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三七段 一度貼られたレッテルは簡単に剥がせはしない
しおりを挟む「やつを誘い出そう。俺がやるからラユルはこの男を抱えててくれ」
「はい!」
まず《念視》で激怒状態のボスの体を見る必要がある。というわけで、地面に降り立ってやつが接近してくるのを待つことにした。
「……何をしている。危険だ。止めろ……」
「大丈夫――」
足元に振動が伝わってくるのがわかり、《テレキネシス》で飛び上がったときには、俺の足は脛の骨が見えるほど抉れていた。かなり慎重になってすぐ飛んだつもりだが、それでも間に合わなかった。向かってくるスピードが、徐々に上昇していたのが途中から一気に跳ね上がったように感じた。尋常じゃない加速力だ……。
「し、師匠おぉ!」
「――《微小転移》!」
眩暈がするほどの痛みと吐き気を感じたが、咄嗟に自分の肩、腿、腹の肉と皮の一部を移植する。痺れはまだ残っているがあっという間に元通りだ。
「さすがは私だけの師匠ぉ!」
「……あ、あんた、今一体何を……」
「転移術による手術みたいなもんさ」
「……転移術士にこのようなスキルがあるとは、驚きだ……うぐっ……」
「いいからもう喋るな」
「そうです、ダメですよ!」
「俺はどのみち、もう……」
「お前にはまだ聞きたいことがあるんだ。余力を残していてくれ」
「……わかった」
ここで死なれたら困るからな。
《念視》で確認してみたが、生きてるのが不思議なくらい損傷が激しかった。出血の量も半端じゃないし急がねば……。再び地面に降り立ってボスを待つ。さっきの接触で足を抉られた際、《念視》でやつの心臓の在処は突き止めたから、あとは仕留めるだけだ。
――来た。振動がして透かさず浮上したときには視界の隅にやつの角があった。
「《微小転移》――!」
『――キュイィッ……』
肥大した角から心臓を取り出し、右手で掴み取る。小さい体の割に、ぎりぎりで俺の手に収まるくらい大きめだった。
「しばらくここで待っててくださいね!」
「あ、ああ、ありがとう……」
聖騎士の男を転送部屋まで避難させたあと、コルヌモールが狂ったように地面を穴だらけにしていくのをしばらく眺めるうち、俺たちの体は光に包まれていった。
◆◆◆
十四階層から十三階層に急いで戻り、聖騎士の男に話を聞くことになったわけだが、やはり俺の想像通り、別のパーティーとトラブルになっていた。ただ、もう喋ることもできないほど弱っていたため、これ以上のやり取りは《テレパシー》でやることにした。これは一方が覚えているだけで、そうでない相手とも会話が可能だからな。ラユルにも覚えさせてるのでちょうどよかった。
『それで、どんなパーティーだったんだ?』
『……ある一人を除いて、基本的に中級者で構成されていたと思う。あれは、おそらく腕試しのために激怒したボスを倒す目的で来ていたんだろう』
『なるほど。それで、何が原因でトラブルに?』
『……一方的だった。魔道術士のリーダーに対して冷やかしてきたんだ。確かに腕はそこまでじゃないが、明るいリーダーとしてみんなを纏め上げる力を持っている人だった』
『それで、喧嘩に?』
『みんな我慢していた。力量的には相手のパーティーが一枚も二枚も上手だったから。だが、あまりにもしつこい挑発行為に我慢も限界に達して、俺が言い返してやったんだ。お前たちは、目に見えるものしか評価できない節穴野郎だと……』
『……まさにその通りだな、ラユル』
『ですね!』
世の中、そういう愚かなやつらが圧倒的に多いのも事実。効率重視で、ろくに中身も見ずにすぐ役立たず認定。世の中、見た目が全てと言ってもいいくらい、一度貼られたレッテルは簡単に剥がせはしない。
『連中がボスの討伐を終えたらしく、いなくなってようやく事態は収まったように思えたが、俺たちがボスを出したときに状況は急変した。いつの間にか戻ってきたあいつらが俺たちの戦いを後方で見ていて、その中の弓道士が突然こっちに矢を放ち、ボスに命中したんだ』
『え……まさか、一発で?』
『そうだ。たった一撃で激怒状態にさせ、涼しい笑みを浮かべてその場から立ち去った。悔しいが、あの弓道士だけは上級者の中でも上のほうのレベルだった……』
『……』
正直、今の聖騎士の発言は俄かには信じ難いものだった。
ここのボスにまつわる面白い話を思い出す。ベテランの弓道士のみで構成された五人パーティーが、誰が一番早くここのボスに矢を当てられるかで賭けをすることになったんだが、結局制限時間の5分間誰も当てられなかったんだ。
それくらい、物理攻撃を当てて激怒状態にさせるのは難しいと言われているボスに対して、たった一撃で命中させただと……?
『俺さえ我慢すればみんな死なずに済んだのに……。俺が悪いんだ、俺が……』
『そんなことはない』
『……何故そう言い切れる、転移術士よ』
『そいつらはお前が言い返さなくても妨害してきた可能性が高い。言葉ってのは凶器にもなるんだ。それを遠慮なくずけずけと言い放ってくる連中なんだから当然妨害行為だってやるさ』
『……それもそうか。なんだか気持ちが楽になったよ、ありがとう、転移術士……』
男の顔が安らかになったときには、もう息絶えていた。この男を苦しめていたのは、きっと体の痛みだけじゃなかったんだろう。
「お前の仇は取ってやるからな」
「は、はいぃ。ぐすっ……是非、是非取ってやりましょお……!」
もう聞こえるはずもない台詞を残し、俺たちは立ち上がった。
『シギル兄さん、相手がやばそうだし、次は私の出番も来るだろうね』
『リセス、起きてたのか。眠ってたのかと……』
『……セリスだってずっと遠慮してたしね。夫婦水入らずっていうでしょ』
『リセス……? いじけてるのか?』
『うん。いじけてるよ』
『……』
『でも、いいんだ。シギル兄さんと一緒にいられるなら、どんな形でも、私受け入れるから……』
『……リセス……』
よく考えたら、彼女は殺し屋レイドである以前に一人の少女なんだよな。たまには、セリスの中に入ってもらうのもいいかもしれない。そうじゃないといよいよ精神的に病みそうだ。
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