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第二章
Ⅰ
しおりを挟む物語が進んでいく。
涙は、オープニングの一瞬で溢れただけで、それ以降流れることはなかった。
『ヨルと森』は群像劇。
一人一人が主役でありながら、脇役となる。
沢山の人生が詰まった、好きなタイプの脚本だった。
琥珀がメインのシーンになる。
唯一の親友を大切に思っているのに、伝わらず口論になる。
『ベラだって、もう私なんか居なくなればいいと思ってるんでしょう!』
『っ…!』
少しの、間。
そして伝わってくる感情の波。
自分の気持ちを理解してもらえないことに対する怒り。
そこから徐々に悲しみに変わっていく。
『…リアは…私が、
そんなことを思ってると、本当に…思ってるの?』
『…』
『そんなわけないでしょ…ずっと…
ずっと、一緒にいたんだから。
これからも、一緒にいたいよ…』
『ベラ…』
琥珀という女優の、凄いと思うところがこれだ。
絶妙な間の取り方。
そして劇場の一番後ろ、表情がはっきり見えないこの距離でも伝わってくる感情。
思わず微笑む。
ベラが、そこに生きている。
琥珀を通して、生きている。
…琥珀、やっぱりあんたは凄い女優だ。
私はそれが誇らしくて、羨ましくて…
私、まだ、演劇を愛しているみたい。
観客の拍手の中、カーテンコールの為に演者達が舞台上に戻ってくる。
…やっぱり舞台は素敵だなぁ。
私も心からの拍手を送った。
琥珀は舞台上で笑っていた。
三回のカーテンコールにスタンディング・オベーションまで終え、公演は本当の終わりを迎えた。
別に急いで帰るような用事もない。
観客がはけるまで待とうと、再度座席に腰を下ろす。
天井を見上げて、大きく息を吸い、目を閉じる。
帰路につこうとする観客達のざわめきの中で、
「どうして泣いてたの?」
誰かが、私に問いかけた。
はっきりと聞こえたその声、その疑問は、自分に向けられたものだと何故か確信した。
目を開けて声の聞こえた方を向く。
隣の席で観劇していた男性が、声の主だった。
ふんわりと微笑むその彼と、目があった。
「…獅音、さん…?」
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