13 / 23
13、
しおりを挟む目を開いて眩しさに目をしかめた。
状況が呑み込めない。
確か私は──そうだ、闇の森に連れて来られ、置き去りにされたのだ。
徐々に頭がハッキリして、記憶が戻る。
呆気なく魔物と遭遇して襲われて、必死で逃げたけれど、そのまま──
では私は死んだのだろうか?
今居る場所があまりに明るくて。
常に夜の闇の森では有り得ないと思ったから、きっとそうなんだろう。
それに、ほら。
私は自身の体を包む、柔らかくて温かい感触に確信をもつ。
こんな手触りのよい、気持ちのよい毛布に包まれているなんて。もうここは完全にあの世でなくてはおかしい。
そう思って思わず「お母さま……」と呟いてしまった。
もしここが天国ならお母さまがきっといるはずだから。
ああでも私なんかが天国に行けるのかしら。もし本当にここが天国なら涙が出るくらいに嬉しいのだけれど、私にその資格があるのか……不安になった。
その時。
「ごめんね、お母さんじゃなくて」
苦笑交じりの声が、耳をついた。
声のした方を見て……驚いて、ガバリと私は体を起こした。
「貴方は……!」
「良かった、元気そうだ。何か温かい物でも飲むかい?」
白とも見紛う眩しい銀髪に。そしてその瞳。黄金の光をもった、その瞳は確かに見覚えがあった。
「貴方は、あの時の……」
「うん。無事で良かったよ、魔女のお嬢さん」
そう言ってニッコリ微笑んだその人は。
確かにあの時、私に水をくれた男性だった。
※ ※ ※
「う~ん、お、重い……」
何か手伝いたいと思うのだけど、自分はこんなにも無力なのかと痛感させられること、早1ヶ月。
私は収穫した果実を入れた籠に悪戦苦闘していた。
「少し穫りすぎたかしら……でもルポーの実はすぐに熟して落ちてしまうし……」
美味しいけれど収穫時期が短い実を前に、さてどうやって持って帰ろうかと思案していたら。
ヒョイと持ち上げる手。
「まあ、有難う、ベルグト!」
熊のような体躯に狼よりも大きな口、手が四本あるその魔物はベルグトと言う。そう、1ヶ月前、私を襲ったあの魔物だ。
その魔物が従順に私の側に付き従って常に私を守ってくれてるなんて、あの時の私に想像できただろうか。
器用に二本足でドスドスと歩きながら、ベルグトは籠を運んでくれた。おかげで思ったより早く帰って来れた。
森の奥深く。もうここが何処に位置するのか分からない場所で。
森が急に開けた。
そこには惜しみなく日が降り注ぐ。
木々は青々と生い茂り、小鳥たちがさえずり……美しき花が咲く。
その中心にこぢんまりとした木の家が立つ。
その家の前。小さな切り株に座る存在。その周囲に、この森の何処に居るのかと思うくらいに動物たちが集まっていた。
ピーッと澄んだ、耳に心地良い音が響く。彼が奏でる笛の音を皆が聞くその姿は、どこの楽園かと思うような神々しさが漂っていた。
「ガウ……」
「あ、ごめんねベルグト。そこに置いてくれる?運んでくれてありがとう」
「リーナ!」
ベルグトに籠の置き場を伝えて振り返れば、いつの間にかそばに彼が来ていた。
「ただいま、スピニス」
スピニス──闇の森の主。その姿は到底闇の森の住人とは思えない。
白磁の肌に整った顔立ちは中性的で、けれどどこか男らしさを感じさせる。この世界では珍しい銀髪に見たこともない金の瞳。
まるで神話に出て来る神のよう。
その彼が今、私を心配そうに見つめていた。
あの日、魔物──それは今や私を守護してくれているベルグトのことだけど──に襲われているところを助けられ。
そのまま此処に住まわせてくれた彼、スピニス。
「わざわざ果実を採りに行ってくれてたの?言ってくれたら私も手伝ったのに」
「いいの、私に出来ることは少ないから……それにベルグトが手伝ってくれたの」
「そうか、ありがとうベルグト」
そう言ってスピニスが頭を撫でると、嬉しそうに喉を鳴らすベルグト。
どの魔物も獣もこうだ。誰もがスピニスを慕い、彼の元へと集う。
──彼の正体を知れば、それは当然なのかもしれないけれど。
何度見てもそんな光景に、私はただ見入ってしまう。
「だいぶ元気になったね」
「え?ええ、そうね。スピニスのおかげよ」
そしてこの森のおかげ。
聞いていた話とは随分違う闇の森は、清浄な空気で包まれていた。
特にこの空間。日が差し木々が生き生きと緑づき、魔物や動物が集う、この場所。
そして、スピニスの存在。
彼の正体を知ったときは心底驚いたけど。
今はもう、そんなことはどうでも良かった。
ただ彼に出会えた幸運に感謝したい。
「どうしたの、リーナ?」
黙り込んだ私をスピニスが不思議そうに覗き込んできた。
「ん~……幸せだなって思っただけ」
ほんの1ヶ月前に絶望していたのが嘘のようだ。
ニッコリ微笑めば、微笑み返された。
「それは良かった。──じゃあ、そろそろかな」
「?何が?」
何がそろそろなんだろう。
首を傾げたら、ニッコリ微笑まれた。それは先ほどの純粋な笑みとは異なって。
何だか黒い笑みに見えるのは気のせいだろうか。
「リーナを虐めた連中に、お仕置きする頃合いかな、てね」
15
あなたにおすすめの小説
地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ
タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。
灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。
だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。
ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。
婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。
嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。
その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。
翌朝、追放の命が下る。
砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。
――“真実を映す者、偽りを滅ぼす”
彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。
地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。
聖女の妹によって家を追い出された私が真の聖女でした
天宮有
恋愛
グーリサ伯爵家から聖女が選ばれることになり、長女の私エステルより妹ザリカの方が優秀だった。
聖女がザリカに決まり、私は家から追い出されてしまう。
その後、追い出された私の元に、他国の王子マグリスがやって来る。
マグリスの話を聞くと私が真の聖女で、これからザリカの力は消えていくようだ。
本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?
今川幸乃
ファンタジー
ネクスタ王国の聖女だったシンシアは突然、バルク王子に「お前は本物の聖女じゃない」と言われ追放されてしまう。
バルクはアリエラという聖女の加護を受けた女を聖女にしたが、シンシアの加護である神巫(かんなぎ)は聖女の上位存在であった。
追放されたシンシアはたまたま隣国エルドラン王国で竜の巫女を探していたハリス王子にその力を見抜かれ、巫女候補として招かれる。そこでシンシアは神巫の力は神や竜など人外の存在の意志をほぼ全て理解するという恐るべきものだということを知るのだった。
シンシアがいなくなったバルクはアリエラとやりたい放題するが、すぐに神の怒りに触れてしまう。
わたくしを追い出した王太子殿下が、一年後に謝罪に来ました
柚木ゆず
ファンタジー
より優秀な力を持つ聖女が現れたことによってお払い箱と言われ、その結果すべてを失ってしまった元聖女アンブル。そんな彼女は古い友人である男爵令息ドファールに救われ隣国で幸せに暮らしていたのですが、ある日突然祖国の王太子ザルースが――アンブルを邪険にした人間のひとりが、アンブルの目の前に現れたのでした。
「アンブル、あの時は本当にすまなかった。謝罪とお詫びをさせて欲しいんだ」
現在体調の影響でしっかりとしたお礼(お返事)ができないため、最新の投稿作以外の感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
学園首席の私は魔力を奪われて婚約破棄されたけど、借り物の魔力でいつまで調子に乗っているつもり?
今川幸乃
ファンタジー
下級貴族の生まれながら魔法の練習に励み、貴族の子女が集まるデルフィーラ学園に首席入学を果たしたレミリア。
しかし進級試験の際に彼女の実力を嫉妬したシルヴィアの呪いで魔力を奪われ、婚約者であったオルクには婚約破棄されてしまう。
が、そんな彼女を助けてくれたのはアルフというミステリアスなクラスメイトであった。
レミリアはアルフとともに呪いを解き、シルヴィアへの復讐を行うことを決意する。
レミリアの魔力を奪ったシルヴィアは調子に乗っていたが、全校生徒の前で魔法を披露する際に魔力を奪い返され、醜態を晒すことになってしまう。
※3/6~ プチ改稿中
【完結】わたしの欲しい言葉
彩華(あやはな)
恋愛
わたしはいらない子。
双子の妹は聖女。生まれた時から、両親は妹を可愛がった。
はじめての旅行でわたしは置いて行かれた。
わたしは・・・。
数年後、王太子と結婚した聖女たちの前に現れた帝国の使者。彼女は一足の靴を彼らの前にさしだしたー。
*ドロッとしています。
念のためティッシュをご用意ください。
妹はわたくしの物を何でも欲しがる。何でも、わたくしの全てを……そうして妹の元に残るモノはさて、なんでしょう?
ラララキヲ
ファンタジー
姉と下に2歳離れた妹が居る侯爵家。
両親は可愛く生まれた妹だけを愛し、可愛い妹の為に何でもした。
妹が嫌がることを排除し、妹の好きなものだけを周りに置いた。
その為に『お城のような別邸』を作り、妹はその中でお姫様となった。
姉はそのお城には入れない。
本邸で使用人たちに育てられた姉は『次期侯爵家当主』として恥ずかしくないように育った。
しかしそれをお城の窓から妹は見ていて不満を抱く。
妹は騒いだ。
「お姉さまズルい!!」
そう言って姉の着ていたドレスや宝石を奪う。
しかし…………
末娘のお願いがこのままでは叶えられないと気付いた母親はやっと重い腰を上げた。愛する末娘の為に母親は無い頭を振り絞って素晴らしい方法を見つけた。
それは『悪魔召喚』
悪魔に願い、
妹は『姉の全てを手に入れる』……──
※作中は[姉視点]です。
※一話が短くブツブツ進みます
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げました。
団長サマの幼馴染が聖女の座をよこせというので譲ってあげました
毒島醜女
ファンタジー
※某ちゃんねる風創作
『魔力掲示板』
特定の魔法陣を描けば老若男女、貧富の差関係なくアクセスできる掲示板。ビジネスの情報交換、政治の議論、それだけでなく世間話のようなフランクなものまで存在する。
平民レベルの微力な魔力でも打ち込めるものから、貴族クラスの魔力を有するものしか開けないものから多種多様である。勿論そういった身分に関わらずに交流できる掲示板もある。
今日もまた、掲示板は悲喜こもごもに賑わっていた――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる