妹は聖女に、追放された私は魔女になりました

リオール

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 ザザザと枯れ葉が騒がしく音を立てる。
 踏みしめた後から舞い上がるそれが足にまとわりつくが、それを気にしてる余裕はなかった。

 ハアハアと息荒く、私は走る。ひたすら走った。目的地などない、この森の構造などサッパリ分からない。

 分かるのは、今は逃げるべき時だということだけ。

 後ろから追いかけて来る魔物に追いつかれたら最後、その手にある鋭い爪でこの身が引き裂かれるであろうことは容易に想像できたから。

 碌に食べても居ない身で、体力も突きかけの状況で。

 それでも死にたくないと思った私は必死で走った。

 走って走って。
 けれどもそれはすぐに限界を迎える。

「あ──!!」

 うまく動かない足がもつれる。
 そして勢いよくその場に倒れ込んだ。

 グルル……と、背後から聞こえる息遣いに体がビクリと強張った。

 恐ろしくて。恐ろしくて。
 ガチガチと歯が音を鳴らすのを感じながら、私は目だけを後ろにやって。

「ひ──!!」

 予想外に目の前にあったその牙に息を呑んだ。

 狼より大きく避けた口。
 熊よりも大きな毛むくじゃらの体。

 そして突き出た四本の手。

 それらから伸びた爪が一斉に私に向けて突き出されようとしていた!

「い、いや……」

 首を必死で振っても動きは止まらない。

 その爪がまさにこの身に届こうとしたその瞬間。

「いやあああ──!!」
「やめろベルグト!!」

 絶叫と同時に意識が暗く閉ざされるのと。
 誰かの声が響いたのは、ほぼ同時だった。




※ ※ ※




『お父様、お父様!お母様が亡くなられたばかりだというのに!もう新しい方を連れてくるなんて!』
『ええい黙れ!元々私はあれの事が邪魔で仕方なかったのだ!愛してもいないあれと一緒に居たのは、公爵家という肩書があったからこそ!だがあれも死に、この家は完全に私のものとなったのだ!好きにして何が悪い!』

 あれは母が亡くなった直後の私と父だ。

 葬儀の翌日に愛人を正妻として、そしてその女との間に出来た娘、ロアラを連れてきた日の事だ。

 さすがにショックで私は父を責めたけれど。

 父は私の心を更にえぐったばかりか、何か言い募ろうとした私の頬を殴ったのだ。口の中に広がる血の味は、今も忘れない──。




『ねえお姉さま、それ素敵な宝石ね、私に頂戴?』
『え、でもこれはお母様の形見で……』
『いいじゃない、ケチ!寄こしなさいよ!』
『あ──!!』

 慌ててロアラから奪い返そうとしたら、義母に阻まれた。

『まあなんて心の狭い子だろう!こんな子はろくでもない大人になるだろうよ、あたしがしっかり教育してやる!』
『!?やめて、やめてお義母さま……!!』

 止めてと叫んでも泣いても。

 母とロアラは二人して、私を殴り蹴飛ばした。




 毎日毎日。
 三人の顔色を窺って。

 それでも耐えたのはテルディスの存在があったから。

『リーナ、愛してるよ』
『テルディス様、私も愛してます』

 そうして二人の顔が近づく。

 ……いえ、これは違う。
 私とテルディス様はこんな関係にはなってなかったはず。

 不思議に思ってその動きを阻めば、眉をしかめるテルディス。

 そしてすぐにその顔は醜く歪むのだった。

『──!!』
『あ~あ、つまんねえ女!』

 およそ王太子とは思えぬ……愛を囁いてくれてたテルディスの言葉とは思えず。
 驚き言葉を失う私に、彼は言葉を続ける。

『こんなくそつまんねえ女と結婚できるかっての!やっぱロアラだよな。あいつはすぐに体を許してくれたし。俺の欲求を満たしてくれる、最高の女だ!リーナ、誰がお前なんかと結婚するか!お前は──』
『て、テルディス様……』
『お前は闇の森で野垂れ死んでしまえ!』
『そうよ、死ねばいいわ!』

 テルディスの言葉の直後、背後からロアラの叫び。

『そうだ、死んでしまえ!』
『死になさい!』

 どこからか父に義母の声。

『やめて、やめて──!!』

 分かっているわ、私は愛されてないって。
 知ってるわ、私は疎まれてるって。

 だからって、だからって……!!

 やめてと叫び、私は暗闇の中を走った。

 何も見えない。
 何も。

「どうして──」

 これは夢か現か。
 ただ、必死で手を伸ばす。

「誰か、誰か……」

 お願い……。

「そうだ、願えばいい」

 不意に、声が聞こえた。
 初めて聞くようで、そうでないようで。

 ただ、とても優しい響きをもった、声が耳をついた。

「誰?」
「願えばいい。助けてほしいと。幸せになりたいと。そうすれば私は──」

 知っている。私はその声を知っている。
 確信をもって、立ち止まり。

 私は目の前の暗闇に手を伸ばした。

「さあ」

 促す声。
 私は静かに頷いて。

「どうか、私を助けて──」

 呟きは、光を呼び寄せた。



 
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