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本編

122 魔法の指輪3【side アレクセイ】

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「そんなくだらない理由で、私はあの男を殺したというのか・・・? どんな思いでっ、私は・・・っ!!」

私は立ち上がり、ゼレノイ卿に掴みかからん勢いで怒鳴った。王らしからぬ振舞いだと頭では冷静に判断しているのに、別の部分では込み上げた怒りを抑えられなかった。

怒りと共に、思い出したくない記憶が引きずり出される。

息が苦しい。



あの男が死んだと聞いた日のことは、忘れようとしても忘れられない。自分で死を命じたにもかかわらず、恐ろしくて死体を見分することすらできなかった。重く、暗い日。しばらくの間は夜眠ると魘されて目が覚めた。

いつまでも消えない罪悪感。


自分の下した決断は、本当に正しかったのだろうか。・・・そう思っていたのに。

それが、あの男──父の仕組んだシナリオどおりだったなんて。

──『血塗られた聖王』。そんな呼び名は、欲しくない。
──私の治世を盤石にするため、なんて。そんなこと、望んでいない。

かつてイヴァンが私に諭した言葉を思い出した。

『人のことをゲームの駒みたいに扱われたら、そりゃあ怒るだろ。人には心や感情がある。理屈だけでは動けないんだ。』

ああ、彼が言いたかったのはこういうことだったのかと唐突に理解した。どんなに合理的で最善の策だったとしても、ゲームの駒のように扱われるのは、こんなにも屈辱的なことなのか、と。

その時。

かしゃん、と部屋の外から衛兵が戎具を持ち直した金属音が聞こえた。私の怒鳴り声が外に漏れて反応したのかもしれない。その音を聞いて我に返った。

(王たるもの、素の感情を臣下に見せてはいけない)

帝王教育で繰り返し言い聞かされた言葉だ。冷静にならねばと自分に言い聞かせる。

椅子に座り直し、一呼吸置いた。

隣に目線をやると、シアが気づかわしげにこちらを見ていた。安心させるように微笑んだつもりだが、ぎこちない笑みになってしまっただろうか。

改めてゼレノイ卿に視線をやる。

目の前の男は、憎らしいくらい落ち着いていた。私が声を荒げても、不穏な目で見ても、わずかも動かない。ただ黙って、静かな目で私を見るだけだ。

そういえば、あの男に毒を渡す役を買って出たときも、彼は同じような目で私を見ていた気がする。踊らされている私を見て、愚かな子どもだとでも思ったのだろうか。

ぞわり、と悪寒がした。

(・・・落ち着け、冷静になれ)

「今まで指輪を秘匿していた件は不問にしておくよ。でも、あの男の企みを、何故今になって私に告げたのか、理由を聞きたい。」

そう、まずはそれだった。あの男の遺志を尊重するのであれば、最後まで隠しておくべきこと。それをゼレノイ卿は喋った。なぜだ。

ゼレノイ卿は、わずかな間、目を閉じた。少し考えたあと、『どうして・・・でしょうね』と、独り言のように呟き、そして、答えた。

「私も、直前までは、お伝えする気はありませんでした。でも、このままではあまりにもあの方の──ヴィクトル様の思惑どおりに動いているようで癪だったのかもしれません。それに今の陛下はとても幸せそうで・・・たとえ止まってしまった時計の針ですら動かしていただけそうな気がして。」

「? それは、どういう・・・」

私が追及の言葉を紡ぐ前に、ゼレノイ卿は静かに首を振った。優雅に微笑むその姿は、それ以上の答えを拒否しているかのようだ。これ以上の追求もできずに私も黙り込むしかなかった。

「あのっ・・・」

たまりかねたようにシアが声を発した。私とゼレノイ卿が、同時にシアを見る。

「セイのお父さんは、アレクのお父さんの計画に賛成だったんですか? 止めようとは・・・しなかったんですか?」

ゼレノイ卿は、困ったように、少し顔をゆがめて笑みを浮かべる。

「お父さん、っていい響きですねえ・・・。ええ、突飛で無謀な計画だとは思いましたが、止めることはできませんでした。きっと、私もどうかしてたんでしょうね。今の陛下を見れば杞憂だと笑い飛ばせたのでしょうが、当時は正常な判断ができなかった。心底後悔しています。」

「後悔なんかしても何の役にも立たないし、過ぎた過去は戻らない。」

「おっしゃるとおりです。だからこそ別の何かに救いを求めるんでしょう──アナスタシア様。」

「は・・・はい?」

「私達とは異なる世界を、価値観をご存知のあなたは、この国にとって、いえ、陛下にとってかけがえのない存在です。どうか愚息ともどもよろしくお願いいたします。」

そう言って、ゼレノイ卿は、最上級の礼をした。







ものすごく長い時間が経ったように感じたが、終わってみれば、あっけないものだった。宰相が先王から託された指輪を妃に渡した。それだけ。非公式なので記録にも残らない。

しかし私にとっては、隕石が落ちた以上の衝撃だった。


長い回廊を、シアとふたりでゆっくりと歩く。お互い無言だ。

平静を装ってはいるが、頭の中は先ほどのゼレノイ卿の言葉でいっぱいだった。彼の言葉が本当であれば、私は罪のない父親を弑したことになる。たとえそれが相手の望みだったとしても事実は変わらない。

頭の整理がつかない。まだ日は高いが、もう仕事をする気にもなれなかった。

後宮にある彼女の部屋へと戻ると、シアは私を強引にソファに座らせた。言われるがまま腰を下ろす。ほどなく侍女が花茶と菓子を用意した。爽やかな香りは、私が以前好きだと言った銘柄だった。

「はい、甘いもの食べると少し元気になるかも。」

そう言って渡された皿から、砂糖菓子を一つ摘まんで口に入れられた。口の中でほろほろと崩れる。

何か言うべきだとは思ったけれど、何ひとつ言葉にはならなかった。

隣に座ったシアも、何も喋らないし、何も聞かなかった。






いつまでそうしていただろう。すっかり冷めてしまったお茶を口に含んでいると、シアがぽつりと口にした。

「・・・アレクは、えらかったね。」

そう言ってシアは私の頭を胸に抱え、そのままやさしく撫でる。ふわりと甘い香りがした。

母から撫でられた記憶はない。むろん乳母からも。こんな風に扱われたのは初めての経験だった。

もう何も考えたくない。現実に戻りたくない。弱い考えだとわかりつつ、振り払うことができなかった。

このまま甘やかしてほしくて、顔を上げる。

「ねえ、私をもっと甘やかして?」
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