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第6章 再就職

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「素材にはこだわりを持っているからねっ」

そう言えば、樫野チーフは『安心A安全A美味B』をモットーにしている。

「牛乳や卵だけじゃないよ。お客様に召し上がって頂くんだ。どれも最高の材料じゃなきゃ。だろ? 寧々ちゃん」

料理に対する樫野チーフの姿勢はいつもどんな時も真摯だ。だから、こんな風に料理の話をするときはオネエ様を封印するんだ、と彼の変身を理解する。

「――何だか恥ずかしいです」
「恥ずかしいって?」
「私は自分の欲求を叶えるためにクーラウに入ったから……」

動機が賄い目当てだなんて……不純すぎる。樫野チーフの尊大な言葉を聞いた後だ。尚更だ。穴を掘って埋もれてしまいたくなる。

「そう言えば寧々ちゃんって、美味しい賄いが食べたかったんだったね?」

「恥ずかしながら、そうです」と頷くと、樫野チーフは「舌を肥やすのも料理人の努めだよ」と慰めるように言ってくれた。

「寧々ちゃんの場合、まだ、どの賄いを食べても美味しいとしか思わなかったよね?」

確かにその通りだった。

「それは本当に美味しい物を、まだ多く食べていないからだ。でも、寧々ちゃんのお握り定食は本当に美味しかった。美味を感じる舌を持っている証拠。だから、精々美味を舌感すればいい」

「――いっぱい食べたら、樫野チーフのような料理人になれますか?」

「いや、それは無理だろう」と間髪入れず白戸さんが答えた。

「友宏は天才だからな」
「――ごもっともでございます」

恐縮して項垂れると、途端に場が笑いに包まれた。
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