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しおりを挟む「おいふざけるなよ、婚約者の俺と踊ることの何が嫌なんだ!?」
「あなたは私の婚約者ではありません!」
嫌がる私の手を強く握り、詰め寄るサルボス。
恐いと思うけれど、ここは引き下がれない。私はキッと睨んで言い返した。私が言い返した事、婚約者ではないと言ったことに一瞬怯んだサルボスだったが、すぐにその顔は怒りの形相に変わる。
「ふざけるな!!」
右手が振り上げられる。
ウソ、殴られる──!?
予想外の行動に、私の体がビクリと震えた。情けない事に、想像では出来ても実際に抵抗や逃げることなんて、簡単にできる事ではないのだ。
思わず目を閉じ、襲い来る痛みに体を固くする。
……だが、いつまで経っても、痛みは訪れなかった。
「……?」
どうしたんだろうと恐る恐る目を開いて……私は目の前の光景に、驚き目を見開いた。
「……アンディ様?」
「大丈夫かいエリス」
目の前に立っているのは、アンディ公爵令息様。なんと彼がサルボスの腕を掴み、ギリギリと締め上げていたのだ。
「い、痛い!この、離せ!」
「レディを殴ろうとするなんて最低な奴だな。エリスに謝れ」
「だ、黙れ!俺の婚約者だぞ、何をしようが俺の勝手だ!それになんだ、勝手にエリスを呼び捨てにするな!──いででで!!」
顔を真っ赤にしてなお喚くサルボスの腕を、いよいよあらぬ方向へと曲げるアンディ様。サルボスの顔が真っ赤から真っ青へと変わる。
「呼び捨てにするなだと?俺の婚約者だと?貴様、よくもぬけぬけと……」
アンディ様の低い声が、静まりかえった会場内に響く。
「エリスはお前の婚約者ではない」
「な、何を言うか!彼女は俺の婚約者で、俺はいずれ伯爵家に婿養子に……」
「エリスは私の婚約者だ」
その言葉でサルボスの動きがピタッと止まった。何を言われたのか分からない、そんな呆けた顔で、彼はアンディ様の顔を見つめる。
そして徐々に言葉の意味が理解出来たのだろう。赤くなったり青くなったり忙しい顔で、パクパクと口を開閉して言葉にならない言葉を乗せる。
「ふ、ふざけ……」
「ふざけてない、本当だ。お前との婚約が破棄されたと聞いて、私から求婚したんだ」
そう。私はアンディ様と婚約している。
サルボスとの婚約破棄で、少しばかりショックを受けていた私に申し込まれた、新たなる婚約話。
もちろん最初は素直に受け入れられなかった。
だって公爵令息だよ?サルボスの家より上位貴族!そんな人が本気で私と婚約したいと思うわけない。
また駄目になったらどうしよう?他に好きな人が出来たと言われたら?
すっかり臆病になった私に、アンディ様は時間をかけてゆっくりと……優しく包み込むように接してくださった。
今やすっかり私は彼の虜だ。正式に婚約した時は、嬉しくて泣くくらいに。
「私の婚約者に手を出したら許さない」
パッとサルボスの手を離したアンディ様は、ツカツカと早足で私の前にやって来た。心配そうに私の顔を覗き込む。そっと頬に触れる手は、とても優しい。
「直ぐに来れなくてすまない」
「いいえ、いいえ……助けてくださってありがとうございます」
そして優しく抱きしめてくださった。私は嬉しくてその胸に顔をうずめる。
愛する喜び、愛される喜び。
それは彼が教えてくれた。サルボスが一度も教えてくれなかった感情を、彼は教えてくれたのだ。
「う、嘘よ!」
その時、甲高い声が響いた。
ベリイ嬢だ。
彼女はツカツカと近づいて来て、私達に詰め寄った。
「エリス様!あなたサルボス様という婚約者がいながら……不貞を働いておられたのですか!?」
「それは違うわ。不貞を働いたのはサルボス様のほうよ。ベリイ様、あなたとね」
「……!私達はとうに別れましたわ!」
「いいや、それは嘘だな」
顔を赤くして詰め寄る彼女に、嘘だと言ってのけたのはアンディ様。
彼は私を抱きしめたまま、器用に一枚の紙を懐から取り出して、広げて見せた。
それはあの日から──学園でサルボスとベリイ嬢がコソコソ逢瀬してた時、詰問しようとした私をアンディ様が止めたあの日から──地道にコツコツ二人の関係を調べ上げた結果だ。サルボスのふざけた計画を潰すため、アンディ様が影で集め続けた証拠によって、出た結果である。
「エリスに再婚約の話をもちかけながら、裏でお前達二人が会ってる証拠は既に王家に提出済みだ。サルボス殿の侯爵家も貴女の男爵家も、これを承知している。そして二人に出された沙汰がこれだ」
「……?何よこれ!!」
差し出された紙をひったくるようにして奪ったベリイ嬢は、その内容を見て一気に顔を青くした。
「な、なんだどうしたベリイ、なんと書いてあるのだ!?……ってなんだこれは!!」
二人同じような反応で真っ青になる。
そこに書かれてる内容は、私も事前に把握済みだ。
「二人仲良く平民暮らしをするんだな」
アンディ様はそう告げて、パチンと指を鳴らした。衛兵がドカドカと入って来て、サルボス様とベリイ嬢の体を掴んだ。
「な、なんだ、無礼者、離せ!俺は侯爵家の人間だぞ!?」
「ちょ、やめてよ、私は関係ないわ!私は何も悪くない!」
暴れるサルボス様とベリイ嬢に構わず、衛兵達は二人を引きずるように連れて行った。
「ふざけるな、俺は侯爵令息だぞ!?どうしてこんな女と二人で平民にならねばならないんだ!!」
「なんですってえ!?私だってあんたみたいな傲慢な男と一緒なんて、まっぴらごめんよ!」
「なんだと!?男に媚びを売るしか能のない女が!」
「あんたは脳みそ詰まってないくせに!!」
最後はお互いに罵り合いへと発展する。騒がしい二人は、騒がしいまま会場を後にするのだった。
それを呆然と見送る私。アンディ様がギュッと抱きしめてくる。
「馬鹿な二人はようやく排除できました。……貴女は私が幸せにしますよ」
その言葉に胸が温かくなる。
「もう、十分幸せですわ……」
そう言えば、額にキスが落とされた。
醜い心を持ち平民になった男女が退場し、甘い甘い男女がいちゃつく中。
パーティに参加した生徒は一様に呟くのだった。
「一体なんだったんだ……」
~fin.~
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