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ディレイガルド事変編
8
シズワナはエリアストに首を刎ねられることをわかっている。だからこそ。今生最期、ひとつ、たったひとつの我が儘を、口にすることを赦して欲しい。
「ディレイガルド公爵様っ」
ボロボロと涙が頬を伝う。醜い自分の泣き顔など、とても見られたものではないだろう。わかってはいても、止めどなく涙が溢れる。これから口にすることの恐ろしさからか。こんな自分が分不相応に望むものの尊さ故か。けれど、最期だ。最初で最後の、最高な我が儘。
「公爵夫人様をっ、アリス様をわたくしにくださいっ」
会場中が静まり返った。
なんて?
「あ、の、シズワナ、様?」
アリスが困惑気味に名前を呼ぶ。
「お名前でお呼びする不敬も重々承知ですっ。首を刎ねられることも承知しておりますっ。ですから、最期に我が儘を口にする無礼をお許し下さいっ」
正に必死。シズワナは、ガバリと頭を下げた。
「どうか、ディレイガルド様、アリス様をっ」
「だ、旦那様では、なく?」
聞き間違いではないか。そう思い、確認をする。シズワナはバッと顔を上げ、涙に濡れながら即答した。
「アリス様ですっ」
完全に予想外だった。
「一応、話を聞いてやる」
死を覚悟しているシズワナの申し出。何故あんなことをしたのかを、殺す前にエリアストは聞いておこうと思った。もちろん、アリスと離れるかも知れないという、あの恐怖を忘れてはいない。そんな思いをさせられただけで、シズワナを殺すには充分だった。けれど、最期に話くらいは聞いてやってもいいと思うくらいには、シズワナに感謝もあった。
“わたくし、エル様を離して差し上げることが出来ません。わたくしを、離さないで。お願い、エル様”
アリスがエリアストの首にしがみつきながら、そんな途方もなく幸せな言葉をもらったからだ。
「わたくしは、このような見た目です。陰で嗤われていることも承知しております。そんな日々が、どうしようもなく辛くなりました。そんな時です。アリス様の女神のようにお優しいお気遣いに触れたのは。ご記憶に留めていらっしゃらないことと存じますが、一年程前、無礼にも公爵様にぶつかってしまい、お召し物を汚してしまったときのことです。どうしていいかわからず、混乱するわたくしに、アリス様はこんなわたくしを気遣うように、優しく、丁寧にお言葉をかけて下さったのです」
美しい公爵様。けれど、とても残酷な方と聞いていた。粗相をした自分に、どんな罰が下るのか。死を恐れていたわけではない。そんなことよりも、これ以上心を傷つけられることが、怖かった。そんな自分を察したのか、アリス様は、そっと自分から公爵様を離して下さったのだ。アリス様まで行ってしまったのはものすごく残念だったけれど。
「そのように優しくされたこと、一度もありませんでした。人前に出ることが苦手なわたくしが、アリス様を一目見たいために、お茶会や夜会にも出席するようになりました。お会い出来ないことが殆どでしたが、お会いすると、必ずお声がけ下さいました。わたくしのつまらない話にも、いつもしっかり耳を傾けて下さいました。アリス様は女神様ですっ」
止まらない涙を拭うことなく、シズワナは思いの丈をぶつけた。こんなに喋ったことはない。それでも、溢れる思いは止まらない。
*つづく*
「ディレイガルド公爵様っ」
ボロボロと涙が頬を伝う。醜い自分の泣き顔など、とても見られたものではないだろう。わかってはいても、止めどなく涙が溢れる。これから口にすることの恐ろしさからか。こんな自分が分不相応に望むものの尊さ故か。けれど、最期だ。最初で最後の、最高な我が儘。
「公爵夫人様をっ、アリス様をわたくしにくださいっ」
会場中が静まり返った。
なんて?
「あ、の、シズワナ、様?」
アリスが困惑気味に名前を呼ぶ。
「お名前でお呼びする不敬も重々承知ですっ。首を刎ねられることも承知しておりますっ。ですから、最期に我が儘を口にする無礼をお許し下さいっ」
正に必死。シズワナは、ガバリと頭を下げた。
「どうか、ディレイガルド様、アリス様をっ」
「だ、旦那様では、なく?」
聞き間違いではないか。そう思い、確認をする。シズワナはバッと顔を上げ、涙に濡れながら即答した。
「アリス様ですっ」
完全に予想外だった。
「一応、話を聞いてやる」
死を覚悟しているシズワナの申し出。何故あんなことをしたのかを、殺す前にエリアストは聞いておこうと思った。もちろん、アリスと離れるかも知れないという、あの恐怖を忘れてはいない。そんな思いをさせられただけで、シズワナを殺すには充分だった。けれど、最期に話くらいは聞いてやってもいいと思うくらいには、シズワナに感謝もあった。
“わたくし、エル様を離して差し上げることが出来ません。わたくしを、離さないで。お願い、エル様”
アリスがエリアストの首にしがみつきながら、そんな途方もなく幸せな言葉をもらったからだ。
「わたくしは、このような見た目です。陰で嗤われていることも承知しております。そんな日々が、どうしようもなく辛くなりました。そんな時です。アリス様の女神のようにお優しいお気遣いに触れたのは。ご記憶に留めていらっしゃらないことと存じますが、一年程前、無礼にも公爵様にぶつかってしまい、お召し物を汚してしまったときのことです。どうしていいかわからず、混乱するわたくしに、アリス様はこんなわたくしを気遣うように、優しく、丁寧にお言葉をかけて下さったのです」
美しい公爵様。けれど、とても残酷な方と聞いていた。粗相をした自分に、どんな罰が下るのか。死を恐れていたわけではない。そんなことよりも、これ以上心を傷つけられることが、怖かった。そんな自分を察したのか、アリス様は、そっと自分から公爵様を離して下さったのだ。アリス様まで行ってしまったのはものすごく残念だったけれど。
「そのように優しくされたこと、一度もありませんでした。人前に出ることが苦手なわたくしが、アリス様を一目見たいために、お茶会や夜会にも出席するようになりました。お会い出来ないことが殆どでしたが、お会いすると、必ずお声がけ下さいました。わたくしのつまらない話にも、いつもしっかり耳を傾けて下さいました。アリス様は女神様ですっ」
止まらない涙を拭うことなく、シズワナは思いの丈をぶつけた。こんなに喋ったことはない。それでも、溢れる思いは止まらない。
*つづく*
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