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第一章 帰ってきた幼馴染
大貫のおばあさんと、小倉パンケーキと狭山茶(2)
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「わあ、すごい。こりゃホットケーキかい?」
「そうです。今朝大貫さんから、あの清澄の今川焼をもらって思いついたんですよ。あの店のあんこは絶品だから、こういうメニューにしてみたらどうかなって。母もよくここのあんこだけ買ってきて、トーストに塗って食べたりしてたんです。それで……」
「へえ~」
大貫のおばあさんは目の前の料理を見て、しきりに目を丸くしている。
きつね色の二段のパンケーキの上には、濃い赤紫色のあんこ、それからもったりとした白い生クリーム、そして最後に濃い緑色の抹茶パウダーがかけられていた。
全体的に和風の、シックな色の取り合わせである。
その横には、あのワイルドベリー柄のカップに注がれた紅茶があった。
わたしはそれを見てまた嬉しくなる。でもそれ以上に、たっぷりと乗せられた生クリームにうっとりしてしまっていた。
わたしは昔から生クリームに目がない。
イチゴのショートケーキは、イチゴを抜かしてスポンジと生クリームだけで十分と思うくらいだ。
いや、むしろ生クリームだけ永遠に食べつづけてもいいくらい。
「さ、二人ともどうぞ」
そんな妄想を打ち消すかのように、青司くんが食事を促してきた。
視線の先をよく見ると、大貫のおばあさんのとわたしのとで生クリームの量に差がある。
わたしの方がはるかに多かった。
えっ、これってまさか……覚えててくれたんだろうか。
わたしが大の生クリーム好きだって。
「……青司くん」
胸のどきどきが止まらない。
また青司くんの顔をまともに見られなくなってしまった。
「じゃあ、遠慮なくいただこうかね。いただきます」
「い、いただきます……」
大貫のおばあさんにならって、わたしも一口食べてみる。
「……ん!」
口に入れた瞬間、優しい味が舌の上に広がった。
あんこの濃厚な甘さに、抹茶のほろ苦さ、そして生クリームのとろみが絶妙にからみあっている。どこか懐かしい味だとも感じた。
「ああ、こりゃ美味しいね! 青司くんはほんと料理上手だ。こんな才能があったなんてねえ……」
「ありがとうございます」
大貫のおばあさんは甘い物好きなのか、二口目、三口目とどんどん口に入れていく。
あらかた無くなると、紅茶でようやく一息入れた。
「はあ~。いや……こりゃあ大変美味しかったよ。お母さん譲りだね。桃花さんにもよく、いろんな料理をおすそ分けしてもらっていたんだ。あれは毎回とても美味しかった。うちも、あげることあったけどね。でもお菓子作りに関しちゃとても敵わなかったよ」
「そうでしたか」
「そうだよ。うちの孫も、よーく桃花さんにはお世話になってね。絵を教えてもらうだけじゃなく、いっつもなにか御馳走になって……」
大貫さんの孫。
それは……紫織さんのことだ。
わたしより五つ年上のお姉さん。彼女もまた、ここのお絵かき教室に通っていた生徒の一人だった。
そして……。
「あの、紫織さんは今どうしてますか?」
やっぱり。
青司くんは、訊くと思っていた。
昨日挨拶に行ったから、その時に訊いたのかと思っていたけど……そっか。まだだったんだ。
「……」
わたしは、これから青司くんが知るだろう事実に胸が痛くなった。
だって、だって紫織さんは……。
「ああ、紫織ね。あの子は……ずいぶんと前に両親と一緒に東京に越してってね、今は一緒に住んでいないんだ」
「そう、なんですか」
「ああ。盆暮れ正月くらいは……帰って来てたんだけどね、今は事情があって、ほとんど戻ってこないよ」
「……」
一瞬、辺りに沈黙が訪れる。
大貫のおばあさんは、青司くんがいなくなっていた間のことをぽつぽつと話しはじめた。
「桃花さんが突然亡くなって。それから青司くんも引っ越していっちまって……しばらくした頃かねえ、もともとあまり仲良くできてなかった嫁と食事のことで喧嘩してね。それで、もう一緒には暮らせないってんで、別居することになったんだ。息子はもともと都心の方の会社に勤めていたから、通勤も楽になるっていうんでね、そのままあっちに……。紫織もそうだよ」
「……」
「あの頃は紫織はもう大学生で、通学にもいいって言ってね。親についていったんだ。それから……大学を卒業してすぐ結婚して。今じゃ一児の母だよ」
「そう……でしたか」
青司くんが複雑そうな顔をしている。
わたしは、胸がきゅうぅっと痛くなった。
青司くんは、まだたぶん紫織さんのことが好きだと思う。
そういうそぶりをずっと、あの「お絵かき教室」で感じてきた。
あの、青司くんが紫織さんを見る目……。
だからわたしは、青司くんの思いを知っていたから……自分の思いを青司くんに伝えられずにいたんだ。
「まあ、離れてた方が幸せなこともあるってね、この歳になってわかってきたよ。まあ、一人はちょっと寂しいけれどね。それもだいぶ慣れてきたね」
「慣れる? 寂しいことに慣れるなんて……ないですよ」
「え?」
わたしは、気が付くとそう口にしていた。
「わたしは……ずっと、ずっと寂しかった。青司くんがいなくなって。お絵かき教室のみんなも……みんな東京に行ってしまって。でも、寂しさに慣れることなんて……ずっとなかったです」
「真白ちゃん……」
「真白……?」
「わたしだけがひとり、取り残されて。でも、どうしたらいいかわからなくて。不安で……。大貫さんだって、そうじゃなかったんですか? 悲しかったんじゃ、ないんですか?」
「……」
二人に見つめられながら、わたしはさらに言った。
「どうしようもないことも、あるかも、しれないですけど……諦めなきゃいけないことも、あるかも、しれないですけど……でも、寂しいって言えないのは……もっと、ずっとつらいことなんじゃないでしょうか。わたしは、わたしは少なくともっ……」
そこまで言った瞬間。
ぽろっと涙がテーブルにこぼれた。ハッとして、手で拭う。
「あっ……? あれっ? ご、ごめんなさい」
「真白」
見ると、青司くんがハンカチをわたしに差し出していた。
わたしはそっとその水色のハンカチを受け取る。
「あ、ありがと。青司くん……それと、ごめん」
青司くんは強く首を振った。
大貫さんはそんなわたしたちの様子を見てぽつりと言う。
「まあ……そうだね。真白ちゃんの言う通りかもしれないね。寂しいって言っても、世界が変わるわけじゃないから、言っちゃダメだと思ってた。わたしゃ寂しさに慣れたんだって、そう思い込んでた。でも……そうだね。真白ちゃんもずっとそうだったんだね。ありがとう真白ちゃん、あんたもそうだってわかって、なんだか気持ちが楽になったよ」
「大貫さん……」
「ずっと、頑張ってたんだね、真白ちゃんは……。なら良かったね。またこの青司くんに会えてさ」
「……はい」
大貫さんに優しい眼差しを向けられて、わたしは堪えてきたものがさらに溢れてしまった。
青司くんのハンカチに顔をうずめる。
だめだ。
泣くなんて。
だってこれじゃ、まるで青司くんを責めているみたい……。
泣き止みたいのに、わたしはすぐには落ち着けなかった。
だって、大貫さんの状況と強く重ねてしまっていたから。
母曰く――。
大貫さんの家は、よく食事のことで揉めていたらしい。
息子さんのお嫁さんがあまり料理の得意ではない人だったようで、夜遅く帰ってくる息子さんの健康を心配した大貫さんがことあるごとに口を出してしまっていたそうだ。
当然、お嫁さんは良く思わない。
隣の家のお絵かき教室の先生も、料理上手ときているし。
義理の母も、そんなお隣さんとしょっちゅうおかずやらお菓子を交換している。
今なら、そのお嫁さんの気持ちがわかる。
まわりは自分より能力が上の人たちばかりで。
そんな人たちに囲まれて、無言のプレッシャーを受け続けていた。
それは、相当ストレスのかかる生活だったと思う。
でも、大貫さんの気持ちだってわかる。
大貫さんは、自分の息子のことを、家族のことをなにより心配していたんだ。そして、自分ができる範囲だけでもどうにかしたかったんだ。
わたしは、お皿の上のパンケーキを眺める。
その上にはいろんなものが載っていた。
あんこに生クリームに抹茶パウダー。
いろんなものが載っているのに、こうして食べても不思議とケンカしない。人間関係もこうであればいいのに。
「真白、大丈夫?」
「あ……うん! 大丈夫」
青司くんに呼ばれて、顔をあげる。
こんな泣いたりしてどうしよう。変に思われなかっただろうか。水色の青司くんのハンカチをギュッと握りしめる。青司くんは笑顔でわたしに訊いてきた。
「ねえ真白、どうだった?」
「えっ?」
「パンケーキの味」
「あ、ああ……」
「感想、言ってよ。ね?」
「……うん」
そうだ。思い出した。
わたしはこれを試食して、判断する係だった。お店に出してもいいかどうか。桃花先生のおやつと同じように、幸せな気持ちになれるかどうか。
桃花先生もよくパンケーキを作ってくれたけど、こういうあんこ入りのは食べたことなかった。でも、清澄のどら焼きとか今川焼きはよく食べさせてくれたから、懐かしい気持ちになる。
「小倉パンケーキ、美味しかったよ。桃花先生はジャムとか、はちみつとか、バターとか載せてたけど、これはこれで良かった。和、って感じだし。できたら……バニラアイスとかも載せるいいかも。口がさっぱりするし、なによりあったかいのと冷たいのが一緒に楽しめて面白いっていうか。それと――」
そこまで言って、ぎょっとした。
青司くんが真顔でこちらを見つめていたからだ。え、なんで? ちょっと、怒ってる……?
わたしはあわてて大貫さんに話を振った。
「え、えっと……。って、思ったんですけど……お、大貫さんはどう思いますか?」
「そうだねえ、たしかにアイスが載ってたらもっと美味しいだろうねえ」
「で、でしょう? ね、だから今度お店で出す時はそうして――」
「……っ」
そこまで言ったところで、今度は急に青司くんが泣きだしてしまった。
「そうです。今朝大貫さんから、あの清澄の今川焼をもらって思いついたんですよ。あの店のあんこは絶品だから、こういうメニューにしてみたらどうかなって。母もよくここのあんこだけ買ってきて、トーストに塗って食べたりしてたんです。それで……」
「へえ~」
大貫のおばあさんは目の前の料理を見て、しきりに目を丸くしている。
きつね色の二段のパンケーキの上には、濃い赤紫色のあんこ、それからもったりとした白い生クリーム、そして最後に濃い緑色の抹茶パウダーがかけられていた。
全体的に和風の、シックな色の取り合わせである。
その横には、あのワイルドベリー柄のカップに注がれた紅茶があった。
わたしはそれを見てまた嬉しくなる。でもそれ以上に、たっぷりと乗せられた生クリームにうっとりしてしまっていた。
わたしは昔から生クリームに目がない。
イチゴのショートケーキは、イチゴを抜かしてスポンジと生クリームだけで十分と思うくらいだ。
いや、むしろ生クリームだけ永遠に食べつづけてもいいくらい。
「さ、二人ともどうぞ」
そんな妄想を打ち消すかのように、青司くんが食事を促してきた。
視線の先をよく見ると、大貫のおばあさんのとわたしのとで生クリームの量に差がある。
わたしの方がはるかに多かった。
えっ、これってまさか……覚えててくれたんだろうか。
わたしが大の生クリーム好きだって。
「……青司くん」
胸のどきどきが止まらない。
また青司くんの顔をまともに見られなくなってしまった。
「じゃあ、遠慮なくいただこうかね。いただきます」
「い、いただきます……」
大貫のおばあさんにならって、わたしも一口食べてみる。
「……ん!」
口に入れた瞬間、優しい味が舌の上に広がった。
あんこの濃厚な甘さに、抹茶のほろ苦さ、そして生クリームのとろみが絶妙にからみあっている。どこか懐かしい味だとも感じた。
「ああ、こりゃ美味しいね! 青司くんはほんと料理上手だ。こんな才能があったなんてねえ……」
「ありがとうございます」
大貫のおばあさんは甘い物好きなのか、二口目、三口目とどんどん口に入れていく。
あらかた無くなると、紅茶でようやく一息入れた。
「はあ~。いや……こりゃあ大変美味しかったよ。お母さん譲りだね。桃花さんにもよく、いろんな料理をおすそ分けしてもらっていたんだ。あれは毎回とても美味しかった。うちも、あげることあったけどね。でもお菓子作りに関しちゃとても敵わなかったよ」
「そうでしたか」
「そうだよ。うちの孫も、よーく桃花さんにはお世話になってね。絵を教えてもらうだけじゃなく、いっつもなにか御馳走になって……」
大貫さんの孫。
それは……紫織さんのことだ。
わたしより五つ年上のお姉さん。彼女もまた、ここのお絵かき教室に通っていた生徒の一人だった。
そして……。
「あの、紫織さんは今どうしてますか?」
やっぱり。
青司くんは、訊くと思っていた。
昨日挨拶に行ったから、その時に訊いたのかと思っていたけど……そっか。まだだったんだ。
「……」
わたしは、これから青司くんが知るだろう事実に胸が痛くなった。
だって、だって紫織さんは……。
「ああ、紫織ね。あの子は……ずいぶんと前に両親と一緒に東京に越してってね、今は一緒に住んでいないんだ」
「そう、なんですか」
「ああ。盆暮れ正月くらいは……帰って来てたんだけどね、今は事情があって、ほとんど戻ってこないよ」
「……」
一瞬、辺りに沈黙が訪れる。
大貫のおばあさんは、青司くんがいなくなっていた間のことをぽつぽつと話しはじめた。
「桃花さんが突然亡くなって。それから青司くんも引っ越していっちまって……しばらくした頃かねえ、もともとあまり仲良くできてなかった嫁と食事のことで喧嘩してね。それで、もう一緒には暮らせないってんで、別居することになったんだ。息子はもともと都心の方の会社に勤めていたから、通勤も楽になるっていうんでね、そのままあっちに……。紫織もそうだよ」
「……」
「あの頃は紫織はもう大学生で、通学にもいいって言ってね。親についていったんだ。それから……大学を卒業してすぐ結婚して。今じゃ一児の母だよ」
「そう……でしたか」
青司くんが複雑そうな顔をしている。
わたしは、胸がきゅうぅっと痛くなった。
青司くんは、まだたぶん紫織さんのことが好きだと思う。
そういうそぶりをずっと、あの「お絵かき教室」で感じてきた。
あの、青司くんが紫織さんを見る目……。
だからわたしは、青司くんの思いを知っていたから……自分の思いを青司くんに伝えられずにいたんだ。
「まあ、離れてた方が幸せなこともあるってね、この歳になってわかってきたよ。まあ、一人はちょっと寂しいけれどね。それもだいぶ慣れてきたね」
「慣れる? 寂しいことに慣れるなんて……ないですよ」
「え?」
わたしは、気が付くとそう口にしていた。
「わたしは……ずっと、ずっと寂しかった。青司くんがいなくなって。お絵かき教室のみんなも……みんな東京に行ってしまって。でも、寂しさに慣れることなんて……ずっとなかったです」
「真白ちゃん……」
「真白……?」
「わたしだけがひとり、取り残されて。でも、どうしたらいいかわからなくて。不安で……。大貫さんだって、そうじゃなかったんですか? 悲しかったんじゃ、ないんですか?」
「……」
二人に見つめられながら、わたしはさらに言った。
「どうしようもないことも、あるかも、しれないですけど……諦めなきゃいけないことも、あるかも、しれないですけど……でも、寂しいって言えないのは……もっと、ずっとつらいことなんじゃないでしょうか。わたしは、わたしは少なくともっ……」
そこまで言った瞬間。
ぽろっと涙がテーブルにこぼれた。ハッとして、手で拭う。
「あっ……? あれっ? ご、ごめんなさい」
「真白」
見ると、青司くんがハンカチをわたしに差し出していた。
わたしはそっとその水色のハンカチを受け取る。
「あ、ありがと。青司くん……それと、ごめん」
青司くんは強く首を振った。
大貫さんはそんなわたしたちの様子を見てぽつりと言う。
「まあ……そうだね。真白ちゃんの言う通りかもしれないね。寂しいって言っても、世界が変わるわけじゃないから、言っちゃダメだと思ってた。わたしゃ寂しさに慣れたんだって、そう思い込んでた。でも……そうだね。真白ちゃんもずっとそうだったんだね。ありがとう真白ちゃん、あんたもそうだってわかって、なんだか気持ちが楽になったよ」
「大貫さん……」
「ずっと、頑張ってたんだね、真白ちゃんは……。なら良かったね。またこの青司くんに会えてさ」
「……はい」
大貫さんに優しい眼差しを向けられて、わたしは堪えてきたものがさらに溢れてしまった。
青司くんのハンカチに顔をうずめる。
だめだ。
泣くなんて。
だってこれじゃ、まるで青司くんを責めているみたい……。
泣き止みたいのに、わたしはすぐには落ち着けなかった。
だって、大貫さんの状況と強く重ねてしまっていたから。
母曰く――。
大貫さんの家は、よく食事のことで揉めていたらしい。
息子さんのお嫁さんがあまり料理の得意ではない人だったようで、夜遅く帰ってくる息子さんの健康を心配した大貫さんがことあるごとに口を出してしまっていたそうだ。
当然、お嫁さんは良く思わない。
隣の家のお絵かき教室の先生も、料理上手ときているし。
義理の母も、そんなお隣さんとしょっちゅうおかずやらお菓子を交換している。
今なら、そのお嫁さんの気持ちがわかる。
まわりは自分より能力が上の人たちばかりで。
そんな人たちに囲まれて、無言のプレッシャーを受け続けていた。
それは、相当ストレスのかかる生活だったと思う。
でも、大貫さんの気持ちだってわかる。
大貫さんは、自分の息子のことを、家族のことをなにより心配していたんだ。そして、自分ができる範囲だけでもどうにかしたかったんだ。
わたしは、お皿の上のパンケーキを眺める。
その上にはいろんなものが載っていた。
あんこに生クリームに抹茶パウダー。
いろんなものが載っているのに、こうして食べても不思議とケンカしない。人間関係もこうであればいいのに。
「真白、大丈夫?」
「あ……うん! 大丈夫」
青司くんに呼ばれて、顔をあげる。
こんな泣いたりしてどうしよう。変に思われなかっただろうか。水色の青司くんのハンカチをギュッと握りしめる。青司くんは笑顔でわたしに訊いてきた。
「ねえ真白、どうだった?」
「えっ?」
「パンケーキの味」
「あ、ああ……」
「感想、言ってよ。ね?」
「……うん」
そうだ。思い出した。
わたしはこれを試食して、判断する係だった。お店に出してもいいかどうか。桃花先生のおやつと同じように、幸せな気持ちになれるかどうか。
桃花先生もよくパンケーキを作ってくれたけど、こういうあんこ入りのは食べたことなかった。でも、清澄のどら焼きとか今川焼きはよく食べさせてくれたから、懐かしい気持ちになる。
「小倉パンケーキ、美味しかったよ。桃花先生はジャムとか、はちみつとか、バターとか載せてたけど、これはこれで良かった。和、って感じだし。できたら……バニラアイスとかも載せるいいかも。口がさっぱりするし、なによりあったかいのと冷たいのが一緒に楽しめて面白いっていうか。それと――」
そこまで言って、ぎょっとした。
青司くんが真顔でこちらを見つめていたからだ。え、なんで? ちょっと、怒ってる……?
わたしはあわてて大貫さんに話を振った。
「え、えっと……。って、思ったんですけど……お、大貫さんはどう思いますか?」
「そうだねえ、たしかにアイスが載ってたらもっと美味しいだろうねえ」
「で、でしょう? ね、だから今度お店で出す時はそうして――」
「……っ」
そこまで言ったところで、今度は急に青司くんが泣きだしてしまった。
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