観客席の、わたし

双子のたまご

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第九章

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『まっじで頑固だったわ、獅音兄さん…』

この10分で琥珀はかなり疲弊しているようだった。

『じゃあ帰ろう。
このまま家に着くまで、電話繋いだままでいて。』

「…わかった。」

珈琲の入ったペットボトルを持って席を立つ。
一口しか口をつけていない珈琲はすっかり冷めてしまっていた。







『結局どこのコンビニにいたの?』

「…」

『も~…大丈夫だから!
獅音兄さんは説得しました!』

「…隣町の駅の、近く?」

『隣町ぃ?!』

琥珀の声が大きくなる。
思わず一瞬、携帯から耳を離す。

『走って?』

「うん」

『一キロくらいあるでしょ?』

「初速と持久力には自信があります。」

『…そういえば、陸上部だったね。』

大したことない話を続けつつ、家を目指す。

『…喧嘩したの?』

「…喧嘩じゃないよ」

『私に話せる?』

「…私、今まで凄く、獅音さんのことを傷つけてきたんだなって、実感した。」

『…こう言っちゃなんだけど、付き合ったとき…気持ちがないって時から分かってたことじゃない?』

「そうだね、でも、結局それも上辺だけだったんだよ。
申し訳ないなとは思ってたけど、それも獅音さんを傷つけるかもって考えからじゃない。
人の気持ちをそんな、ぞんざいに扱う自分を直視できなかっただけだと思う。」

『…』

「ごめん、琥珀。」

『…何に謝ってんの?』








「ごめん。私…こんなにどうしようもないのに、
獅音さんのこと、好きになっちゃった。」







声に出してみると案外、すんなり納得する結論だった。
電話の向こうから琥珀が息をのむ音が聞こえる。

『…獅音兄さんに伝えなよ。』

「獅音さん、もう私のことなんか嫌になっちゃったかも。
今日も逆ギレして、獅音さんに気持ちぶつけて、勝手に納得して、解決できた気になって…」

自分の言動の幼稚さに笑えてくる。

「獅音さんの優しさにずっと甘えてた。
甘えてたくせに、失うのが怖い、とか…
失うも何も、元から私のものじゃないのにね。
そんなこと思う資格無かったのにね。
獅音さんがくれる優しさを、いつの間にか当たり前に思っちゃってたんだね。」

琥珀はずっと、黙ったまま。

「私が獅音さんを好きになって、同じものを返したいって、獅音さんの立場に立ってみて初めて、それをまっすぐ受け取ってもらえないことの辛さが分かった。
その辛さを獅音さんに味わわせてた。ずっと。」

『…』

「もう終わりだよ、きっと。」

比較的街灯の少ない道。
はぁ、と吐いた白い息が暗闇の中に消えていく。
空を見上げると、冬の澄んだ空気の向こうに星が輝いていた。


獅音さんと一緒に見たプラネタリウム、もう一回行きたかったな。
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