

 殺し屋のレイドが言うんだから間違いなさそうだな。折角助けようと思ったのに、残念だ。ただ、話だけは聞きたい。一体ここで何が起こったのか……。

「――おい、しっかりしろ!」

 というわけで、聖騎士の男を抱えると高く浮いた。装備のせいもあるが、かなり重い……。

「うぐっ……俺はもうダメだ。それより、逃げろ……。ここは、危険だ……」
「もう大丈夫だ。地面からは離れてるからな」

 激怒状態でも、ここのボス相手なら高く浮いてさえいれば安全だという情報は入っている。

「あ、あんたたちは転移術士テレポーターなのか……。珍しいな……がはあっ……!」
「わわっ……」

 ラユルが怯むほどに、地面に向かって大量の血を吐き出す聖騎士の男。なるほど、リセスの言う通りだな。内臓をかなりやられてしまっているようだ。これじゃあもう……。

『――キュイイィィィンッ!』

 うわ、でかい角を持った真っ赤なモグラが地面から勢いよく出てきたと思ったら、すぐにまた地中へと潜っていった。

 おいおい……なんて速さだ。激怒状態になったことで角もやたらと成長してる。姿を認識したときには既に土の中へ入ろうとしていた。あの機敏さは激怒したスチームバット以上だな。

「……このまま……引き下がることだ、危険だ……はぁ、はぁ……」
「もう喋るな。やつは俺たちが倒す」
「はい、私たち夫婦が倒しますっ!」
「……なっ……」

 聖騎士の男は、弱った状態でもすぐわかるほど顔と声で驚きを表現していた。そりゃそうだろう。夫婦なのは明らかな冗談だとわかるとして、転移術士が、それもペアで激怒したコルヌモールを倒すなんて聞いたこともないだろうし……。
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