52 / 63
第一部
52、ちゃっちゃと終わらせてしまいましょう
しおりを挟む魔族領土の入口にある巨大な森……通称魔の森は、近づいて見れば、遠くから見るより一層おどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。
「……迫力ありますねえ」
「そりゃ魔族が支配する森だから」
発する威圧感に圧倒される私とは真逆に、平然としているのはノンナリエ。てか、村人もさっさと薬草採取始めているし。怖くないのか。
「さっき村人が言ってただろ、昼間はさほど危険じゃないって」
「まあ魔族は夜を好むって言いますから」
「魔物も同じ……というか、人間領土内の森でも同じだろ。獣は夜行動する種が多い」
「では、今頃はねぐらでみな寝ているとか?」
「さてね。魔物の習性なんて、詳しいやつはいないだろ」
おっしゃるとおりで。魔族はもちろん、魔物のことを詳しく研究するような酔狂な輩はいない。いたところで、調べる方法がないのだ、未だ魔物に関するデータは非常に少ない。
「あの肉、本当に魔物のものだと?」
「わかりません。でも可能性がある以上、調べておいたほうがいいと思うんです」
「一応聞いておくけど、魔物の肉を食べたらどうなるんだい?」
「わかりません。浄化したお肉は普通に、人間が食べる獣のお肉となんら変わりがありませんでした。ただあんな穢れたものを食べたら……最悪発狂するかも?」
「そりゃ恐いねえ」
「あくまで推測ですが。穢れを好んで取り入れる人なんて、そうそういないでしょうし」
「でもあんなふうに、隣町では普通に売っていたんだ。気づかず食べているやつは多いだろうさ」
「発狂した人の話や噂、聞いてませんか?」
「いいや」
ということは、まだあの肉が販売されるようになって日は浅いのだろう。もしかしたら、初めて販売されたものをノンナリエが購入したのかもしれない。
「にしても、あんたやけにやる気だねえ」
「そりゃこの問題を解決させたら、故郷へ帰れるかもしれませんから」
「帰れるとでも?」
「食糧問題が改善されたら、村にとっては大きな一歩になるでしょ?」
「なるほどねえ。村を良くして、気持ちよく故郷に帰ろうってか」
「そうです」
「隠さないね」
「隠してどうなるんです?」
隠して逃げられるなら、そうもしよう。でもノンナリエに協力してもらったほうが、ことがすんなり動くのは十分に理解している。
ならば、素直に話したほうが、何事もスムーズに動くというもの。
「あの子供たちの笑顔を、消したくありませんから」
真剣にやりますよ。
暗にそう言えば、伝わったのだろう、ノンナリエはにやりと笑って、それからスラリと剣を鞘から抜き放った。
「ノン?」
「愛称で呼ぶなって。……行くんだろう?」
それは問いではなく、確信。確定事項を念押しする問いかけに、私は静かに頷いた。
「行きます。みなさん、何かあれば大声を出してくださいね」
すぐに駆けつけますから。
ひたすら薬草の採取に集中している村人たちに声をかければ、彼らもまた無言で頷いた。
「お二人とも、お気をつけて」
「ええ。それではまた後で」
村人に手を挙げたときには、すでに彼らの視線は薬草に向かっている。長時間ここにいるのは危険だと理解しているのだ、早く終わらせようと村人たちも必死。
ならば私も早く終わらせるために必死にならなくちゃね。
「さすがに夜にこの森には入りたくないもの」
と言っても、目を向けた森の奥は、どこまで続くのかと思うほどに果てがない。でもって、暗い。明るい時間に来たっていうのに、森の奥は想像以上に暗くて、真夜中のようだ。
ゴクリと生唾飲み込んで、ギュッと胸元の服を掴む。
(メリッサママ!)
脳裏に浮かぶのは、可愛くも愛しい、義理の甥。
甥であり、息子のような弟のような。
大切な存在。
必ず帰るからと心の中で話しかける。あの子まで届けと願いをこめて。
「私を守って、アーサー」
声が届いたかどうかはわからない。
ただ一瞬風が吹いて、私の言葉をさらった。
70
あなたにおすすめの小説
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする
夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、
……つもりだった。
夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。
「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」
そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。
「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」
女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。
※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。
ヘンリック(王太子)が主役となります。
また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。
しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い!
声が出せないくらいの激痛。
この痛み、覚えがある…!
「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」
やっぱり!
忘れてたけど、お産の痛みだ!
だけどどうして…?
私はもう子供が産めないからだだったのに…。
そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと!
指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。
どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。
なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。
本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど!
※視点がちょくちょく変わります。
ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。
エールを送って下さりありがとうございました!
【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。
五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」
婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。
愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー?
それって最高じゃないですか。
ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。
この作品は
「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。
どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる