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第二章
23話 支援術士、思いを馳せる
しおりを挟む順調、あまりにも順調だった。
俺は牢屋から解放され、カシェの呪い返しと盲目を治して帰還し、アルシュと一緒に【なんでも屋】を始めた結果、客足は以前にも増して伸びる一方で、怖さを感じるくらい上手くいっていた。
「やっぱりこれって、アルシュの露出の多い格好が受けてるのかな……?」
「グレイスのスケベ……」
「……」
「というか、この格好はグレイスのためなんだけどねっ」
「えっ?」
「「……」」
たまにこういう気まずい空気があるくらいで、至って順調そのものだったのだ。しかも、あと少しで【なんでも屋】の正式な店を建てる資金も集まる。
「――グレイス先生、ありがとうございました!」
「ああ、お大事に」
「お大事にー!」
また一人、俺の回復術で治った客が笑顔で帰っていく。この瞬間がなんともたまらなくて、正直癖になっていた。かつての自分は、いずればダンジョンワールドに行ければ、なんて夢見てたもんだが、もうずっと【なんでも屋】として生きていくほうがいいような気がしてるんだ。
これ以上の幸せを追い求めるのも贅沢だと思うし……っと、次の患者を診ないとな。一人の爺さんと女の子の二人組だった。どちらも見た感じ痩せ気味で地味な服装だから裕福そうには見えないが、どこも悪そうに見えないどころか、至って健康に見える。妙だな……。
「グレイス先生、どうかこの子を見てあげてください……」
「ああ、任せて――」
「――誰です? この人。というか、お爺さん、あなたも誰……?」
「「え……?」」
俺は思わずアルシュと顔を見合わせていた。
「――というわけでございますのじゃ……」
「なるほど……」
爺さんが言うには、このライファという少女はほんの僅かな間しか記憶できないのだという。どんな【回復職】に頼んでもダメで、自身の名前すらすぐ忘れるため母親も手に負えなくなり、ライファからしたら祖父に当たるこの老翁に預けられる形になったそうだ。
「グレイス、顔色悪いけど、大丈夫……?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
アルシュはやっぱり俺の幼馴染なだけあって鋭い。顔色を変えたつもりはなかったが、心の中を読まれたような気分だ。
というのも、久々に超高難度の依頼が来たので面食らった格好なんだ。記憶回復術というのは、呪いを治療する相殺術と並ぶかそれ以上ともいわれるほど難しい。
何故なら、回復術において治すべき対象は普通一つのみなんだが、記憶となるとそれが数えきれないくらいの量まで膨らむからだ。しかも、その記憶というのは忘却、すなわち断片化しやすく、それ自体をまず回復させて、さらにほんの短い間に素早く連結していかないといけない。
「グレイス先生、お願いですじゃ。この不憫な孫を……ライファを、なんとか助けてやってください……」
「できる限りのことは……」
「おおっ、ありがたやありがたや……」
「……」
必ず治しますと断言できないのが悔しい。自分の未熟さを痛感する。少し己惚れてたのかもしれないな。今までは楽しいとさえ感じるはずの挑戦的治療が苦痛に感じるということは、それだけ脳が安全圏に浸ってしまっているということだ。これは絶対に看過できない。
「あなたたち、誰なんですか!? 怖いっ……!」
「大丈夫。ライファ、じっとしてて。怖くないから」
「……は、はい……」
まず笑顔と優しい口調で語り掛け、少女を安心させるところから始まる。記憶というものは目や耳、鼻、口、手足、要するに視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚……とにかく様々な部位から成り立っている。
厄介なのは既視感というやつで、よく似た偽りの記憶のパーツを並べてもそれが正解と錯覚してしまうことだ。
なので慎重に記憶のパーツを並べていかなければならないわけだが、断片化された記憶自体とても薄れやすいため、スピードも大事というなんとも矛盾した困難な作業が必要になるというわけだ。
それでもやるしかない。俺は彼女の体のあらゆる箇所に回復術を行使していく。これは全身から断片化された記憶を拾っていくという地道な作業ではあるが、大丈夫、やれるんだという前向きな感情に回復術を乗せるようにして記憶を繋げていく――
「――グレイス?」
「あ……」
俺はふと我に返る。そうだ、【なんでも屋】へ帰る途中だったんだ。
「どうしたの、そんなにぼんやりしちゃって」
「いや、別になんでもなくてな……」
「私のことを考えてたの? って言いたいけど、どうせあのときのことでしょ」
「……わかるか」
「そりゃねっ。なんせグレイスの幼馴染だし……」
「あはは……アルシュには隠し事できそうにないなあ」
「うふふ……」
記憶回復術自体は、上手くいったんだ。でも、記憶を繋げるスピードが全然足りなくて、結局ライファが記憶できる時間をほんの少し伸ばすことができただけに過ぎなかった。俺のことや、連れ添った祖父のことをようやく記憶できるくらいには。だけど、それは裏を返せば記憶を失うことの悲しみをより大きくさせただけかもしれない。
「グレイスはよく頑張ったよ。頑張りすぎるくらいに……」
「……ああ、ありがとう。でも、もっと頑張りたいんだ」
「はあ。体を壊さない程度に、ね」
「ああ……」
自分の無力さ、それに楽なことに脳が慣れようとしていることに気付いたとき、俺はこのままじゃダメだと思った。現状に満足したとき、そこで成長は止まってしまう。だから俺は【支援術士】としてだけでなく、一人の人間として走り続けたい。
この世界を旅して色んなことを学び、いずれはダンジョンワールドへ行けるくらい成長したいんだ。もちろん一歩ずつ、自分だけの力では治せないんだということを忘れないように。そうしたら、いつかは記憶回復術のヒントも掴めるかもしれない。だからこその戦闘訓練だった。自分の身くらい、自分で守れるようにはしておかないとな……。
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