21 / 57
第二章
21話 支援術士、店を建てる
しおりを挟む「さあ、来やがれ……化け物……」
『グルル……ルアアァァァッ……!』
「はあぁっ!」
『ギャンッ!』
そこは都から遠く離れた山の中、2メートルを優に超すSS級モンスター、ジャイアントウルフが一人の長髪の男に切り伏せられ、血を吐いて倒れる瞬間だった。
「ククッ……遂に、遂に倒したぞ、それもたった一人で、難敵を……」
男は返り血を浴びて舌なめずりすると、獣に突き立てた大剣に背中を預けて腕組みし、精悍な顔つきに充実した笑みを宿らせる。
(首を洗って待ってろ、グレイス……。今の俺は以前の俺とは違う。必ずお前をこのモンスターのように地獄に突き落としてみせる。お前があらゆるものを回復するっていうなら、俺は破壊してやるってんだよ。何もかも、この世の何もかもを、な……)
変わり果てた【勇者】ガゼルの鋭い眼光が宙を射抜いた。
◇◇◇
「「いらっしゃい!」」
お客さんが入ってきて、俺とアルシュの弾んだ声が被る。
今日は朝からあいにくの雨だが、まったく問題なかった。あれから俺たちは頑張ってお金を貯め、およそ一カ月後の今日、冒険者ギルドの前に小さな店を構えるまでになったんだ。狭いとはいえ仕切りもベッドもあるし、休憩所としても診察所としても申し分ない。
もちろん、店の名前である【なんでも屋】も、銅貨1枚という値段も変わらない、お客に優しい店として本日オープンしたばかりだった。
「グ、グレイス、先生、どうか……お願い、します……」
【吟遊詩人】っぽい格好の青年が、陰鬱そうな表情で目の前の椅子に腰かける。そのたどたどしい口調を聞いて、俺はすぐにこの男が難聴であることがわかった。それもかなり重症で、ほぼ聞こえないレベルなんじゃないか。
まず訳を話してほしい、という文章が書かれた紙を彼に見せる。あらかじめ患者から発症した経緯を聞いておくことは、治療に大いに役立つからだ。彼はうなずき、おもむろに語り始めた。
「――という、わけ、なんです……」
青年によると、一月ほど前から急に難聴になり、それからずっと聞こえない状態が続いてるそうで、どの【回復職】に頼んでもダメで、最近俺の噂を聞きつけてやってきたらしい。
青年の体に突如訪れた難聴に対し、一瞬呪いによるものかと警戒したが、俺の試行した回復術が反発も起きずすんなり耳に浸透したので違う。それにどこにも異常が見当たらない。おかしいな……。
話しにくいかもしれないが、何か思い当たる節とかもしあれば話してもらいたい。俺はそう紙に書いて彼に見せた。
「……」
彼は若干動揺した顔を見せたあと、うなずいてから重そうに口を開いた。やはり突然の難聴になった背景には何か深い事情がありそうだな。
「――なるほど……」
青年が言うには、普段【吟遊詩人】として各地を放浪していて、久々に故郷に帰ったら母が病死してしまっていて、それで酷く落ち込んでいたらいつの間にか音が聞こえなくなったんだそうだ。
それを聞いて俺はピンと来るものがあった。そうか、耳自体に異常があるわけじゃない。ショックと疲労が重なった結果、もう何も演奏したくない、聞きたくないという衝動から脳と耳を繋ぐ道に障害が起きているんだ。
これはおそらく、呪いと呼べるほどじゃないがそれに近いものであり、仕事ばかりして母親の死に目に会えなかった自分を呪うように責めたことによる精神的損傷によるものだろう。
それだけじゃなく、耳が聞こえなくなったら洒落にならないジョブってことで重圧が加わり、疲労やマイナスの感情も相俟ってここまで難聴になってしまったってわけだ。
「お願い、します……」
頭を下げる青年に対し、俺は力強くうなずいてやった。これで少しは前向きな感情を取り戻すだろう。
「グレイス、治療頑張ってね!」
「ああ。アルシュも俺と一緒に彼にプラスの気持ちを注いでやってくれ」
「うん!」
俺のジョブである【支援術士】はもちろんのこと、【回復職】で一番大事なのは前進しようという気持ちなんだ。これはあらゆる回復術を支える土台といってもいいもので、高度な回復術もこれを切らさない限り続けて行使することができる。
難聴が治療対象ってことで、俺は優しい、心地よい音をイメージしながら回復術を少しずつ耳の奥へ流し込んでいく。彼は【吟遊詩人】なので弦楽器をイメージしがちだが、そうではなくてまずは耳にすぐ馴染むような自然の音がいいんだ。
そこから徐々に音の強度を上げていく。甘やかしすぎてもダメで、本来の状態に戻すべく耳を訓練してやらないといけない。疲労にしても一気に回復するより並行して少しずつやるべきで、そうしないと拒否反応を起こしスタート地点に逆戻りしてしまう可能性があるんだ。
……よし、心身の疲労も寸断された道の状態も大分回復してきた。これならもう大丈夫だろう。
「――俺の声、聞こえるかな……?」
「……お、おおっ、聞こえます、はっきり、聞こえます……! グレイス先生、あ、ありがとうございます……!」
「よかったよかった……」
「だね……」
耳が聞こえるようになった客がむせび泣くところを見て、こっちもグッとくるものがあった。アルシュなんて顔を赤くして既に泣いてる様子。今回の客は【吟遊詩人】という楽器を演奏するジョブなだけに、耳が聞こえないことで相当の苦しみがあったと思うが、そんな辛い経験があった分、より一層感情の籠もった良い歌を多くの人に届けることができるようになるんじゃないかな。
――さて、そろそろ正午だから店を一旦閉めないといけない。
「お客さん、悪いね、今日はここまでだから」
「え、グレイス先生、もう終わるのかい?」
入ってきた白髪頭の爺さんが口をあんぐりと開いた。少々心苦しいが、これから大事なことをする予定があるから仕方ない。
「ああ、一応【なんでも屋】の営業は午前中までって店の看板に記してあるんだけどね」
「なるほどのお。気付かんかったわい……」
爺さんが残念そうに項垂れるところを目の当たりにすると診てやりたくなるが、それでも時間は守ってもらわないといけない。そうしないと今度はほかの客も便乗することになって、結局ズルズルと診察時間を伸ばしてしまうことになるからだ。
以前そういうことがあって懲りた。優しさというのは薬になるだけでなく、毒にもなるということを覚えておかないといけない。
「はい、お爺さん、明日の朝六時から正午までの間、この札を持ってくればすぐグレイスに診察してもらえるからね」
「おお、ありがたやありがたや……」
アルシュが1番という数字が刻まれた札を老人に渡した。これがあれば明日並ばなくても済むというわけだ。もちろん、外で並んでいた客たちにも同じように2番以降の数字の札を渡しておいた。これもきりがないので10名まで有効ということにしている。
「さあ、アルシュ。飯を済ませたら今日もあそこへ行くぞ」
「うんっ!」
俺はアルシュと笑顔でうなずき合い、【なんでも屋】をあとにした。
51
あなたにおすすめの小説
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
【完】転職ばかりしていたらパーティーを追放された私〜実は88種の職業の全スキル極めて勇者以上にチートな存在になっていたけど、もうどうでもいい
冬月光輝
ファンタジー
【勇者】のパーティーの一員であったルシアは職業を極めては転職を繰り返していたが、ある日、勇者から追放(クビ)を宣告される。
何もかもに疲れたルシアは適当に隠居先でも見つけようと旅に出たが、【天界】から追放された元(もと)【守護天使】の【堕天使】ラミアを【悪魔】の手から救ったことで新たな物語が始まる。
「わたくし達、追放仲間ですね」、「一生お慕いします」とラミアからの熱烈なアプローチに折れて仕方なくルシアは共に旅をすることにした。
その後、隣国の王女エリスに力を認められ、仕えるようになり、2人は数奇な運命に巻き込まれることに……。
追放コンビは不運な運命を逆転できるのか?
(完結記念に澄石アラン様からラミアのイラストを頂きましたので、表紙に使用させてもらいました)
収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?
木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。
追放される理由はよく分からなかった。
彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。
結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。
しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。
たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。
ケイトは彼らを失いたくなかった。
勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。
しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。
「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」
これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。
レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした
桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました
かにくくり
ファンタジー
魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。
しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】
~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。
転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位
転生者のブルーノは絶大な力を持っていたが、その力を隠してダンジョンの荷役として暮らしていた。だが、教会の力で勇者を騙る卑怯下劣な連中に、レットドラゴンから逃げるための生贄として、ボス部屋に放置された。腐敗した教会と冒険者ギルドが結託て偽の勇者パーティーを作り、ぼろ儲けしているのだ。ブルーノは誰が何をしていても気にしないし、自分で狩った美味しいドラゴンを食べて暮らせればよかったのだが、殺されたブルーノの為に教会や冒険者ギルドのマスターを敵対した受付嬢が殺されるのを見過ごせなくて・・・・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる