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五日目
第27話 「偵察」
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「どうかお願いします! 一刻も早く査察に来ていただきたいのです!」
そう言われましても……我々も慎重に行動していまして。できればあと一日だけ、お待ちいただけませんか」
「今、この時間もガーネット様は貞操の危機にあるのです。どうか、どうか!」
教会の懺悔室では、ダニエル神父が謎の密告者と面会していた。
顔は見えないが声で女性だというのだけはわかる。
ダニエル神父が丁寧に説得すると、女は深いため息をついて懺悔室を出ていった。
「はあ、私もできるだけ、早く保護してあげたいのですがね……」
建物から女が完全に出て行ったと思われる頃合いを見計らって、神父も外へ出る。
と、そこに慌てた様子の修道女たちがやって来た。
「た、大変です、ダニエル神父!」
「どうしました?」
神父は彼女たちの話を聞いて、目を見開いた。
◇ ◇ ◇
教会から女が出てきたのを確認すると、ある者がその後を尾行しはじめた。
目の前を歩いているのは黒いワンピースの上に、白いエプロンをつけた「メイド」だ。その服はサンダロス伯爵邸で働く者にしか支給されない特別製のもの。市販品と見紛うわけがない。
メイドが人通りの少ない路地に入ると、早足で追いつき、その肩に手を置いた。
「オイ待て」
「きゃっ!」
突然振り向かされた若いメイドは、相手の顔を見て目を見張った。
「ま、マーク様!」
その名の通り、尾行していた人間はサンダロス伯爵の長男・マークだった。
メイドはあんぐりと口を開けたあと、ハッとして目を泳がせる。
「ど……どうしてこんなところに」
「それはこっちのセリフだ。なぜ今、教会から出てきたんだ? サーシャ」
「そ、それは……」
後ろめたいことがあったのか、女は口ごもる。
マークは掴んでいた手を離すとニヤッと笑ってみせた。
「ま、おおかた想像はつくがな。もしお前のやっていたことが父上にバレたら……どうなるかわかってるのか?」
「ち、違うんです。わたしは頼まれただけで!」
「頼まれた……誰にだ?」
「……!」
メイドはしまった、という顔をする。
「言えば、黙っていてやる。だが言わないなら……この件を父上にも報告するし、これからそこの宿にも連れ込む」
マークが親指でさしたのは、寂びれた小さな民宿だった。
メイドは一気に顔を青くする。
「わ、わかりました……。お仕置きだけはどうか、ご勘弁を! わ、わたしにお言いつけになったのは……」
マークはサーシャからその名を聞くと、したり顔になった。
◇ ◇ ◇
一方、黒猫は全速力で街中を駆けていた。
いろんな人や物にぶつかりそうになりながら、ひたすら屋敷を目指す。
館の前の深い堀が見えてくると、いつもの西側の「飛び石」に向かった。
だが、いざ駆け付けてみると、妙な人間たちがそのあたりにたむろしている。
黒猫は警戒して、あわてて岩陰に隠れた。
「団長、このあたりが良さそうですぜ」
「そうだな、ハンス。正面突破はいくらなんでも愚策だ。だが、ここも……さえぎるものが何もない。仕事にとりかかるのは、陽がとっぷりと暮れてからだな」
「そ、そう、ですね……うまくいくと、いいんですが……」
この男たちはどこかで見た顔だと思った。
――――そうだ。こいつら! ガーネットが乗っていた馬車の……。
人攫いだと聞かされていたのを思い出す。
――――こんなところでいったい何を……? まさかこいつら、またガーネットを!?
しばらく様子を伺ってみるが、彼らはこれ以上どうもしなさそうだった。今は下見をしにきたらしい。
――――まずいな。今ボクが動いたら、絶対に堀を渡るところを見られる。……仕方ない、あいつらがいなくなるまで待つか。
まさか自分のような「ただの猫」を一度会っただけで向こうが憶えているとは思わなかったが、変に注目されたくなかった。
物陰に隠れること、十数分。
男たちがようやくいなくなったのを見計らって、黒猫は動き出した。
すでに時刻は、街の空が赤く染まる頃合いとなっている。
堀を渡り、黒猫はいつものガーネットの部屋を目指した。
バルコニーに到着してから部屋をのぞくと、まだ部屋の主は戻ってきていなかった。
しかたがないので、しばらくそこで待機する。
――――はあ、なんだか厄介なことになってきたな。あの変な女に、人攫い……か。教会の連中も何かしてるみたいだし……。どうしたもんかな。
暮れゆく街並みを眺めながら、黒猫はしばし物思いにふけった。
そう言われましても……我々も慎重に行動していまして。できればあと一日だけ、お待ちいただけませんか」
「今、この時間もガーネット様は貞操の危機にあるのです。どうか、どうか!」
教会の懺悔室では、ダニエル神父が謎の密告者と面会していた。
顔は見えないが声で女性だというのだけはわかる。
ダニエル神父が丁寧に説得すると、女は深いため息をついて懺悔室を出ていった。
「はあ、私もできるだけ、早く保護してあげたいのですがね……」
建物から女が完全に出て行ったと思われる頃合いを見計らって、神父も外へ出る。
と、そこに慌てた様子の修道女たちがやって来た。
「た、大変です、ダニエル神父!」
「どうしました?」
神父は彼女たちの話を聞いて、目を見開いた。
◇ ◇ ◇
教会から女が出てきたのを確認すると、ある者がその後を尾行しはじめた。
目の前を歩いているのは黒いワンピースの上に、白いエプロンをつけた「メイド」だ。その服はサンダロス伯爵邸で働く者にしか支給されない特別製のもの。市販品と見紛うわけがない。
メイドが人通りの少ない路地に入ると、早足で追いつき、その肩に手を置いた。
「オイ待て」
「きゃっ!」
突然振り向かされた若いメイドは、相手の顔を見て目を見張った。
「ま、マーク様!」
その名の通り、尾行していた人間はサンダロス伯爵の長男・マークだった。
メイドはあんぐりと口を開けたあと、ハッとして目を泳がせる。
「ど……どうしてこんなところに」
「それはこっちのセリフだ。なぜ今、教会から出てきたんだ? サーシャ」
「そ、それは……」
後ろめたいことがあったのか、女は口ごもる。
マークは掴んでいた手を離すとニヤッと笑ってみせた。
「ま、おおかた想像はつくがな。もしお前のやっていたことが父上にバレたら……どうなるかわかってるのか?」
「ち、違うんです。わたしは頼まれただけで!」
「頼まれた……誰にだ?」
「……!」
メイドはしまった、という顔をする。
「言えば、黙っていてやる。だが言わないなら……この件を父上にも報告するし、これからそこの宿にも連れ込む」
マークが親指でさしたのは、寂びれた小さな民宿だった。
メイドは一気に顔を青くする。
「わ、わかりました……。お仕置きだけはどうか、ご勘弁を! わ、わたしにお言いつけになったのは……」
マークはサーシャからその名を聞くと、したり顔になった。
◇ ◇ ◇
一方、黒猫は全速力で街中を駆けていた。
いろんな人や物にぶつかりそうになりながら、ひたすら屋敷を目指す。
館の前の深い堀が見えてくると、いつもの西側の「飛び石」に向かった。
だが、いざ駆け付けてみると、妙な人間たちがそのあたりにたむろしている。
黒猫は警戒して、あわてて岩陰に隠れた。
「団長、このあたりが良さそうですぜ」
「そうだな、ハンス。正面突破はいくらなんでも愚策だ。だが、ここも……さえぎるものが何もない。仕事にとりかかるのは、陽がとっぷりと暮れてからだな」
「そ、そう、ですね……うまくいくと、いいんですが……」
この男たちはどこかで見た顔だと思った。
――――そうだ。こいつら! ガーネットが乗っていた馬車の……。
人攫いだと聞かされていたのを思い出す。
――――こんなところでいったい何を……? まさかこいつら、またガーネットを!?
しばらく様子を伺ってみるが、彼らはこれ以上どうもしなさそうだった。今は下見をしにきたらしい。
――――まずいな。今ボクが動いたら、絶対に堀を渡るところを見られる。……仕方ない、あいつらがいなくなるまで待つか。
まさか自分のような「ただの猫」を一度会っただけで向こうが憶えているとは思わなかったが、変に注目されたくなかった。
物陰に隠れること、十数分。
男たちがようやくいなくなったのを見計らって、黒猫は動き出した。
すでに時刻は、街の空が赤く染まる頃合いとなっている。
堀を渡り、黒猫はいつものガーネットの部屋を目指した。
バルコニーに到着してから部屋をのぞくと、まだ部屋の主は戻ってきていなかった。
しかたがないので、しばらくそこで待機する。
――――はあ、なんだか厄介なことになってきたな。あの変な女に、人攫い……か。教会の連中も何かしてるみたいだし……。どうしたもんかな。
暮れゆく街並みを眺めながら、黒猫はしばし物思いにふけった。
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