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第一部 第五章 知者の王と雷神

63話 魔神の血の誓いと縛り

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「ふ……はは……ふはははははははは!!」

 美琴と灯里の二人と別れ、重い足でブラッククロス本部に戻ったマラブは、今すぐにでも完備されているシャワー室に行ってさっぱりして、無駄に高価なマットレスが使われているベッドのある仮眠室に行って、ダイブして泥のように眠ってしまいたいという欲を我慢しながら、仁一に報告する。
 アイリという電子面で異常な性能を誇るAIがいるため、配信での宣言は信用していなかったようだが、直接マラブの口から聞いてあれが真実だと知り、狂ったように高笑いする。

「いい、いいぞ! これで燈条灯里を手中に収めることができる! それだけではない……あの魔法使いとのコネクションだって手に入る! これで俺のクランは、日本、いや、世界最強のクランになれる!」
「……強い駒を手に入れるためにその他大勢を犠牲にするんじゃあ、最強からは程遠い場所に墜落しそうだけどね」

 自分が思い描いた明るい未来がすぐそこにあると信じてやまないのか、ひたすら高笑いする仁一に聞こえないほど小さな声で、ぼそっと呟く。
 的確な知略、策略を今まで授けてきたが、彼が選択し続けているのは最善のものとは程遠いと言えるだろう。
 現に、大人しくマラブの授ける策略を聞き入れていれば、バアルゼブルという全ての魔神の中でも最強の魔神を宿す雷電美琴が登場しても、ここまで酷いことにはならなかっただろう。

 今の時点で彼女は、バアルゼブルの力を引き出せてこそいるがそれは完全ではないようなので、全盛期からは程遠い実力となっているが、それは魔神とぶつかった時の話で、人間の尺度で考えるとあの強さは脅威でしかない。
 天候支配。一瞬でものを炭化させられる、超高電圧超高電流の無尽蔵の雷。雷と同等以上の速度での移動と、その超速度から繰り出される鋭く重い攻撃。
 それらが己の喉元に突き付けられることも、大人しくしていれば確実になかっただろう。

 それなのに欲をかいたこの男の誤った選択の数々のせいで、全盛期ほどではないにしろ最強と変わらない力を持つ雷神と、更には不死身と炎、偽りと最速の魔神にまで目を付けられる羽目になってしまった。

「クク……。あとはあの小娘の持つ、天候の支配までできる最上呪具を手に入れるだけだ……! そうだな……あの呪具を返してほしければ、俺のクランに参加するように命令するのも悪くないかもな。若すぎはするが、見た目も悪くないしなあ……。あぁ、楽しみだ……! あのクソ生意気で調子に乗っている小娘が、あの人気も名誉も何もかもを失って失墜し、全てを取り戻すために俺の命令を聞いて地面に這いつくばって俺に懇願する姿が目に浮かぶ……!」

 ……もう、これはダメかもしれない。
 イカれた思考に情欲に満ちた顔。あの最強の力が全て呪具から来ているものではないと知っているマラブは、世界的大企業にまで成長したRE社現社長、日本を代表する芸能事務所I&M社長、イギリスに住む理不尽代表の炎の魔法使いのことを思い浮かべる。
 ぱっと思いつくだけでも、一瞬でありとあらゆる地位と名誉を失いかねない怪物三人に喧嘩を売ろうとしているのに、更に追加で世界で唯一の特等退魔師、平安時代から生き続ける最強の呪術師までも敵に回しかねない。
 その上、世界中の最精鋭魔術師や退魔師、呪術師、その他限定種族特化の殲滅屋スレイヤーをかき集めても勝てないであろう魔神二人すら敵に回そうとしている。
 もうこれ以上ここにいるメリットもなくなってしまったなと、長くため息を吐き、二週間後の深層攻略が終わった後で誰に何をどう言われようと、ここを退職することに決めた。



 そしてその日の夜。マラブは再び人気のない倉庫まで一瞬で連れ去られ、首に大鎌を突き付けられて涙目になって、尻もちをついて壁際に追いやられていた。

「さて、事情の説明をお願いしようかしら」

 口元は笑顔を浮かべているのに、目は一ミリも笑っていない超怖い顔をしている、明るい茶髪を緩く縛っておさげにしている不死の炎の少女が、感情のこもっていない声で言う。

「私が何か言ったわけじゃないのよ! 全部あのバカが独断専行で考えた、手の込んだ自滅計画なの! 私はあんた達二人がどれだけ強いかも、どれだけ怖いかもよく知っているんだから、喧嘩を売るようなことはしないってば! この深層攻略作戦が終わったその日には、あのバカとは金輪際関わらないって約束するから! あの血族とも未来永劫、どんな間違いがあっても関わらないって誓うからあ!」

 既に背中から燃える翼を出している化け物と、権能の一部を開放しているらしい大鎌を持つ化け物からほとばしる、大瀑布のような殺気を感じながら、体中を震わせ涙を流しながら自分は無実だと訴える。

「到底信じられませんね。わたし達は繰り返し、彼女に危害を加えないようにと警告してきたのに、尽くを破られていますから」

 しかし、大昔の魔神時代の数々の悪行のせいで、微塵も信用してくれない。

「だからぁ! それは私のせいじゃないのよぉ! どれだけどう行動すれば未来は明るくなるっている策略を授けても、全部無視するあいつが悪いのよ! 私の権能と性格を知っているでしょ!? 自分から死にに行くようなバカな選択を、私がすると思う!?」
「何よりも自分の命を優先する性格なのは知っているけど、あんたは昔から人同士が殺し合う様を見るのが好きな根腐れ悪党だから、意図的に誘導していることも否定できないわ」
「人が殺し合うどころか、自分で殺すことに快楽を感じて、その時の断末魔と零れる血と臓腑を見聞きして興奮する変態の殺人狂の戦闘狂が、今ここにいることを忘れて───ヒェ!?」
「口を慎んでください。わたしはそこまで懐が深いわけではありませんので」

 ぐっと大鎌の刃が首に押し付けられ、鋭利な刃が柔肌を裂いて少しだけ食い込む。
 顔を真っ青にして、恐怖のあまり涙をぼろぼろ流しながら、付けられた傷から血が流れるのを感じ、一文字でも選択を誤った瞬間死がやってくる気配を感じる。
 メイド服を着ている魔神は、マラブの目には命を刈り取りに来た死神にしか見えなかった。

「かつての行いのせいで、今のことを信じてもらえないなんて不憫ね。で、どうやって今後あれと関わらないって約束するわけ? 私達には魔術も呪術も効かないわよ」
「ひ、一つだけ方法があるじゃない! 神血縛誓しんけつばくせいを使えば、血の誓約を結んだ二柱の魔神が同意しない限り、絶対に破れない魔神だけの縛りがあるじゃない! あなた達二人とそれを結ぶから、お願いだから殺さないで!」

 神血縛誓。それは魔神が己の血を媒体に、決して破らないと誓ったことを魂に縛り付けることで行う、魔神同士での約束の付け方だ。
 もしこれを破ってしまえば、破った側の魂が七日間かけてじっくり削られて行き、最終的に絶命する。しかもその間、夜に眠ることすら不可能なほどの耐えがたい苦痛を味わい続ける。
 七日間は、破ったことを反省して誓いを破ったことに対する贖いをするための期間で、その間にこれを結んだもう片方の魔神が許せば、死ぬことはない。
 ちなみに、これは自分自身にかけることも可能で、これを呪術で言う制誓呪縛と同じ要領で使うと、大幅な強化が入る。代わりに、自分で決めた縛りを破ると強化が入る前の状態よりも大幅な弱体化が入り、元に戻すことは不可能になる。

 そんな命がけな誓約方法を、マラブは涙を流しながら提案する。
 その直後に、繝輔ぉ繝九ャ繧ッ繧ケが右手の左差し指の腹を歯で食い破り、滲み出た血を右手の平に塗り付けて差し出す。
 慌てて立ち上がって、マラブも己の右手の平に爪で傷を付けることで血を流し、差し出された右手を取る。

「我らが偉大なる王、ソロモンの名において、これから話すことは決して破らないと誓うか」
「ち、誓うわ」
「では一つ。深層攻略作戦後は未来永劫、ブラッククロスとそのクランマスター、成員全てと関わらないと誓うか」
「誓うわ」
「二つ。絶対にバアルゼブル、器の名を雷電美琴に、危害を加えないと誓うか」
「誓うわ。追加で、あの子のために尽力することも誓うわ」
「三つ。彼女に対して嘘は吐かないと誓うか」
「誓うわ。確認だけど、傷付けない優しい嘘くらいは平気かしら」
「……それくらいなら許す。最後に四つ。あんたも深層攻略に参加し、バアルゼブルの補助に当たることを誓うか」
「っ、……ち、誓うわ」

 戦闘力ゼロの自分が行ったところで何もないだろうと言いたかったが、繝輔ぉ繝九ャ繧ッ繧ケの後ろで大鎌を構えるルビーの瞳の死神がいるので、誓わざるを得なかった。
 四つの誓いを立て、二人の間で誓約が結ばれると、握っている手の間から血が滲み出てきて、均等に分かれて胸の中心に吸い込まれて行く。
 じくじくとした痛みが走り、ゆっくりと体中にしみわたっていき、消える。これが、神血縛誓が完全に結ばれた証左だ。
 手を離すと、後ろでスタンバイしていた死神様とも同じ内容プラスαで誓約を立てる。

「誰よりもこういうのに詳しいあんただから破らないだろうけど、もし破ったらその瞬間焼き殺しに行くから覚悟して」
「ではわたしは、あなたが焼き殺された後はその心臓を抉りに行きますので、くれぐれも今夜のことはお忘れなきよう」
「あんな怖い思いをしておいて忘れるわけないじゃない。あんなのもうトラウマよ。確実にしばらく悪夢で見るわ……」

 魔神同士の誓約を結んだおかげで多少は信用と信頼を得られて、更には二人からずっと向けられ続けた、人間ならそれだけで死にかねない殺気が引っ込んだため、安心してしまい腰が抜けて地面にへたり込む。

「それじゃ、あんたの仕事を砂粒程度には期待しておくから。バアルゼブルが深層から無事に帰ってこられるように、権能をフルに使って助けて頂戴ね」

 それだけ言って、炎で体を包んでその場所から消え去る。

「……神血縛誓までやったのですから、次はありませんからね」

 大鎌を消した死神メイドが、妖しく恐ろしい笑みを浮かべたまま顔を耳元まで近付けて、底冷えするような声で囁く。
 サーっと血の気が引いていくのを感じ、体を震わせ歯をカチカチと鳴らしていると、優雅に一礼してから何かがずれるような感覚とともに消える。

「……もう、嫌だよぉ……」

 ブラックホールやダークマターもびっくりなブラッククランで、安月給でこき使われ、行きたくもないダンジョンに無理やり潜らされてモンスターに追いかけまわさて、全盛期バアルゼブルと互角に戦える化け物二人に詰め寄られ、いよいよ心が限界を迎えそうなマラブは、膝を抱えて顔をうずめ、しばらくそこで一人静かに涙を流し続けた。
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