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第一章 【殺人鬼】
18、
しおりを挟む「ば、バカな……」
そう言う町長の声は震えている。
「お前は死んだはずだ!」
「そう、確かに殺されたよ」
叫びに対応するは、とても落ち着いた声。ぞっとするほどに静かな声で、ドランケは答えた。
「お前に刺されて、ね」
血の色を宿すのに、氷のように冷たい目が向けられた先。
それは町長であった。
「これほどに動かぬ証拠はないねえ。死人に口なしなんて言葉あるけれど、死人が証言してくれることほど確実なものはない」
どこか楽し気に言うのはアルビエン伯爵。
それに対し声を震わせるのは、町長だ。
「し、死んでなかった、と……?」
「いいや、確かに死んださ。だが生き返った、それだけのこと」
「あれだけ刺して、血を流して、まだ生きてるだって?」
「見ての通りで」
おどけたような顔で、手を広げてクルンとその場で回るドランケ。それが様になっているのだから、あの情けないドラ男と同一人物とは誰も思わないだろう。
「それにしたって、平然と動けるものなのか?」
「動いてるんだからそうなんだろう。そんなことより、俺の証言をもう一度言うぞ。俺をザクザク刺したのはあんただ、町長」
言ってドランケは町長を指さした。
「そこに転がってるカルディロンも……過去の犠牲者も、あんたなんだろう?」
「な、なんのことかワシには……」
「まだしらばっくれるか。まあいいさ。なあザカエル」
そこでドランケはザカエルを見た。
「え?」
「お前は父親が犯人だと知っていたのか?」
「いいえ」
問いに即答。
ザカエルは青い顔で首を横に振った。
「知ったのは、つい先ほど……カルディロンを笑って刺してるのを見た瞬間です」
「そこなんだが、なぜ今更町長は家で殺人なんかを?」
「それは……僕らが居ないと思っての油断でしょう」
「というと?」
「昨夜の事件前、この町は物騒だからと、妻の実家に帰るよう言われました。もう子供らも眠っているから明日と言ったのに、今すぐ帰れと聞かなくて……酔ってる父はいつも頑固なんです。仕方なく馬車を出して、妻子を実家に送り届けました。ですが僕は父が心配になって、先ほど帰って来たんです」
そう言えば、ドクロ伯爵が昨夜町長を見た時、ベロベロに酔ってる町長が居たなと思い出す。
あの後すぐにザカエル一家を妻の実家に追いやって、ドラ男への犯行に及んだのか。もう少し観察していればその現場に立ち会えたのかと思うと、口惜しいことだ、と伯爵は内心舌打ちをする。
「馬車を返却して、家に戻る前に自警団本部に寄ったら、ドラ男さんが殺されたことを聞きました。それとカルディロンが父に呼び出されたとも聞きました。それで家に帰ったら……父が、カルディロンを……」
悲痛な顔と声でザカエルはそう言って、父親の顔を……町長を見る。
「止めようとしたら、父が僕に短刀を向けたんです。仕方なく、護身用の短刀を抜いたところで、伯爵が……」
「僕らがやって来た、というわけか」
そしてドランケもやって来た、と。
ザカエルの視線の先には、満足げに顎を指で撫でる伯爵。
「うんうん、いいね。証拠も推理もなにもない、現実なんてそんなもの。都合よく証拠があって推理が出来るなんてことはないんだ。そして事件はこうもアッサリと解決するものなんだよ。楽しいねえ」
楽しいか? とモンドーは思うが、伯爵が楽しいと言うのならそうなのだろう。
「でも楽しくない」
そう言ってスッと顎から指を話す伯爵は途端に無表情となる。
「それではなんにもつまらないんだよ」
言って、また一歩町長へと近付いた。
「ち、近付くな! 殺すぞ!」
「そんなつまらない話では小説にもならない。真実は小説よりも奇なり、ありゃあ嘘だね。真実はいつだって小説に負ける」
「な、なにを……」
「だから終わらせる。終わらせよう、ドランケ伯爵」
足を止めて伯爵は背後を振り返る。
その視線の先にたたずむドランケは軽く肩をすくめた。
「あんまり美味そうではないがな」
「文句言えた立場かい?」
「たしかに」
二人にしか分からない会話。二人だけの会話。
町長が眉をひそめ、「なにを……」と呟いた直後。
ドランケが、目にも止まらぬ早さで動き、一瞬にして町長の顔を掴む。町長が喉の奥から悲鳴を上げる。
「僕は領主として、町を守る義務がある。そして僕はキミが嫌いだ町長。ならばどうすればいいかなんて、結論は一つ」
ピッと人差し指を立て、楽し気に伯爵は言う。
「消えてくれ」
直後。町長の首に牙を突き立てた吸血鬼ドランケは、ひと言「不味い」とだけ言った。
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