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第二章
42話 支援術士、死の臭いを嗅ぐ
しおりを挟む「――ぐうぅっ……!」
悲鳴や歓声が遥か遠くに聞こえる中、俺は咄嗟に回復術を行使して出血、痛み、吐き気、その他諸々の衝動を一気に押さえ込む。
それが功を奏し、左手首を落とされつつもそれまでのバランスを保ったまま防御に徹することができていた。
「ひひっ、痛いかい……!? 死ぬんだよ、詐欺師……ここで死ぬのさっ、今こそ死んでご覧よおぉおっ……!」
嬉々とした奇声を上げながら追い打ちをかけてくるナタリア。
とにかく一瞬でも、彼女が本気を出すと言ったことがハッタリだと思ってしまった自分が情けない。スピード自体はそれ以前とほとんど変わってないように見えるが、実際に手首を落とされたのだから今まで以上に逃げに徹しなければ。
「はぁ、はぁ……」
死の臭いを明確に嗅ぎ取った俺は、それからは『逃げるな』『戦え』という周囲からの野次を受けながらも、ひたすら死に物狂いで攻撃をかわしていた。
そうでなければ……隙あらば攻撃してやろうなんて欲望を丸ごと投げ捨てるくらいでなければ、間違いなく今度は手首ではなく首が飛ぶという確信があったからだ。
最早、手首を治している暇などない。治癒エネルギーの莫大な浪費を考えればこのままなんとかナタリアの猛攻を凌ぐしかない。チャンス云々以前に今はそれしかないんだ。
しかし、手首を切断されたことに関しては未だに納得できない。スピードも本気を出す前と大して変わってないように見えるし、確かにかわしたはずなのに……。
ナタリアの剣捌きはもちろん異常なスピードなんだが、俺はジレードと特訓した効果で槍の軌道を見ることができたし、今回もそれ以上の速さだったもののかろうじて目で捉えることはできていた。
なのに、かわしたはずなのに手首が落ちていた。これじゃまるで剣が寸前でぐっと伸びたかのようだ――って、それどころじゃない。避けろ、避けるんだ……。
「きひひっ……いつまでかわせるのかなぁ……?」
「……」
ナタリアの狂気に満ち溢れた声を耳にしてぞっとする。このままでは、なすすべもなく食われてしまう。狂気を治療するはずが、逆に絶好の獲物と化してしまう。
さあどうする、俺……。彼女の言う通り、いつまでもかわし続けるわけにもいかない。いつか必ず当たってしまうし、こっちが勝つチャンスだって一生来ないからだ。
だが、無理に飛び込むわけにもいかない。
避けられたはずなのに避けられなかった、その原理がわからない限り、迂闊に飛び込めば確実に死ぬ。このまま避け続けても俺はひたすら死へと近づいていくのみだが、考える猶予はできる。
あのとき、どうして避けられなかったのか、それさえわかれば……。
◇◇◇
「もう我慢なりません。いくらグレイスさんが普通の【支援術士】ではないとはいえ、【剣聖】と剣でやり合うなど……やはり無謀すぎる挑戦だったのです。今すぐにでもやめさせるべきですわっ……!」
グレイスの左手首がナタリアによって切断されたことで、遠くから見ていたテリーゼたちにはかつてないほどの衝撃が走っていた。
「ま、まったく、テリーゼ様の言う通りです! 自分もすぐ止めるべきだと思っていて――」
「――それでは、私が……」
ジレードが喚く中、ナタリアに向かって微笑を浮かべながら弓を構えるカシェ。
「お願い、カシェ、それだけはやめて」
「……え? あなたは、確か……グレイス様の幼馴染のアルシュという方でしたっけ。どうしてです……?」
「大丈夫だから。グレイスは絶対に大丈夫だから……」
アルシュの声は小さかったがとても強い響きを持っており、カシェが弓の構えをやめるほどだった。
「あのぉ……それって根拠はあるんでしょうか?」
「アルシュ……いくら幼馴染といえど、もしグレイスさんの身に何かあれば、許しませんよ」
「まったくです! ありえんだろう。グレイスどのの身にもし何かあれば決して許さぬ……!」
「私ね……グレイスを信じてるっていうか、あの人に対してはそれすら失礼なレベルだと思ってるの」
「「「え?」」」
驚く二人に向かって、アルシュはさも自信ありげに笑ってみせた。
「あんな状況なのに狂ってると思うかもしれない。でもね、グレイスはどんな状況でも勝ってきた。だから、今回も絶対に勝てる……」
「「「……」」」
グレイスが一方的にやられている中、アルシュの場違いにすら思える濁りのない笑顔に圧倒されたのか、テリーゼたちはそれ以上何か異論を挟むようなことはなかった……。
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