18 / 170
第1章 発端
15
しおりを挟む
あのお握り定食を食べている時に、神田先生の吹き出しが現われたのだ。
最初、何が起こったか分からなかった。でも、驚かなかった。今もその頃も、私は動じるということがないからだ。不思議な光景に、ただただ見入っただけだった。
その時視たのは、神田先生の悲恋物語だった。
それで分かった。先生が孤高の人に見えた訳が……。
先生は医療ミスで、結婚三年目にしてようやくできた赤ちんと奥さんを亡くされていたのだ。そして、鯵フライは亡くなった奥さんの得意料理だった。
『聖天君、ボーッとしてどうしたんだい?』
食事の手を止めてしまった私に気付き、先生が訊ねた。
『先生の奥さんと赤ちゃん、死んじゃったんだね』
今もだが、あの当時の私はもっと正直だった。だから、視たままを先生に伝えた。先生の驚きは尋常ではなかった。
当然だ。周囲に隠すほど触れられたくない辛い過去を、知った風な顔でペラペラと子どもが喋っているのだから……でも、神田先生はやはり他の人とは違った。
その日の夜、我が家にやって来た先生は、今日の出来事を両親に話し『正しい方向に導いてあげて下さい』と言ったのだ。
そして、両親もまたできた人だった。その話を真実として真摯受け止め、私を否定することなく慈しみ育ててくれた。だから、私は自分を卑下せず生きてこられたのだと思う。
ただ……クーラウ同様、私はあの店の味が忘れられなかった。だから、少し遠かったが、度々店の前まで行った。
店の名前は今も覚えている。
“楓食堂”だ。それがあの古びた小さな食堂の名前だった。
最初、何が起こったか分からなかった。でも、驚かなかった。今もその頃も、私は動じるということがないからだ。不思議な光景に、ただただ見入っただけだった。
その時視たのは、神田先生の悲恋物語だった。
それで分かった。先生が孤高の人に見えた訳が……。
先生は医療ミスで、結婚三年目にしてようやくできた赤ちんと奥さんを亡くされていたのだ。そして、鯵フライは亡くなった奥さんの得意料理だった。
『聖天君、ボーッとしてどうしたんだい?』
食事の手を止めてしまった私に気付き、先生が訊ねた。
『先生の奥さんと赤ちゃん、死んじゃったんだね』
今もだが、あの当時の私はもっと正直だった。だから、視たままを先生に伝えた。先生の驚きは尋常ではなかった。
当然だ。周囲に隠すほど触れられたくない辛い過去を、知った風な顔でペラペラと子どもが喋っているのだから……でも、神田先生はやはり他の人とは違った。
その日の夜、我が家にやって来た先生は、今日の出来事を両親に話し『正しい方向に導いてあげて下さい』と言ったのだ。
そして、両親もまたできた人だった。その話を真実として真摯受け止め、私を否定することなく慈しみ育ててくれた。だから、私は自分を卑下せず生きてこられたのだと思う。
ただ……クーラウ同様、私はあの店の味が忘れられなかった。だから、少し遠かったが、度々店の前まで行った。
店の名前は今も覚えている。
“楓食堂”だ。それがあの古びた小さな食堂の名前だった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる